第5話

 ふたりを残し、高校生三人は楽しそうにおしゃべりしながら、歩き去っていった。


「王女さま。どうか、落ち着いて。お怒りをおしずめください」

 冷静にとりなす。

「オールシー、命令です」

 プランタンは不気味に声の調子を落とした。

「は」

「いまの三人、これから尾行して姓名、住所、家族構成、父親もしくは母親の職業、年収、職場の階級役職、親類関係、本人の所属学校、学業成績、課外活動、友人知人関係、趣味嗜好、生育歴、弱点、弱み、嫌いな食べもの、苦手な生きもの、スキャンダルになりそうな過去の失敗を調査しなさい。手はじめにカバンのなかに蛇を入れるというのはどうかしら。次は突然、母親が交通事故に遭い、植物人間になる。それから、父親は理由も聞かされずに会社をリストラ。お弁当のなかにはなぜか嫌いなピーマンや人参、しいたけ、セロリ、ギョウジャニンニク、ふらふら金魚草、ケセランパサランが入れられ、友だちは急に裏切りはじめ、ネットにはあることないこと誹謗中傷を書きこまれ、どんなに勉強しても成績はつねに赤点。部活動ではレギュラーから外され、道を歩けば小学生が背後から石を投げつけてくる。いえいえ、こんなことではまだ手ぬるい。

 まったく、そんなに一六歳がいいなら、そのまま一六歳のままでいればいいのよ! 永遠に!」

 王女のこめかみには稲妻形の血管が浮きあがる。

「かしこまりました。ご下命ならば、なんなりと実行いたしましょう。ですが、王女さま」

 絶対に、なんとしても、ここは退いてはならないとオールシーは自らいい聞かせる。

「胸に手を当ててくださいませ」

「え?」

 落ち着けと内心、少年は自分にいう。ふんばりどころだぞ。

「畏れ多くもまだ、オールシーのことをご自分の腹心の部下であるとお考えくださるのなら、わたくしめのことばに一片のご憐憫をおかけください」

 プランタンは口をとがらせながらも、しぶしぶ両手を胸に当てる。

「大きく息をお吸いくださいませ」

 根は素直な王女は、いわれたとおり深呼吸した。

「オールシー(すー)、こんなことしても(はー)、わたしの怒りは(すー)、とけませんよ(はー)」

「では次に、目を閉じて。お考えくださいませ」

 プランタンは両目を閉じた。脇を迂回する通行人は(このひとたち、何をしてるんだろう?)(女性の方はちょっと王女に似ているな)(こんな道の真ん中でなんなんだ)と不審な表情でふたりのようすをちらちら見ていく。国民の生命を賭けた主従の攻防が、こんな道端で展開しているとはまさか思わない。ここでお勤めを果たすんだ、とオールシーはいよいよ決心をかためる。

「いったい(すー)何を考えるの(はー)」

「ユアハイネスにも、一六歳や一七歳のころがございました。そのとき、いまと同じような会話をご学友の方たちとなさいませんでしたか?」

「う!」

「どうでしょう? そのようなご記憶、ございませんか」

「……す、するわけないでしょう。あのような傍若無人で破廉恥な……反逆罪に相当するような危険思想……」

 しばらくがんばっていたが、やがてプランタンは溜め息をつき、しょんぼりと肩を落とす。

「いいえ、うそよ。したわ。あのとおりの……いえ、あれよりもっとひどい……年長のご婦人方が傷つくような会話を……」

 オールシーは目を閉じ、ゆっくり息を吐く。クールテック着用にもかかわらず、汗でシャツが背中に貼りついていた。

「そのときのご自分に免じて、いまの少女たちの人生や生命を救ってくださるわけには、いきませんか。それで足りなければ、わたくしオールシーを御国の楯として、外国の紛争地やテロ頻発地帯に派遣してくださいませ」

 プランタンはしばらく目を閉じ、考えこんでいるようだ。だが、やがて瞳を開き、歩き出した。オールシーも一緒に歩を運ぶ。

「……あえて諫言をこころみたオールシーの誠実な忠義心に免じ、あの平民の娘たちに猶予をあたえましょう。でも常時、監視をつけ、あのような発言をあまりくり返すようでしたら……」

「王女さまのこころの広さにおすがり申しあげます」

「わたくしだって血も涙もない悪逆非道の専制君主じゃありません。カチンとき、ムッとするような王室批判、おとなの女性を年齢的にないがしろにする発言、各種公的団体祝賀会におけるわたくしのスピーチへの愛のない批判……などなどを目や耳にし、なんどこころのなかで××命令を出したことでしょう(検閲済み)。でも、春の夜空で光の尾を引いて星が流れたり、きれいな色の小鳥が楽しげに鳴きながら夏の青空を横切ったり、キラキラした初雪が街灯に降りかかったりするたびに、胸のなかで恩赦を申し渡してきました(注――気温が一定の退屈王国で雪は降らない)。

 知ってる? ミス・ヒネモスの応募には年齢制限があって××歳以下なのよ(検閲済み)! こんな理不尽なことってある?」

 少年もさすがに、通行人の不審げな視線に気づきはじめていた。さりげなく王女を誘導し、ひとの流れのなかに自分たちをとけこませる。

「さようでございましたか。ちっとも存じあげませんでした。

 ですが、ユアハイネスもその年齢制限、特に疑問視されていらっしゃらなかった時期があったのではございませんか?」

「……オールシー。さっきから痛いところ突くわね」

「めっそうもございません。さきほどの、王女さまの気配の消し方に感心しておりました。あんなにみごとに無になれるものではございません。すばらしい! 前を歩いていた高校生たちは、こちらの存在にまったく気づいておりませんでしたよ」

 王女はふたたび、立ちどまった。

「気づいてないわけないじゃない! あの平民の娘たちは、このわたしにわざわざ聞かせるためにあの会話をはじめたのよ。偶然なんかじゃない。悪意に満ちた、意図的で狡猾な策略だわ。陰謀よ! 反逆よ! 気づいていたに決まっている! 気配を消すなんて、失敗よ。もう××にしてやる。家族は×××ね。友人は××、担任の教師は××だわ(検閲済み)」

 こめかみには再び、稲妻形の血管が。

 またここで命を賭けるのかと思うと、少年SSはさすがにへきえきした。いつまでも相手にしてられっか!

 クールテックの内ポケットからイヤフォンを唐突に、引っ張り出し、耳にはめる。

「ど、どうしたの?」

「本部から緊急連絡のようです。畏れ入りますが、しばらくお待ちください」

 まじめな表情で王女に断りを入れ、携帯端末で音楽を聴きはじめた。

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