四十九話

 僕は椅子の上、周りを見回す。

 改めて、ぐるり。

暗い部屋。前にはガラスの戸棚。


 いくら望空でも、男一人を持ち運ぶには限界があるはず。


 「殺意無く、今まで殺しをやって来たって?」

 「そうよ。今までは罪の意識を感じていた。殺意を感じる余地すら無かった」


 学校から運び出そうにも、入り口の前にはパトカーが止まっている。

 つまり、学校から出してはいない。


 ここはまだ、学校内。


 「私が殺していた訳じゃなかったの。誰かが私の手で殺していたの」

 「究極の責任転換だな」

 「それは、あなたも同じでしょう?」


 確かに。僕もずっと責任から逃れていた。

 払うべき代償からもずっと。


 「ああ。そうだよ。僕が悪い。でも、僕じゃない」


 望空は悪くない。

 悪いのは、僕だけだ。


 「演じていて何が悪い」

 「悪いわよッ! 私は罪を認めていない。それが一番の罪なの」


 殺人鬼なのに、自分の存在を曖昧にしている。

 ボカしている。


 自分の存在が、鬼なのだと確定してしまう。

 それが、何より怖いから。


 「ねえ、犯人は誰? 誰なの」


 糸が切れたように、迫って来る望空。見開く瞳。


 「……教えてどうするんだよ。殺しに行くのか?」


 僕がそう言うと、えり首を掴んでくる。

 鳴り響く、鎖の音。

そうして、彼女に引き寄せられる。


 「やっぱり、もう分かっているのね。あーさまは」


 階段があった。真実へと続く階段が。


 僕は、そこで新たにヒントを得たのだ。

 用意された訳でも無い、本物の答えへの二つ。


 「分かってないよ。まだ、確かじゃない……」


 息が掛かるくらい間近、望空へとそう告げる。


 半分は真実。半分は嘘。

 その犯人は直前には、日葵に触れる事が無かった。

その犯人は事前には、事件の情報を知っていた。


 今あるのは、疑いだけ。


 「あーさま。言って」


 望空は言った後、僕を揺する。


 「もう時間が無いの」

 「時間……?」


 音が響く。

 鎖、空調、望空の吐息。

それに交じり、響いて来る。


 「あなたの手首に手錠を掛け、鎖を繋いだのは私じゃないのよ」


 足音。


 「……どういう事だ?」

 「私が来た時には、あなたはここに伸びていた。座らせられて伸びていた」


 硝煙の臭い。


 「あなたは気を失って、数日。かすみさんの死から、もう四日経っているのよ」


 疲れが祟ったせいか。それともあの時、謎の男に睡眠薬を飲まされたのか。

 もう生き返ってから、ちょうど一週間。


 「まさか……」


 ここは学校内。それでいて、誰かに見付けられない場所。

 知る人間にしか来られない。

入り方すら分からない。


 僕は足元、床に散る何かに目を凝らす。

 輝く何か。破片。

それはガラスの破片。


 「私は窓を割って、何とかここに」


 望空は僕を助けに来た。

 開かずの部屋へ。


 その第二理科室へ。


 ならば、僕を監禁していたのは―――

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