第48話 再び

 オレは大花が荷物番しているところまで戻った。そこへ戻ると、大花は体を横にして、本を読んでいた。オレがやってきたことに気がつき、本に栞を挟み、言った。


「あら。お帰りなさい。二人は見つかったの?」


「ああ、あっさりと見つかったよ。立花の奴、妙に心配していたが、心配損だったな」


「そうなの。立花君、確かに妙に心配してたわね。それも、険しい顔して」


「まぁアイツは部員のことすぐに心配するからな。夏休み前も、富永のために坂下を殴ったくらいだしな」


「ええ」


 大花はオレと会話しながら、海の方を見ていた。その様子は、どこを見ているかもわからなかった。


「どうかしたのか?」


「いえ、なんでもないわ。多分、私の考えすぎかしら」


「……そうか」


オレは、大花の横に座った。


「お前、もう海に入らないのか?荷物なら、オレが見ておくから行って来てもいいぞ」


「そうね……でも、いいわ。もう疲れちゃった」


「そうか。お前、かなりのインドアだな」


 オレは笑いながら言って、浜辺の方を見ていた。

すると、浜辺の方で見たことのある奴等がいた。彼等は道楽部ではなかったが、見覚えがあった。


「あれって」


「どうしたの?生き物さん」


「いや、何でもない。そういうことか」


「え?どうしたと言うの?」


「いや、別に大したことじゃないよ」


「そう?変な生き物さんね」


 大花は怪訝な顔つきで、オレを見ていた。

それからオレと大花は、万条達の帰りを待っていた。しばらくしてから、万条達は荷物を置いていたところへ、万条、富永、姉さん、立花の全員が戻って来た。


 万条は戻って来るや否や、オレに元気に言った。


「ハッチー!海に入るぞー!」


「何お前。何食べたらそんなに元気を維持できるの?」


「いいからさ!」


「ちょっとっ!」


「八橋—!オレが荷物見てるから大丈夫だよー」


 立花は万条はオレの腕を掴んで連れていっている時に、笑って言った。

そして波が当たらない浜辺のあたりで、万条は手を離した。冨永と姉さんもオレの方へやって来て、オレの姿を見て笑っていた。


「何だよ、皆して。オレは海には入らないって言っただろうに」


オレはあたりを見まわしたら周りの人はみな笑いながら楽しそうに水を掛け合っている人、海の中で浮き輪でどこに行くでもなく波にのってただ浮かんでいる人、ビーチボールで遊んでいる人、多くの人がいた。


その瞬間に、オレの頰に何かが飛んで来た。


「つめたっ」


 つい、声を出してしまった。


顔に海水がかかってきたのだ。オレは、顔の水を拭き取り目を開いた。犯人は誰だ。


「ほらっ!」


 その時、万条がオレに水をかけてきたのだと分かった。許さん、万条。


「お前……小学生か。こんな悪戯して」


「ハッチーがよそ見してたからさー!」


 こいつ……。オレを怒らせたな?


「はいはい。子供の遊びはここまでだ。オレは荷物置き場に戻るから」


「えー!もっとかけちゃうぞ!」


万条が海水を手にすくい、オレに海水をかける準備をしていた。オレはその万条を見て、言った。


「あ、万条!うしろ!」


「え?何?」


 オレはその瞬間に、こっそりとすくっておいた両手にある海水を万条にかけた。


「つめたっ!あーー!ハッチー!やったな!」


「あ、すまん。ちょっと手が滑ってな……わざとじゃないぞ。あはは!」


 富永と姉さんはオレの姑息な方法を見て、呆れていた。


「まったく。アイツはいつもああいう方法ばかりだな」


「あはは!ごめんね。冨永ちゃん。でもアイツ、実は負けず嫌いなのよ」


 万条は、さっき手にすくった海水を再び、オレにかけてきた。しかし、二度目のオレはすんなりとかわして見せた。


「万条。オレにかけようたって、そうはいかない。オレはもうお前の間合いから離れている。もうお前が、オレに海水をかけることは不可能だ!どうだ!」


「絶対にさっきのわざとじゃん!もう!」


 万条は少し、意地になってそれから何度かオレにかけて来た。しかし、オレはすべて避けて、万条は海水をすくうのをやめてしまった。


「どうした?もう終わりか?」


「あ、ハッチーうしろ!」


——その手には乗らないぞ。どうしてもオレに仕返しがしたいようだが、そんな稚拙な方法じゃオレのことは騙せないぞ万条。


「その手には乗るか!さっきのオレの方法と一緒じゃないか!芸がないぞ」


「あ、八橋!うしろ!」


「アンタうしろ見なさい!」


 すると、冨永や姉さんもオレにうしろを向くように指示して来た。


 ——なんという愚行だろうか。三人でグルになってオレを騙そうという魂胆だな?しかし、オレはそんな手にはひっかからないぞ。まったく、オレもナメられたものだ。


さぁ、そろそろこの遊びにも飽きたことだし、荷物置き場にでも戻——


「いてっ!」


 オレは状況がよくわからなかった。反射的に目を閉じ、。体勢が崩れかけた。すると、


「あ、ごめんなさい!」


 その声が聞こえたときはもう遅かった。


「うわっ!」


 オレは体勢を完全に崩してしまい、その場に倒れてしまった。体全体に、海水が染み渡って来た。どうやらオレところに知らない人達が遊んでいたビーチボールが飛んできてびっくりして倒れてしまった体ごと海に浸してしまったようだ。何故こうなった……。体をすぐさま起こして、呼吸をした。


「うわっ、びしょ濡れだ」


「あはははは!ハッチー!私のこと疑うからだよー!」


 万条は笑ってみていた。


「アンタ、恥ずかしいわね」


「大丈夫か?」


 冨永と姉さんが笑いを堪えながら、やって来て、言った。


「まあ、この状況を見て大丈夫な訳ないよな?」


 オレはそういって、その場を立ち去り、荷物置き場へ戻った。服を乾かすことにした。


——どうやって乾かそうかな。自然乾燥しかないよな……。着替えないし。


 オレは元の定位置に戻り、日差しで水分を飛ばすことにした。バカみたいだ……。


「見てたよ、災難だったな。お茶でも飲むか?」


 荷物番をしていた立花が言った。オレは冷たいお茶をごくごくと飲んだ。


「まったく、どんださ災難だよ。ありがとうお茶」


「オレの服着るか?車の中にあるけど」


「いや、いいよ」


 立花はオレのことをじっと見て来た。


「何だよ?」


「いや、遠慮はしなくていいぞ。それにさっき焼きそばのお礼もあるしな」


 立花は笑って、オレに言ってきた。オレはしばらく、黙り込んでから、間を置いてから低い声で小さく言った。


「じゃあ、借りようかな、すまんな」


「いいよ」


 立花は笑っていた。すぐにその場を立ってから、車の方へ行った。オレは浜辺の方を見た。三人はまだ海で遊んでいて、はしゃいでいたのが目に入った。


「ん?あれって」


 それと同時に、オレはさっき見た知っている奴らも近くにいることに気が付いた。しばらくそのどちらも観察するように見ていると、三人は彼等に絡まれ始めていた。


「まじかよ」


  オレはしばらくその様子を見ていた。すると、あからさまに揉めて始めていた。


「お待たせ!」


 立花がそう言って、戻ってきた。立花は何も言わないオレを変だと思い、オレが見ていた方向を同じように見た。その瞬間に、立花は着替えをその場に落としてしまった。

 オレはその落ちた着替えを見てから、顔をあげて、立花を見て、言った。


「あいつらって……確かボーリングの時の奴等だよな」


知っている奴等——それは立花が水泳部で同じだった仲村先輩と倉本先輩だった。

 立花はそれに答えることもなく、固まっていた。体が動かずに、その場でただ呆然としていた。ただ小さな声で、


「いかなきゃ」

 と言っていた。しかし、立花は動けずにいた。オレはその様子を見てから、立ち上がった。そして、揉めていたところまで近寄った。すると、会話が聞こえてきた。


「一緒に遊ぼうぜ、あいつらよりも楽しいぜ、こっち来てよ」


「でも今日は他の人と来てるから」


「そうだ、無理だ」


「この二人誰?ユイちゃんや冨永ちゃんの知り合いなの?」


 万条と冨永は閉口して答えていた。姉さんだけが状況を理解していなかった。オレは、ずぶ濡れの格好で彼等の前に行った。


「ちょっと三人とも遅いぞ。って、この前の先輩たちじゃないですか」


 そうオレが言った瞬間に、立花が走ってこっちへやって来た。それに先輩たちは気が付いた。


「あ、立花もいるじゃん!なぁ?一緒に遊ぼうぜ」


 立花は、緊張しながらも、振り絞って言った


「先輩方、やめてください。今日は——」


 立花がそう言いかけたところで、先輩達はそれをわざと遮り、圧をかけるように言った。


「ノリわるいよ立花~、」


「元後輩だろ?なぁ?いいだろ?」


 立花は、閉口していた。オレは姉さんに言った。


「万条と冨永を連れて戻ってていいよ」


「え?ああ!わかった!」


 姉さんはそう言って、二人も状況を読んで、荷物置き場まで戻った。女子三人が戻ってしまうと、先輩達は態度を変えて、悪態つくように言った。


「ちっ、またお前らもいたのかよ」


「ったく、てか、お前びしょびしょじゃないかよ!変なやつ!」


先輩達はオレのびしょぬれの姿を見てバカにして来た。立花は握りこぶしを握って、今にも殴り出しそうな勢いだった。オレは、それを見て、それは避けたいと思った。そして、先輩達に言った。


「元後輩?笑わせるなよ」


「え?なんだよいきなり」


「先輩ってのは相手の都合も無視すんのかよ。とんだ御都合主義だな」


「なんだよ、お前!先輩に向かってそんな口の聞き方はするもんじゃないぞ」


「オレはお前らの後輩でもなければ、元後輩でもないからな」


「なんだよお前気持ち悪りい格好してる癖にイキってるんじゃないぞ」


  そう言って、先輩達はイライラしていた。今にも殴りかかって来そうだった。オレはその時になって、少し、ビクッとした。


「もうやめてください!」


 その時、立花は大きな声で言った。そして先輩達の顔を見た。


「オレはもう、先輩達とは縁を切ったんです。だから、もうオレは先輩達とは関係ありません。だから、先輩達もオレとは関係がありません。部員に手を出すのはやめてください」


 立花は怒り交じりで言った。立花がそのようなことを言うのは初めてだったのか、先輩達は少し驚いていた。それを見た立花は、続けて言った。


「この際だから、言いますけど、次に部員に手を出したら許さないですから。皆、大切な友達なんです。わかったら、どっか言ってください」

 立花は強く言った。

 先輩達はそれを聞いてから、少し苛立ってはいたが、何も言わないでオレ達の前からいなくなった。

 立花力が抜けたようにため息をついた。オレは立花に言った。


「お疲れ」


「ああ、八橋ありがとう。でも、やっと言いたいことを言えたよ」


「そうか」


「ああ、前回は言えなかったけど。今回は言えたよ」


「そうか。まぁそれにしても立花、お前、先輩達が海に来てたこと分かってただろ」


「え?な、何でわかったの?」


「やけに心配してただろ。お前、分かり易すぎだぞ。そんなんじゃ嘘をつけない大人になるぞ」


「大人が皆、嘘つく生き物だって言い方だな……」


  立花は笑っていた。オレ達はそれから荷物置き場に戻った。戻った時、万条と冨永は俺たち二人の顔を見て、解決したことを悟った。

 それから、みんなは再び、海で遊ぶことになり、オレは大人しく、立花の着替えを借りて、荷物番をしていた。大花もビーチまで行き、ビーチバレーに参加していた。


 すると、しばらくしてから万条がオレのとこへやって来て、飲み物を飲みに来た。汗だか海水なのかをわからないものを額から流しながら飲み物を飲んでいた。髪を後ろに纏めて縛り、万条の首元の輪郭はよく見えた。ただ飲み物を飲んでいる姿をオレはただ見ていた。万条はそれを飲み干すと、オレと目が合って、笑って、


「さっきはありがとうね」


 と、だけ言って、オレが答える間も無く、万条は元気よくビーチバレーへ戻って行った。そう言った万条の笑顔がオレの脳裏で消えずにいた。

 オレは太陽の陽射しを浴びながら、呟いた。


「あついな……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る