10【明】公聴会の攻防

第43話

 わたしは弾劾する。


 みなさんもご存知のはずだ。九月に発生した安閑大学教授殺害事件からの一連の不可解なできごとを。当初、「週刊愚鈍」によって暴露された記事「王女プランタンさまの意図的な捜査妨害」は世間を騒がし、関係当局は「事実無根」とコメントを出した。しかし、教授殺害事件の犯人はいまだに明らかになっておらず、殺害状況の謎も解明されぬままである。捜査当局はその後、人身売買・強制売春事件の解明に勢力を傾注している。ふたつの事件には「関連がある」と強弁しているが、どのようなかかわりが存在しているのか、記者会見でも「ノーコメント」をくり返すだけだ。

 おそらく、巷間噂されているとおり、いわゆる「タケノコ」「ロケット弾頭」と呼ばれる「注意散漫装置」の介在が当局の主張する「関連」なのだろう。ヒネモス市民の拉致誘拐事件の現場には必ず、この装置が見つかった。また、人身売買市場の競売の現場に強制捜査の手が入り、その犯罪組織のアジトから拉致被害者が多く、救出された。すでに世界中に「販売」された被害者については、逮捕された組織幹部の証言、押収したPCのデータ解析をとおして、順次、捜査し保護をすすめる予定だという。これら一連の事件は王国の治安に挑戦する犯罪組織の計画の一部だ、と当局は考えているらしい。

 なるほど、「タケノコ」が介在する今回一連の事件にはたしかに、底深い悪意と用意周到な欺瞞をかんじる。だが、ならば、この事件が端を発するのは九月の安閑大学教授殺害事件ではあるまい。当局の情報公開によると、そもそもこの装置は退屈王国大学の神経生理学者であるアルベルト・ラファロ博士の発明によるらしい。博士は七月に、これまた不可解な状況で殺害されている。そして、その犯行現場に、王女プランタンさまも同席していなさったという。

 プランタンさまがその場にいたことは、公式には否定されている。王宮省に確認を取ったところ、「その日のスケジュールは不明だが、ラファロ邸には訪問してない」という(不明なのに、訪問がないとどうしてわかるのか?)返答であった。しかし、元老院議員であるグノス・ラチエンスキー氏が「プランタンさまの存在」を確約すると保証しているのだ。氏もまた偶然、その場にいあわせたひとりである。

 過日、わたしはラチエンスキー氏と事件について話し合う機会をもった。そして、わたしたちふたりは、これら一連の犯罪について捜査当局とは別の結論に達した。それはたいへん畏れ多いものだが、ここであえて披瀝する。「そもそもの発端は王女さまではないか」という結論だ。

 ここ数年、機会があるごとにプランタンさまはわが国の平和ボケを嘆き、ケアレスミスからインフラ管理上の大惨事が発生することを危惧していなさった。それが「注意散漫装置」にかかわる事件に関与していると指摘するのは矛盾のようだが、わたしたちはこう考えたのである。「ロケット弾頭」あるいは「タケノコ」による「注意散漫」とは、人工的に誇張して再現された退屈王国の日常なのだ。それが犯罪組織につけいる隙を与え、たいせつな身近なひとを失う悲劇を生む。そういう体験をとおして、国民に平和ボケを自覚させ、警戒心と集中力、注意力を喚起することこそ、王女さまの目的だったのではないか。

 不可解な状況で殺害された被害者も、拉致誘拐され人身売買組織に「販売」された被害者も、そのための「教材」なのだ。啓蒙と教育こそが、この事件の目的である。

 ラチエンスキー氏とわたしが、この「倒錯した」結論に達したとき、あまりの傲慢、あまりの挑発的な態度に震撼した。善意から発した行為が悪の崖下に落ちてしまうことは、ままあることである。

 そして、近く公聴会を開催すると氏は決断した。各種メディアに公開された、おおやけの場で、疑問をプランタンさまに直接ただすというのだ。

 王女さま、どうか一連の疑惑に納得のいくご返答を。臣民のひとりである、わたくしボゴ・ゲラスコは公聴会へのご出席を切望しております。


 この公開書簡は、リベラル系の新聞「退屈タイムズ」に掲載された。掲載時は検閲されていたが、伏字のない文面がすぐにネット上で公開され、ひとびとがどんどんコピペし、拡散していった。

 ボゴ・ゲラスコは著名な映画監督である。若いころは「退屈王国のヴィスコンティ」と呼ばれ、文学作品を原作に格調と気品のただよう傑作を量産した映像作家だ。その後、砂漠や海洋、ジャングルなどで異民族間の対立と融和を背景に、男女のロマンスを描く作風を確立。それらは、なんどか退屈アカデミー賞を受賞した。ただ残念ながら、今回の強制売春組織摘発事件で押収された買春客リストに名前が載っており、早晩、起訴される見通しである。

 王宮省の役人、関係者、王女周辺のひとびとはみな、この記事をプランタンの目に触れないよう警戒していた(王女のお気に入りの新聞は「毎日退屈」である)。だが、デンメルクの王子がネットでこの文章を読み、わざわざメールを送り、ひとびとの努力は徒労に終わった。

「たいへんなことになっているでん。でも、たのしそうだなー。くすくす」

 メールの添付ファイルを開き、公開書簡に目をとおし、王女は仰天。

 しかし、挑戦されるとカチリと反撃スイッチが入るお人柄である。

「公聴会? いいわよ。受けて立ってやろうじゃない! わたしに挑戦するなんて五〇〇平方年早いのよ」

 一平方年は九・九五八三九五七七×一〇の一四乗×S自乗である。

「でも、公聴会っていったいなにかしら? ちょっと、オールシー!」

 ハンカチにアイロンをかけていた少年SSが顔をあげる。

「お呼びでございましょうか。王女さま」

 先日の強制捜査の際、裏口の暗証コードの解読に手間がかかっていたのは、いつまでも美少女アイドル画像に見入っていたオールシー・ブライムのせいである。王女はそう主張し、本人の抗弁もいっさい無視。ペナルティとして、退屈城の王女謁見部屋の「控えの間」でハンカチ一〇〇枚にアイロンをかけることを命じた。ダークスーツ姿の美少年にフリルのついた純白のエプロンを着せ、アイロン台とアイロン、大量のしわしわハンカチを押しつけたのである。

 その作業を一種の見世物のように観覧しながら、王女は大好きなP・G・ウッドハウスの本を「控えの間」にもちこみ、長椅子にだらしなく寝そべっていた。読書に飽きたので、コミュニケーターでメールのチェックをし、デンメルク王子のメールに気づいたのだ。

「公聴会って、いったいなに?」

「えー、公聴会と申しますのは……」

 オールシー・ブライムは「証人喚問」「憲法裁判所」「参考人招致」「王族特権」などについてあいまいで、分裂気味の説明をはじめた。

「もう、なにをいっているのか、さっぱりわからない! 専門家を呼んでちょうだい」

 恐縮して、アイロンのスチームを「ブシュー」と噴出させるオールシーの背後から、ゾーナ・オレスケが顔を出す。

「わたくしでよろしければ、ご説明申しあげます」

 ゾーナの説明によると、こういうことらしい。

 王族の言動が退屈王国憲法に違反しているとみなせる場合、憲法裁判所に訴えることができる。大臣や王族の違憲行為についての責任追及、司法・行政機関相互の法律上の争議など、この憲法裁判所で審議されるからだ。

 王国憲法第二三条に「王族は憲法に従う義務がある」と明記されており、「いかなる犯罪行為も、その実行、加担、教唆において王族は関与できない」とされていた。憲法違反に問われるような、こうした事実がほんとうにあったのかどうか、公聴会を開き、当事者や関係者から証言や意見をヒヤリングできる。これは大臣、官僚、一般市民でも強制的に召喚できるが、王族の場合には特権がある。出頭、証言は任意で、うそをついても偽証罪に問われないのだ。

「今回、元老院議員であるラチエンスキー氏が告訴人となり、参考人として王女さまを公聴会に召喚する形になるでしょう」

「でも、それを拒否することが、王族であるわたしにはできるのね」

「さようでございます」

 プランタンは瞳をきらきら輝かせた。横で聞きながらアイロンがけをつづけるオールシーも、説明が正確に理解されたのか今ひとつ自信のないゾーナも、いやな予感がする。

「公聴会に出たい! 日本の議員さんみたいに『記憶にございません』とか『秘書がやりました』とか、いってみたい!」

 ふたりの忠義な部下は内心、頭をかかえる。

「公聴会で九人委員会が『嫌疑濃厚』と判断をくだせば、次はいよいよ憲法裁判所で審議されます。そちらは王族特権がなく、出頭は強制的です。王家の人間が被告人席で裁かれるのですよ」

 ゾーナの説得は理性的だった。

「いまは外遊中で国王陛下はお留守ですが、お戻りになり、公聴会に出頭なさったとお知りになったら、たいへんなお叱りをこうむりますよ」

 オールシーの説得は感情的である。

「へいきへいき。だってわたくし、わが身にやましいところなど、お月さまの空気のようにまったくないんですもの。なにをいわれたって事実無根。いいがかり。完全な勘ちがいか、早とちりね」

 プランタンはたのしそうに、にこにこ笑う。

 ふたりの部下は不吉な予感に背筋が凍りつくような思いをしていたが、こうなったら何をいっても無駄だということを長年の経験で知っていた。

「公聴会、出頭しなかったらしなかったでラチエンスキーは、かさにかかって主張してくるにきまっている。『こちらのいい分が正しいから、王女は反論できないのだ。われわれの不戦勝である』とか。ゾーナさん、これはハーマジェスティのおっしゃるとおり、受けて立つのがよいのかもしれません」

 アイロンのスチームを噴出しながら、オールシーはとりなす。

「ラチエンスキー……。いったいどんな材料で攻撃してくるつもりかしら……。わたし、ツテをフルに活用して情報収集してみます」

 空を飛べないのにビルの屋上から飛び立つつもりの王女に、せめて安全ネットを用意しておくという印象である。

「ふたりとも、なにをごちゃごちゃいっているの? やましいことがないんだから、相手の誤解をただ解きほぐすだけでいいんじゃないかしら」

 ハンカチの皺をのばしながら少年は指摘する。

「この告発を善意に解釈しすぎです。一連の事件の背後にはラチエンスキーの関与が疑われるのですよ。公聴会だって、陰謀の一部かもしれません」

 タブレット型の携帯端末で情報検索しながら、ゾーナも加勢する。

「ブライムさんのいうとおりです。あるいは、この公聴会こそが彼の最終目的で、王女の権威を完膚なきまでに失墜させるつもりかもしれません」

 ウッドハウスの本を片手に、プランタンは「そーかなー」「どーかなー」と半信半疑である。

 公聴会は一二月一日、ヒネモス官庁街の元老院議会小委員会室で開催されることに決定した。

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