第24話
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動画配信サービスの音楽番組「サウンドランド」のアイドル特集
司会者「退屈王国のアイドルブームもひところの勢いは鎮静化しており、いまはちょっと小休止というか、無風状態に陥っています。一時代を築いた大物アイドルグループは人気メンバーの『卒業』を経て、その遺産を次代が継承するのに苦労しているようです。
そんな沈滞状況を今年の春、まず打破してくれたのが、エンザイ・ガールズでした。四人のメンバー全員が連続殺人の有罪判決を受け、服役中の犯罪者。しかし、本人たちは無罪を主張し、アイドル活動をとおして再審請求を勝ち取ろうという斬新な設定(?)で話題沸騰。その活躍はすでにみなさん、ご存じのとおりですね。
さて、ふたたび導火線に火がついたかのような「特殊設定アイドル」――「イロモノ」ということばは嫌いです。昨年末からじわじわと口コミ、ネットで評判があがっているのがシャドウズ。
今日はそのシャドウズのみなさんがゲストです。どうぞー。(拍手)
まず、メンバー自己紹介をお願いします」
ミコ「シャドウズの麦影、ミコです」
ココ「栗影のココです」
ニコ「赤影のニコです。今日はよろしくお願いします」
司会者「あははは。髪の色がそれぞれ麦藁色、栗色、赤色なので、それに合わせて『―影』を名のっているんですね。その色はメンバーカラーでもあるんだ。『三人合わせて……』とかやらないの?」
ミコ「わたしたちは、お笑い芸人ではないので、そういう芸人風のあいさつは、いっさいしません」
司会者「芸人じゃない? では、アイドルとはなんですか」
ココ「職人です」
ミコ「いわゆる、アーティストではありませんね」
司会者「昨今ではフェスなんかでも、ロックアーティスト以外にジャズプレイヤー、フォークシンガー、民謡歌手、アイドル歌手などクロスオーバーに出演し、アーティストとアイドルの垣根は溶解しているようですが?」
ココ「職人です。それ以外の定義をあえて探せば、アーティストというより、わたしたちはアスリートに近いかな……」
(三人、うなずく)
司会者「シャドウズ人気の秘密、過激なアクロバット・パフォーマンスのせいですね」
ニコ「ミコは身体を鍛えに鍛え、いまや、ベンチプレスで五〇キロあげられるんですよ! すごくないですか?」
ミコ「いやいやいやいや」
司会者「怪力少女! そもそも、グループの名前の由来はなんなんですか」
ミコ「わたしたちもともと全員、大物アイドルグループの『シャドウ』(替え玉)だったんです。人気メンバーが急な病気や事故でステージにあがれない場合、シャドウが代役として登場し、歌い踊る。それぞれの正規メンバーには対応するシャドウが用意されていまして、ネックボイスを首に巻いてステージに立つんです」
司会者「なんですか。ネックボイス?」
ニコ「今日、もってきました。これです」
司会者「一見、長径一〇センチほどの、首に巻くリボンのように見えますね」
ニコ「これ、表面の材質はプラスチックで軽いんですが、なかにハイテク装置が隠れていまして、装着した人間の声を別人のものに変えてくれるんです」
司会者「つまり、変声器?」
ミコ「横に小さなセンサーパネルがあります。そこに声を吹きこむと、その性質を記憶します。代役=シャドウはそのネックボイスを首に装着して……」
司会者「このリング、手錠のように開くんだ!」
ミコ「そうです。こうやって首に回し、ワンタッチで環を閉じます。この状態で、口パクすると、咽喉の振動をセンサーが捕捉し、記憶した別の声をマイクロスピーカーで拡声してくれんです」
司会者「だいじょうぶなの、これ。犯罪に利用されそうだけど」
ニコ「警察の声紋分析では、はっきり機械的に合成された声だとわかるそうです。また、人間に聴こえない波長で製造番号別に固有の信号が発せられるそうで、録音された場合、買い主を特定できるとか」
司会者「ということは、購入には身分証明が必要なんだ。ネットなんかじゃ、買えないと――とはいえ、闇市場に流通してるんだろうなあ。で、話を戻せば、グループ名の由来なんだけど?」
ミコ「そうでした。わたしたち、なんとか表舞台に出よう、デビューしようと努力していて、深夜、事務所の練習場の鏡の前でダンスのレッスンをしていたんですが」
ココ「そこに、振り付けの先生があらわれて、いきなり怒り出したんです」
司会者「練習熱心だ、とほめられるところじゃない。なんで怒られた?」
ココ「あんたたちが鏡の前で踊るなんて百年はやい、表に出て駐車場で踊りなさい、て」
司会者「夜中の駐車場?」
ニコ「夜だから、蚊や蛾、名前の知らない羽虫とかわんさか飛んでいて、すごいんですよ。わたしたち、ぶうぶう文句いいながら、それでも素直に事務所の駐車場に行ったんです。そうしたら、ちょうど近所にゴルフの打ちっぱなしの練習場があって、その夜間照明のライトが事務所のビルの壁を照らしているんですよ」
ミコ「つまり、駐車場に立つと、三人の影がビルの壁にうまいぐあいに投影されるという」
司会者「なるほど」
ココ「そこで練習すると、背景や服装、顔の表情といった情報がいっさいカットされ、身体のシルエットと動きだけが純粋に理解でき、ダンスがみるみる上達したんです」
司会者「表情がカットされてもいいの?」
ミコ「地下アイドルでも、マスクをかぶって踊るグループが過去に注目されました。わたしたち、ダンスにおける顔の表情を、どうしても必要なものではないとあえて切り捨てたんです」
司会者「思い切ったねえ」
ミコ「そうすることで、シャドウズというグループの名前が生まれ、そのコンセプトがどんどん具体的になっていきました」
司会者「特殊設定アイドル――コンセプト・アイドルの核心部分が見えてきたんだ。デビュー当初は、日本の女忍者のコスチュームでしたね」
ココ「はい。黒づくめの格好で、顔も布でぐるぐる巻き。目だけ見せていました。黒いステージ衣裳、多いですね。たまに、花柄のスカートはくと……」
司会者「観客席がどよめくという……(笑)」
ニコ「影や闇が、シャドウズの基本的なコンセプトになりました」
司会者「ステージ上に姿を見せず、実体のない影だけが歌い躍るパフォーマンス。話題になりましたね。影だから大きくしたり小さくしたり数を増やしたり、自在にできる」
ココ「あれ、ダンスは別の場所でやっていて、ステージのスクリーンに影だけ加工して映しているんです」
司会者「メンバーが影絵で殴り合いしたパフォーマンスもあったでしょ?」
ココ「ニコが『やりたい』ていい出したんだよね」
ニコ「シャドウズだから、お約束でしょ。――シャドウボクシング!」
司会者「車道で踊るパフォーマンスもありましたね。あれは誰が……?」
ココ「わたしです(苦笑)」
司会者「そして、一躍有名になったのが、空中飛翔のダンスパフォーマンス。ストロボスコープ現象を利用して、照明が当たっている瞬間だけ空中に跳ぶと、ステージ上で浮遊しているように見えるというやつね。これ、元ネタがあるそうですね」
ミコ「はい。振り付けの先生のアイディアですが、昔、デヴィッド・パーソンズというダンサーが考え出した演目だったそうです。わたしたちはそれにトランポリンを加え、高度と滞空時間をさらに増やしました」
司会者「ワイヤーで吊ったりはいっさい、していない?」
ミコ「していません。それは邪道――ジャドウズ(苦笑)です」
司会者「そんなみなさん、えー、九月三日にCDを出すんですね」
ニコ「はい。ネットではすでにダウンロード販売しています。新曲ばかりです。リアルショップで来月三日からリリースします。初回限定特典で、CD購入者限定チケット先行あります。ヒネモスの繁華街のショップでわたしたちもプロモーションをやりますので、みなさん、見にきてください。夜は、ライブのストリーミング配信もおこないます。楽曲は『青春花鳥風月』『青春極楽週末』『青春四捨五入』、以上三曲のトリプルA面シングルになります」
司会者「で、今日歌ってくれるのは?」
ミコ「『青春四捨五入』です。この曲は、振り付けもかんたんなので、ご覧のみなさんはぜひいっしょに踊ってみてください」
司会者「では、ステージでパフォーマンスの準備をどうぞ」
ココ「どうもありがとうございました。三人合わせて――」
三人「シャドウズでした!」
司会者「やるんじゃん。結局、やるんじゃん!」
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