第32話

 プランタンは公用のリムジンに乗って市内を移動中だった。運転はオールシー・ブライムにまかせ、後部座席に備えつけられたテレビを視聴している。

 昼の情報番組を放送中で、人気のアイドルグループが連続失踪事件についてコメントを求められていた。

〈こわいですー。ある日とつぜん、身のまわりのひとがいなくなるんですよー〉

 と麦藁色の髪の少女が悲しげにいう。パフォーマンス用のブルーの衣裳は、インドのダンサー風でベールやヒップスカーフを身にまとっている。金の装身具が胸と腰を飾っていた。

〈あたしも信じられない、考えたくないです。家族とか友だちとか、急にいなくなったらびっくりするしさみしいし、一日じゅう泣いちゃう〉

 と赤毛の女の子。沈鬱な表情だった。きれいなソプラノである。

 額のほぼ中央で真ん中から分けた、軽くウェーブのかかった髪が肩のあたりまで伸びている。月桂樹の葉の形をした瞳が視聴者を見返している。鼻は小さく整い、唇はふんわり盛りあがっている。彼女の衣裳もやはりベリーダンス風で、ローズピンクである。

〈去年、うちのおばあちゃんが亡くなって、とても悲しくてさみしかったんです。被害者の身近な方たちはきっとすごくショックで、ごはんも食べられないんじゃないですか〉

 というのは、栗毛の女の子。鼻にかかった声で特徴がある。

 睫毛の長い、ぱっちりした瞳が特徴的だ。頬もぷっくりふくらんでおり、愛敬がある。鼻と口は小さく上品で、瞳の派手な印象を相殺していた。彼女のステージ衣裳は鮮やかな黄色である。

〈この事件、真相は超能力者のしわざだっていう噂がネットに流れていますが、どう思います〉

 番組の司会者が訊ねる。

〈あ。あたしもネットで読みました。出入りのできない、鍵のかかった部屋のなかでも殺人事件があったそうですね。やだなー、こわいなー〉

〈警察の捜査も迷走しているって、週刊誌で読みましたー。現場に例のあの「タケノコ」があったんですよね。一時的にテレポーテーション能力を身につけさせるという〉

 司会者が補足説明する。

〈当局の公式発表では『確認されていない』ということですが、ネットの噂ではそうらしいですね〉

〈うわさ、うわさって、あたしたちさっきから、うわさの話しかしてませんが、公共の電波でこんな真偽不明のうわさについて話しつづけていて、だいじょうぶですか〉

 赤毛が心配そうにいう。

〈出入りできなかった、現場が密室だっていうのは本当なのかなー。だって、そんな便利な装置があれば、銀行強盗や泥棒や食い逃げが、もっと頻繁に起こるんじゃないかな〉

 と栗毛。

〈食い逃げって(笑)。でも、動物や鳥の大量死事件は起こっていますね。関連があると主張するひともいますが〉

〈ほんとかなー? どうなんでしょうー?〉

 と麦藁。こころの底から心配し、早期解決を願っている口調である。

「ずいぶん熱心にテレビをごらんになってますね。面白い内容ですか?」

 運転しながらオールシーが背後のプランタンにたずねる。彼にはテレビ画面が見えていない。

「……この子たち、犯人かもしれない」

 リムジンは急ブレーキ。ふたりとも前につんのめった。

「ちょっとオールシー。安全運転してよ!」

「ユアハイネスが変なこと、おっしゃるからじゃないですか。まったく、かわいい若い子を見かけたら、みさかいなく犯人扱いなさるから……」

 信号が点滅し、ブレーキに足をのせたタイミングでの王女の発言である。つい踏みこみすぎたオールシーだった。

「この子たち、アクロバットなダンスパフォーマンスで有名らしいの。シニザ教授が殺害された日のアリバイ、どうなっているのかしら。スメル警部に調査をお願いしたいわね」

「……アクロバットダンスが密室殺人にどうかかわるんです? まさか、踊りながら殺したとか?」

 自分の思いつきのばかばかしさに、オールシーは苦笑した。これが自分をターゲットにして実現するとは、この時点では思いも寄らない。

「……オールシーはまだ気づいていないのね。サーカスの曲技団員、体操選手、元レンジャー部隊……警察は手をこまねいているわけじゃなく、容疑者のリストを消していっているのよ。当日、ヒネモスではサーカスの興行はなかったし、曲技団員のアリバイも成立していた。オーストラリアで体操、新体操の世界大会があって、めぼしい選手はみな海外にいた。そのひとたちに犯行は不可能でした」

「そりゃそうですよ。アリバイがあるなら。でも、どうしてまたアクロバットが……」

 マナーモードにしていたプランタンのコミュニケーターが振動しはじめた。「応答」をタッチし、電話に出る。

「はい、わたくしです。あら、スメル警部。ちょうどよかった、実はお話が……え? また、殺人事件? ……え? ……え? ……まあ……」

 王女は耳を傾ける。会話の内容が気になるオールシーも、運転どころではない。

「……はい。いま、市内を車で移動中です。現場のそばにきています。これからむかいますね。五分ほどで参りますので、保存しておいてください」

 通話を切断する。

「どうしました? スメル警部から?」

 王女はうなずく。

「同一犯らしいのです」

「密室ですか?」

 首を傾けた。

「いえ。窓が開いていたので、そうともいいきれないと」

 歯切れの悪い答えである。

「でも、また『ポストイット』があり、死体にクールテックをかぶせていたそうよ」

 オールシーは確信した。同一犯――あるいは同一グループの犯行だ。次の信号を左折し、プランタンの告げた住所に車を駆ける。赤色灯を出せたら雰囲気が盛りあがるが、もちろんただのリムジンである。安全運転に徹するつもりだ。

 ところが、急に思い出し、すっとんきょうな声をあげ、王女に確認した。

「あ。て、天気ですよ。天気予報! 今日の予報はどうなっていました?」

 ふしぎそうな表情でプランタンは応じる。

「朝のニュースでは午前中にスコールになるっていっていたけど……そういえば、まだ降っていないわね」

 車の窓から空を見あげる。

「ま、どんよりしていて、いつ降ってもおかしくないけど」

(天気予報、はずれたのか! もしシニザ教授と同一犯で同じような犯行方法だとしたら、犯跡が部屋の外――壁か窓――に残っている可能性がある。急がなきゃ。ハーマジェスティのおっしゃるとおり、空は厚くくもっていて、いつ雨が降り出してもおかしくないぞ……!)

 いらいらしながら、少年SSは車の流れを見つめた。

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