第20話 嫌われ者


 それからオレたちは度々集まっては勉強した。勉強会というものは名目だけで結局は勉強しないものだと思っていたが、思ったより勉強は捗った。立花もみんなに監視されながら勉強を続けていた。全員で成績を競い合い、勝ちたかったせいもあってかあっと言う間にテストまで一週間を切った。ある日の休み時間。オレは冨永に教科書を借りようと思ってB組まで来た。そして冨永の席を見つけてそこまで行った。


「冨永―、数学の教科書貸してくれないか?」


「あ、お前か。構わない。ちょっとまて」


 冨永は教科書を探し始めた。オレは何か視線を感じた。ふとクラスを見渡すと、何やらこちらを見てざわざわしていた。


 なんだ?何か顔に付いてるのか?それともオレがイケメン過ぎるのか?おそらく後者が有力だろう。

 

すると、冨永は教科書を見つけたらしく、オレに差し出した。


「ん。これか?」


「そうそうそれだ。今日持ってくるのを忘れたから助かった」


 誰かに教科書が借りられるなんて便利なんだ。知り合い万歳!気付くとオレはまた視線を感じた。なんださっきから。


「なあ、さっきからクラスの奴らオレたちの方見てきてないか?なんか顔についてる?」


「ああ、付いているぞ」


「まじで?何がついてる?」


「鼻と目と口などが付いているぞ」


 何て言うか………。


「お前、勉強し過ぎじゃないか?」


「そうかもな」


 冨永は少し顔を俯かせた。


「ん?どうした?」


 ふと、またクラスを見渡す。すると、今度は周りのクラスの人達の会話が聞こえてきた。


「冨永さん誰かと話してるよー、友達いたんだー」


「ねー、よくできたね、あんなに偉そうなのにね」


 なるほど。こちらを見てくるのはそういうことか。まぁ、確かに偉そうだよな。

冨永はオレが状況を理解したことを理解して言った。


「聞こえただろう。ワタシはクラスから嫌われているのだ。以前お前はワタシに友達がいるか聞いてきたな。これがその答えだ。ワタシは友達なぞいないのだ。事実、現状がこれだ」


 そう言った冨永は俯き気味であった。


「嫌なのか?」


「嫌に決まっている。しかしいつのまにかクラスがこうなっていた。だからもう慣れた。みんなが嫌ってくるならいっそのこと嫌われ者になりきれば楽になれる」


「そうか」


「しかしワタシは………まぁいい。用は教科書だけか?」


 ん?


「ああ。ありがとう助かった。授業終わったら返す」


「分かった」


 オレはB組の教室を出て自分の教室に戻った。数学の授業が始まる。数学の田村が教科書を開けるように指示をする。


「はい、教科書の34ページを開けー。今日は数列をやるぞーこれは嫌われ者の分野だがやればできるからなーちゃんと聞いてろよー」


 嫌われ者か……。

 オレは冨永の言っていたことを思い出した。

 まぁあいつはものをズバズバいう奴だからな。高圧的で口が悪いって言うのも確かだ。弁護しようがない。そう言う意味であいつは正直で上辺がない。それはいいと思う。何も悪いことではない。それで他人から受け入れられないこともあるだろう。

 しかし、オレは上辺も悪いとは思わない。何故なら上辺は仲の善し悪しというものを作らないで済む。はなから上辺を通していれば仲が良くなることも悪くなることもない。問題は発生しない。廊下ですれ違った時だけ、よっ、と軽く挨拶をしていれば安全を保てるのである。

 まぁ、いい。それにしてもあいつ、なんか言おうとしてたよな?



 授業が終わって、昼休みになった。オレは冨永に教科書を返しに行った。


「冨永、きょうかし……」


「お前、いま故意に足掛けてきただろう」


「あ?掛けてねぇよ」


 オレは驚いた。冨永がB組の男子と喧嘩していたのだ。


「いま、明らかだっただろ」


「知らねぇよ」


「次は気をつけろ」


「あ?だから知らねぇって」


 冨永は男子生徒の胸ぐらを掴み始め、


「気をつけろ」


 と、言った。


「ったく、うるせぇなぁ。嫌われてるくせに」


「何が悪い。集団の意見に左右されるなど実にくだらない。何も考えずに群れてくたばれ」


「……なっ、なんだよ!」


 言われた男子生徒は怖気づいて言い返せないでいた。すげえ言いようだな。もはやこっちも恐ろしくなる。オレはおそるおそる冨永に話しかけた。


「あの~。ちょっと、冨永さん?教科書返しに来たんだけど。今、忙しい?」


 すると冨永はオレが来たことにやっと気付いて、ひと段落ついたのか落ち着いて言った。


「ああ、お前か。いや、今終わったところだ」


「これ、ありがとうございました」


「ああ。ていうか昼休み、そのまま部室に行くか?」


「ああ、まぁ」


 すると周りの人が騒いでいた。


「冨永さんって乱暴だよねぇ」


「ね。こわい。近づきたくない」


 冨永にも聞こえていたであろう。しかし、冨永は見向きもせずに、


「では、部室に行こう」


「ああ」


 オレと冨永は部室に向かう。行く途中オレは尋ねた。


「お前、ああいうのいつもやってるのか?」


「ああいうの?」


「嘘だろ?自覚ないのかよ。さっきの。口論してただろ」


「ああ、偶にな。あからさまなのはやり返している。全部やり返していたらキリがないからな」


 こえぇ。こいつはやり返せる度胸があって良かったな。やり返せないやつもいるだろうに。


「そうか」


「いくらやりかえしても悪口は絶えんがな」


「気にすることないだろ」


「ああ、そうできると思っていた……」


 冨永は立ち止まり、小さく言った。


「え?どうした?」


「ワタシは……しかし、こんな話をお前にしても仕方がないな」


「その話がどんな話かオレは分からないけどな」


「そうだな」


 オレは聞いてみた。


「お前さ、さっき何て言おうとしたんだ?」


「さっき?」


「ああ、嫌われ者になりきってその後、しかしって言ってたろ」


「ああ、そんなことを言っていたか。何でだろうな。お前は話してみると話しやすい。」


「そうでもないだろ。で?」


「ワタシが何で道楽部に入ったか分かるか?」


「え?いきなりだな。そりゃあまぁ楽しいことってやつをしたかったんじゃないか?」


「まぁ、それもそうだが、本当の理由は……憧れていたのだ」


「憧れ?何に?」


「お前とユイの関係に、そして友達や仲間の存在にだ」


「え?待てよ、友達や仲間はまだ分かる、お前は友達がいなかったらしいからな。でもオレと万条の関係のどこに憧れるんだよ、正直、オレは万条のやることにウンザリすることの方が多いぞ、お互い考え方も違いすぎるし」


「それが羨ましいのだ。ワタシはそうやって寄ってくる友達がいることが羨ましかったのだ。その癖にワタシはいつからか嫌われ者になりきり割り切ればいいと思っていた。しかしワタシは逃げていた。そうやって嫌われたらワタシも嫌うと言ったように自分が相手をどう思っているかなんて挙句考えなくなった。無視するようになった。ワタシはお前が羨ましい。自分から動くこともせず何でもかんでもめんどくさそうにしているお前が、ユイのような優しい子から求められるなんて、何故、求めている人のもとには来ないのかって。でもワタシは結局のところそれはワタシが悪かったのだ。だからワタシは自分で動くことにした。居場所が……欲しかった。だからこの部活に入ったのだ」


 冨永はそう不安そうな顔をして打ち明けた。オレは冨永の話を聞いて、そして冨永を見て思った。だから会った時からオレへの当たりがきつかったのか?それに冨永という奴はこんなにも脆弱じゃないか。でもだからこそ強く振る舞い、弱い自分を隠していたのだ。誰かに甘えるということが出来ないのだろう。オレは少し間を置いてから落ち着いて言った。


「………そうか。でもお前はもう一人じゃないんじゃないか?」


「え?」


「待ってるやつがいるだろう、今頃、万条も立花も来るのを待っているだろう。大花は顔には出さないけれど多分あいつも」


「そう……かもだな」


「そうだよ、自分から動き出したんだ。報われなくちゃやってらんないだろ」


「まさか、お前からそんなことを言われるとはな。まぁでも、その、ありがとうな」


「当たり前なことを言っただけだ」



 オレたちは部室に着いた。思った通り万条と立花、大花はそこに座っていた。冨永は部室に入って、


「すまない、遅くなった」


「お!ヒイちゃん!遅かったね!」


「あ~冨永さん遅いよ~!ここ教えてくれない?」


「ああ、いいぞ」


 やっぱり冨永はクラスでは嫌われているが部活では欠かせない存在だ。数人、理解してくれる奴がいれば冨永にとっても救いになるだろうな。こいつは嫌われ者の状況に耐えかねてそれで部活に入ったのだ。自分で困難に立ち向って居場所を見つけようとした。冨永は強いな。それに比べてオレは……、


「どうしたのハッチー?座らないの?」


「あ、座る」


 そしてその日も終わり、テスト勉強もラストスパートをかける時期となった。オレたちは順調にこのまま終わると思っていた。


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