十話 そこに意味はありますか?

 鳥の声。生活音。

 近所の家が布団をはたく音。


 僕はゆっくりと目を開く。


 「おはよう。あっくん」


 視界いっぱいに、天使の顔。

 香る、スズランの匂い。


 「完成されし幻から、不完全たる真へおかえりよ。あーさま」

 「……せめて、呼び方くらい統一して欲しい訳だけど」


 それに顔が近い。

 こんなに近いと、くちびるが触れそうだ。


 というか、キスするぞ。

 生徒会室での雪辱を果たすぞ。


 「ヤだ」


 それはどっちのヤなのだ。


 「答えて欲しいのか?」

 「泣くぞ。いいのか」


 天使は楽しそうに肩を揺らす。


 「それはそれで、是非とも見てみたいね」


 今更に気付く。

 この天使、Sだ。ドが付く方の。


 「……うるさい。無駄話はこれで終わり」

 「おや、君が無駄じゃない話をしたことがあったかい?」


 間。

 会話が途切れる。

痛いところを突かれた。

 

 「……ともかく。僕には生徒会の仕事があるんだ。暇じゃないんだよ」

 「ああ、校門前で立ったりする、無意味なアレか」

 「無意味じゃないから」


 挨拶を呼びかけ、校則に準じていない生徒を見つけ次第正す。

 ――だったか。


 元より先生がやればいいこと。

 ただの仕事の押し付けだ。


 「押し付けならば、やはり無意味じゃないか」


 僕の思考に言葉で反応する天使。


 「押し付けだって、それはそれで意味があるんだよ」

 「なるほど、分からん」


 いい加減、僕の思考を覗くのはやめて欲しい。


 いや、待てよ……。


 天使が常時、僕の思考を覗いているのなら、僕が変な事を考えれば、天使はそれを見てしまうのではないか?

不可抗力で。仕方なく。


 つまり、僕がエロい事を考えたならば――


 「残念だが、私は、私の意志で君の思考を覗けるのであって、強制的に君の意志を見せられている訳ではない」

 「つまり?」

 「君がエロい事を考えれば、私は君とのコネクトを切る」


 そんな。

 合法的に少女へエロ画像を見せる、という僕の計画が……。

 

 「これが人間のやる事かよォ!」

 「何をショック受けてるんだ、君は。こんな事で」

 「こんな事じゃない。男にとってはッ! とても重要な事なんだッ!」


 僕から距離を取る天使。

 引かれた。


 「……君、実は暇だろう」

 「いや、そんな事ないって……僕には、とても無意味な仕事があるんだ」

 「無意味と認めるのか……」


 会話に区切りが付き、僕はジャケット、シャツを新しい物に変える。


 昨日は、何だかんだ制服で寝てしまった。

 一夜明け、着替える必要がある。

ズボンまでとはいかないが。天使がいるし。


 「スマートフォンおっけー。教科書おっけー。鍵おっけー……」


 荷物を確認。

 忘れ物なし。


 「いや……」


 僕は古いジャケットから、あの怪文入り封筒を取り出す。


 「なんだ。それも持って行くのか?」


 天使が首を傾げる。


 「悪いか?」

 「悪くはないが。君はそれをミステリーマニアのイタズラとしただろう?」


 ミステリーマニアのイタズラ。

 確かに僕は、これをそう判断した。

今でもそうだと思っている。


 「それなら、持って行く必要は無いんじゃないかい?」

 「そうだけど……」


 けれども、何かが引っかかっている。


 僕には、殺される直前までの一週間の記憶がある。――その中、こんな怪文が送られた事は無かったから。


 「忘れてるだけなのかな……」

 「どうした。今度は独り言か? 相手になるぞ、少年」

 「もう独り言じゃないな、それ」


 僕はポケットに封筒をしまう。

 ぬぐえぬ違和感の元を。


 「それじゃ、今日も無意味に出発するか」

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