第20話

 その後、パパゲーナとはいちど、病院で会って健康状態を確認した。精神面はショックを受けているが、身体面にケガはない。「パパゲーノ」が王宮省のエリートSSであることを知り、少女は驚いた。そして、任務の性質上、必要がなければ民間人とは接触しないことを知り、目を伏せた。

 オールシーの判断は過剰防衛ではなく、正当だったと司法当局は承認。三人のテロ犯と遭遇し、しかも人質を取られていたのだ。

 いったい、あの山小屋で何が起こったのか。気がかりな少年はツテを頼って情報を集めた。どうやら、こういうことらしい。

 パパゲーナの父親はスペースモンキーズのテロ計画立案者だった。語学学習出版社の襲撃事件も彼のプランだという。しかし、ある時期から、脱退を希望するようになったらしい。優秀なプランナーの喪失をきらったモンキーズのメンバーは、脱退の要望を拒絶。やむなく、彼は娘をともなって山小屋に一時非難した。知人のツテを利用して国外脱出用の偽造パスポートや偽の身分証を手に入れ、数日後には別人になりすまし、高飛びする予定だった。娘に危害が及びことを心配し、一緒に国外逃亡するつもりだったのだろう。パスポートや身分証は彼女の分も偽造されていた。

 大学生の息子とは喧嘩になった。「おやじの都合で、なぜ国外に行かなきゃならないんだ!」と、彼は同行を拒否。娘の教育、生活には責任があるが、すでに精神的に自立している息子については当人の意思を尊重しよう、と父親は判断した。銀行口座に当座の生活費、学費を残し、「もし、周辺に危険をかんじたら、連絡しろ。おまえを逃す手配をする」と伝える。

 山小屋に避難中の娘は、事情をすべて話されていない。ただし、父親が仕事でなんらかのトラブルを抱えていることは察していた。とはいえ、住み慣れた環境から引き離されて山奥に連れこまれ、そのあと国外に脱出するといわれ、仰天しないわけにはいかない。

 鳩は、彼女の兄からのプレゼントだった。理由はふたつ。妹が「鳥好き」であること。鳩の帰巣本能を利用して、通信文を送れること。兄は彼女の避難先が山奥で、携帯端末の圏外になることを知っていた。郵便物の配達も、ふもとの町の郵便局までだ。「寂しくなったら、こいつの足首の通信筒に手紙を入れて送るといいよ」

 二一世紀生まれの彼女に、伝書鳩は新鮮だった。古くさい通信手段なのではなく、ロマンチックでファンタジー風のやり方と受け取った。そこで、あんまり寂しく、がまんできなかったとき、何か変わった話のネタが見つかったとき、パパゲーナは兄に手紙を送ろうと考えていたのである。

 食糧がまったくないままサバイバル訓練をしている兵隊の話は、格好のネタに思えた。パパゲーノとの遭遇を文章にかんたんに記し、鳩を飛ばしたのだ。

 鳩は、空中で錯綜する電磁波の存在にもかかわらず、きちんと元の家に帰ってきた。スペースモンキーズはその家をずっと監視下に置いていた。

 彼らは家に押し入り、手紙を手にした兄を暴行、脅迫した。その際に頭部を強打した彼は床に昏倒。その後、ホメオスタシスが発見し、病院に運び、治療を受け、入院中である。

 山奥の小屋の位置を聞き出したモンキーズのメンバーが、避難場所を探し出し、会計士を急襲した。娘の話では、協力を断ったため、殺害されたらしい。彼女は車に乗せられ、どこかに運ばれることになっていたようだ。そこを、オールシーがなんとか救出したわけである。


 サバイバル訓練は途中で中断されたとみなされ、最初からやり直しとなる。

「あいつ、自分が制圧した犯罪者に献血したらしいぜ」

 と、寮ではあきれられ、彼はますます孤立する。語学教師のスウェーデン美女にも愛想をつかされたようで、桃色講義から解放された。

 再開されたサバイバル訓練はトラブルもなく、事件に巻きこまれることもない。深夜の森のなかでスパイ小説を読む至福を堪能した。相変わらず森のなかは、やかましかったという。

 以上は、プランタンがラファロ博士消失の謎を解く二年ほど前の話である。

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