第14話

「では、計画の進捗状況を報告してくれ」

 感情のこもらない、かわいた声だった。発言者は中年の男性である。

「いまのところは順調です。エリカが例の化合物の製造方法のデータを提供してくれたので、大量生産に入っています」

 若い女性のいきいきした声が応じる。

「そんなにたくさんは要らないぞ」

「承知しています」

「スペースモンキーズに行動指針は与えているのか? 誰の担当だった」

「あ。わたしです」

 別の若い女性が返事をする。最初の声にくらべると、やや高飛車な印象だ。

「マニュアルをあたえて指導していますが、みんな頑固で、頭が硬くて……」

「難航しているのか?」

「くりかえし復唱させ、要点を叩きこんでいます。問題は監視カメラに写らないように振るまうことなんですが、やつら、カメラの場所をおぼえられないみたいです」

「そんなことはあるまい」

「ほんとうです。コンビニやスーパーのなかでも平気で作戦行動をとるつもりです」

 にがにがしい沈黙が座にただよう。

 どことも場所の知れない一室である。どこかのビルのテナントスペースか、レンタル会議室、あるいはカラオケルームかもしれない。室内は可能な限り照明をしぼり、長机に着席した出席者の顔は暗くて見えない。しかし、メンバーは四名だ。中年の男性ひとり、若い女性が三人。目的不明の会合の、中核メンバーだった。

「しかし、ひろびろとした場所では例の『タケノコ』の恐怖を演出できないのではないでしょうか。密閉空間でなければ、化合物が拡散してしまいますから」

 三人目の女性が声をあげる。きれいなソプラノである。

「一般家屋で事件を起こしてもしょうがない。あくまで、公共空間で密閉されていることが条件だ。そうなると、電車や地下鉄、バス――いや、それでは実行部隊が脱出できない。やはり監視カメラの死角を利用して、コンビニやスーパーで事件を起こすしかないのか……」

「スーパーやショッピングモールだと空間が大きすぎる。コンビニ程度が適当なのでは?」

「監視カメラのレンズに細工したらどうでしょう? 布をかぶせたりスプレーで塗り潰したり」

「だめだだめだ。人為的に消えるのでなく、神隠しのように消えなければならないのだ。よし、この件は継続審議とする。ブラックティンカーベルの考えも聞いてみたいな」

 高飛車な声の女が失笑した。

「BTBを当てにするのは、もうやめましょう。そんなに信頼できるんですか。そもそもあいつ、この計画にはたいしてアイディアを提供していないんでしょ。基本のコンセプトだけ示唆したと聞きました」

「うむ」と男の声。「われわれの関与が――信じるこころがまだ足りないのだ。ティンカーベルという妖精は、その存在を信じれば信じるほど、ありありと実在するようになるらしいからな」

「計画が第二段階に入ったら、やはり警戒すべきなのは、王女ですね」

 いききした声が確認する。

「そもそも、王女がのり出すことを前提にして立ちあげた計画だ」

 むっとした口調で男が応じる。

「不可能犯罪が大好きですから、そこを餌にするはずでしたね」

 ソプラノが応じる。

「犯罪捜査に対する王女のアプローチは、いままで公式記録として公表されている。ふつうに書店で手にすることができるので、推理の過程や捜査方法をある程度、推測できるわけだ。その結果、われわれはひとつの結論に達したのだったな」

「ええ、そうです。王女の推理はまったく合理的な根拠を欠いており、完全に当てずっぽう。公式記録をどんなに精読しても、なぜ毎回、犯人や犯行方法を暴き出すのかまったく理解不能だと」

「天才ですね」

「天才よ」

 中年の男が反論した。

「ばかなことをいうな。おれは王女が天才だなんて認めない。

 ナポレオンの戦術を分析したクラウゼヴィッツはこういった。『天才は法則の超越ではない。最高の法則にすぎないのだ』と。凡人がルーティンの法則をただなぞり、天才がそれを軽々と超えていくのではない。天才といっても結局、法則の内側にいるだけなのだ。そして彼は、ナポレオンが各個撃破と側面攻撃をバカのひとつおぼえのようにくり返していることに気づき、対策を講じて打ち倒した。

 われわれもついに、王女の捜査方法の法則に気づいただろう? それはなんだった」

「今回のわたしたちの事件にも当てはまります。犯人が必ず、若く美しい女性だということです」

 その場の誰もあえて指摘しなかったがもちろん、それは「推理や捜査方法」ではなかった。

「……さぞや、冤罪も多いことだろうな」

 男が苦笑する。

「女子刑務所は美女ばかりです」

「そうそう。刑務所に入りたいばかりに微罪でつかまるバカな男があとを断たないとか。あんたらが入るのは紳士用だから」

「芸能プロダクションが目をつけて、歌って踊れる女子刑務者をデビューさせましたね」

「ああ。聞いたことがある。エンザイ・ガールズだろう」

 四人とも急に、にこにこしはじめる。ヒット曲『再審請求』のメロディーが脳裡で流れているのだろう。ノリのいいディスコソングである。メンバーはみな、プランタンが犯行を暴き、刑務所送りにした女性たちなのだ。

「CDを獄中リリースし、『二一世紀のジェイルハウス・ポップス』として売り出したな」

「プロモーションビデオが無料動画サイトで八〇〇万回、再生されているそうね。今月中に一〇〇〇万をこえると予想されている」

「ドームコンサートが企画されているわ。本人たちは刑期中だから、ステージ上はホログラム映像らしい。三万枚のチケットが完売し、ネットオークションでも一枚五万サボールするとか」

 退屈王国の総人口は約一〇〇万人である。そのなかの三万人だ。

「デビューしたばかりだろう? もうドームコンサート?」

「クラシックディスコやクラシックロックのカバーを歌うそうです。『再審請求』のCD売上げはいま三〇万枚。歌詞は英語だから、英語圏のリアルショップ、ウェブサイトでも発売されているそうね。ふつうのひとはマテリアルな音源を買わないというのに、すごく売れている。あたしたちも、がんばらないと」

 香港、韓国、台湾といったそもそもマーケットが小さい国では、アーティストの国外へのプロモーションが積極的だ。退屈王国も例外ではない。売上げは事務所と国が折半している。エンザイ・ガールズのメンバーには、アイドル活動の収入はない。司法当局は、彼女らの仕事を贖罪や社会復帰のための「更生活動」とみなしている。国庫に入った収益は福祉事業の予算に加算されていた。

「エリカはちゃんと役目を果たした。次は、わたしたちの番ね」

 きれいなソプラノが、つぶやいた。

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