3【暗】さまざまな消失

第21話

 わたしの容疑は毒殺殺人

 金もちじいさんたぶらかし

 結婚してから砒素飲ます

 死んだら遺産をがっぽり独占

 義理の子どもにアッカンベー

 殺したじいさん片手にあまる

 連続毒殺女郎蜘蛛


 でもそんなのうそっぱち


 取調室で刑事は叫ぶ

「おまえがやったんだろー」(×3)


 真犯人は神さまだけが知っている

 お願いどうか 助けてちょうだい(×2)

 (Enzai‐girls「再審請求」)



 エミリー・クズミンは冷たいドリンクが飲みたかった。

 恋人のデキシトン・トットルマイヤーを誘い、帰宅途中にコンビニエンス・ストアに立ち寄ったのは、そんな理由からだ。

 ふたりの交際は、まだ三ヶ月。今日のデートはありきたりだが、映画鑑賞だった。エミリーはディズニー&ピクサーのファンタジーCGアニメを観たいといい、デキシトンは「鑑賞後は怖くて寝室の灯りをつけたまま就眠するひと続出」というホラー映画を観ようと主張した。

「デートでホラーはないでしょ! ホラーマニアのカップルなら別だけど」

「最近はそんなことないぜ。どうせ作りものなんだから、げらげら笑って明るい気分でホラーを観れる。ホラーはエンターテインメントなんだよ」

 しかし、デキシトンお薦めのホラー映画『怪奇 死美人のはらわたゲロゲロ醜悪祭』は「切実に怖い」「泣くほど怖い」という口コミ評判で有名だった。「げらげら笑う」タイプのコメディーホラーではないらしい。その点を指摘すると、彼は折れた。

 自分の主張の正当性が受け入れられた、とエミリーは考えない。自分の魅力、支配力にデキシトンが屈服した、とみなした。そう考えるのは気分がいい。彼女は今年、二一歳。デキシトン・トットルマイヤーは二三歳だった。

 エミリーの自信も、あながち批難できない。ショートパンツからすんなり伸びた足の先はキャメルのレースアップブーツサンダル。小さな赤い花を散りばめたレースのチュニックを着て、肩にベージュのフリンジポシェットを提げていた。短めの栗色の頭髪は自然にウエーブがかかり、くりっとした瞳にはまだ子どもっぽさが揺曳している。笑うと前歯がにっと剥き出しになり、愛くるしい。年齢相応に「かわいい子」だったのだ。

 デキシトンは白とグレーの綿のポロシャツ、ライトブルーのデニム、茶色いデッキシューズといういでたち。金髪の前髪は額の上をななめに流れ、りりしい眉、すずしい目もと、しっかりした鼻梁、きっちり結んだ唇、ソフトな顎の線と、いちおう男前。

 ふたりは結局、CGアニメを鑑賞した。いつもながら、擬人化された動物が完成度の高いスマートなシナリオに沿って「名演」する。気の利いたギャグ、ユーモアをともないつつ、テンポよく展開するビビッドで華やか、そして品のよい映像の流れを満喫した。

「課題の提出はだいじょうぶ?」

 映画館を出たとき、彼はたずねる。

「……聞かないでそのことは」

 わざとらしく、彼女は顔を伏せた。

「一週間? 締め切りまで」

「もう。デッキーのいじわる! いいのよ、どうせわたしは典型的なグータラ国民なんだから」

 ふたりは映像系専門学校の先輩、後輩の間柄なのだ。デキシトンは写真、エミリーはデジタルアートの勉強をしている。

「手伝ってあげれればいいんだけどね」

「デッキーはデジカメじゃなくて、アナクロカメラが専門分野だもんね」

「アナクロじゃないよ。アナログ」

 どうちがうの、というように彼女は首を傾ける。

「咽喉、かわかない? どこかでお茶でも飲む?」

「うう……。そんな時間ないの。でも、たしかに咽喉はかわいている。コンビニに寄ってペットボトルドリンクを買うわ」

「なに買う?」

「ほらあれ。シャドウズがCMで宣伝しているやつ」

「ああ。あれ」

 ふたりは商品名を思い出さなかったが、人気アイドルグループに急成長した三人組のガールズユニットは各企業から引っ張りだこだった。クリ―ミーな抹茶味と蜂蜜をブレンドしたドリンクは、舌触りと味覚が風変わりで面白がられ、シェアを拡大中。大手飲料会社の新商品である。メンバーのココは蜂蜜大使として、生産地と商品の宣伝、販売促進、キャラクターデザイン(セクシーでかわいい「ハニージョイ」ちゃん)にかかわった。

 コンビニに飛びこんだふたりは、迷わずペットボトルの冷蔵セクションにむかう。

「あ! これこれ。抹茶ハニー!」

 エミリーは商品名を思い出した。ボトルには商品名ロゴと、黄色と黒のミニワンピース姿で背中からリボンのような羽を生やした「ハニージョイ」がプリントされている。

「あたし、毎日これ飲んでいるんじゃないかしら。流行りものに弱いのよねー。形から入るタイプというか。デッキーもけっこう、気になってるんでしょ? あ、気になっているのはドリンクじゃなくて、シャドウズの方か。あの三人組、急に人気出てきたよねー」

 ドアを開け、目当てのドリンクを取り出す。

「デッキーの推しメンはだれ? あたしはミコね。あの子、グノス・ラチエンスキーの恋人だっていう報道があるの。ほんとうかなあ? だって、ラチエンスキーってネコガス企業重役令嬢と婚約の噂もあるんでしょ。ミコ、だまされてるんじゃないかな。心配なんだなー」

 自分だけが一方的にしゃべりまくっていることに、ようやく気づく。

「……? デッキー……?」

 動きを止め、周囲を見回した。

 コンビニ店内には、雑誌を立ち読みしている男の子、買い物カゴを手にスナック菓子を物色しているOL、弁当の棚の陳列を確認している店員A、カウンターでレジを打っている店員Bがいる。しかし、デキシトンの姿はどこにも見当たらない。

(デッキー! どこにいっちゃったの?)

 店内をうろうろし、陳列棚のあいだを何度も確認する。胸に不安が広がる。

(おかしい。たしかに一緒に店に入ったはずなのに……。どうしたの、いったい? あたし、気に触るようなこといったのかな? それで怒り出したデッキーが急にふいっと店を出たのかしら? あ。そうだ、コミュニケーターで連絡してみよう)

 携帯端末をポシェットから取り出し、デキシトンに電話をかけた。コール二回で留守電に切り替わる。彼女は失望し、混乱する。だがすぐに、別の可能性を思いつく。

(そうだ、トイレ! 急にもよおして紳士用に駆けこんだのかも。もうちょっとようすを見よう……でも……)

 不安と困惑が表情をくもらせる。

 一〇分待ったが、店内のトイレから出てくる客はいない。店員に事情を話し、紳士用トイレをあらためてもらったが、利用者はいないと告げられた。

「そんなはずないんです! あたしたち、一緒にこの店に来たんです。たしかなんです。そうしたら……デッキーだけ、煙のように消えてしまったのよ!」

 エミリーの声はしだいに悲鳴のようになっていった。

 ちょうどそのころ、レジを打っていた店員Bがカウンターの上に見知らぬ物体を見つけていた。高さ一五センチほど。タケノコに似た、まるみを帯びた円錐で表面に小さな穴が開いていた。薄いグレーと黒のツートーンで、かすかな振動音を立てている。


 専門学校生のデキシトン・トットルマイヤーはコンビニエンス・ストア内から姿を消した。八月五日、一六時二七分のことである。

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