第7話 怠惰神の天罰

 咲村先生に言われるがまま部室に連れてこられた。咲村先生は部室のドアを開けてから言った。


「おーい。新入部員を連れてきたぞ。って誰もいないのか。大花(おおか)はどうした?」


 大花?ああ、おそらくこの前万条が言ってたオーちゃんって奴か。


「なんか最近は来てないみたいです……どうしたんだろう」


「そうか……まぁあいつはマイペースだからな」


 そんな中、オレは二度目のこの部室を見まわしてある疑問を見つけた。


 ――そうだ。ほんとうに今更なのだがこの部活って本来の活動は何やってるんだ?それすらも聞いてなかった。確かこの間、万条は元々、文芸部だったって言っていたな。じゃあ見たところ本棚があるし読書か?そもそも道楽部って何だよ。


「すいません。あの先生、今更なんですがこの部活って普段何してるんですか?読書とかですか?」


 咲村先生が驚いて言う。


「え?八橋知らなかったのか?よく入部したな」


 あんたが入れたんだろうがよ。


「逆に何も知らないオレをよく入れましたね。で、問いに答えてもらえますか?」


「うちの部活は道楽をする部活だ」


「はい?読書とかですか?」


「だから道楽だよ」


「ハッチー、楽しいことをするんだよ!」


「それ、楽しそうだな!」


  立花がそのままそう言った。

 何言ってんだ。この人たち。付いていけない。付いていく気ないけど。


「あの、退部届ってどこですか?」


「またまた、八橋!お前は冗談が好きだな」


 うるせぇこの人。教師という立場じゃなかったら東京湾に沈めていたところだ。


「ほんとうによくわからないんですけど。道楽部ってなんです?」


「まああれだ。表向きは文芸部のようなことをやっているけど本当の活動は楽しいことをする部活だ。分かったか?」


 何言ってるか分からない。ていうか分かりたくない。ていうかうるさい。


「まあ。つまり文芸部のような活動をしていると嘘ついて、ただのたまり場としてここを使っているということですね」


「そんな感じだな。でも文章を校内新聞に載せたり、文化祭の時は雑誌作ったりとまぁめんどくさいけど本来の活動はしている。文芸部が文芸だけをやるとは限らないのだよ。まさか文芸部みたいだからって文芸だけすると思ってたのか?」


普通はそうじゃないのかよ。この人前からおかしいと思ってたけど、本当におかしい。


「はぁ、そうですか。まあなんでもいいです。で、いつもは何やってるんですか?その新聞とか文化祭以外は」


「知らないぞ。そんなこと」


「は?」


「まあ、好きなようにしてくれ。部員と本来の活動しながらも楽しいことをみんなで楽しむ。これがうちの部活だってことだ」


「楽しいことですか?なるほど。サッパリ分かりませんね。じゃあ、今日はとりあえず帰っていいですか?あ、ていうかこの提案、超楽しそうじゃないですか?」


「……お前は何かにつけて皮肉を言う奴だな。しかし今日はもう帰っていいだろう。ではまた明日ちゃんと来いよ。八橋」


 そう落ち着いて言った咲村先生の表情の裏には殺気を感じた。この殺気。す、すごい圧力だ。1000ヘクトパスカルはあるだろう。仕方ない。


「分かりましたよ。行きますよ」


 と、ここでは言っておこう。誰が行くか。


「では、私はもう行く。万条と立花も早めに帰れよ」


「はーい」


 咲村先生は部室を去った。


「さ、オレも帰るわ。じゃあな」


「ちょっとまって!」


 万条が帰ろうとしたオレを引き留めた。


「ん?なに?まだ何かやるの?勘弁してよ」


「ワタシもー!」


「何が?」


「はぁ……だから!一緒に帰るの!」


「誰と?」


 万条は呆れた顔をしながら言った。


「ハッチーとに決まってるでしょ!」


「き、決まってたのか?」


 オレが驚いていると立花も焦ったように言った。


「オ、オレも帰るぜ!」


「え、もしかしてこれって……3人で一緒に帰るやつ?」


「違うの?」


「一緒に帰ろうぜ!」


 オレは一緒に帰る必要性がないと思い、「嫌だ」と言おうと口を開こうとした瞬間に万条はふとしたことを言った。


「あ!ていうかさ、部員なんだし携帯教えて!二人とも」


「あ、おう。いいぜ!」


 そう言って立花はすんなりと携帯を取り出して連絡先を教えた。オレはその光景を見て唖然とした。

 あ、あり得ない!ありえんティだ!よくもまぁ易々と連絡先を交換できるな。悪用される可能性が0とは言い切れないだろうに。万条と立花は交換を終えたらしく、


「じゃあ、ハッチーのも!」


「あ~何て言うか悪い。携帯って持ってないんだよな~」


「嘘!この前いじってたじゃん!」


「それはおそらく……オレに似た他の誰かじゃない?うん間違いない」


「そんなのありえるわけない!」


 万条はそう言い切った。


「何故そう言い切れる?理由を述べられるか?それにありえるじゃなくありうるだ。下二段活用だ。そんなんじゃ余計に番号なんて交換できんな」


「もぉ~揚げ足ばっかりとって!めんどくさいなぁ……あ!バナ君よろしく」


 万条は何か思いついたのか、立花に耳打ちをし始めた。


「ん?何て言ってるんだ?オレに聞こえないぞ」


「八橋。それはそうだよ。聞こえたらまずいじゃんか……」


 少し経った後、耳打ちし終えたらしく、万条と立花は制服のシャツの腕をめくって言った。


「分かったぜ!」


「おいおい。何をするんだよ」


 オレがそう言った後、立花はオレの背後に付いた。そして羽交い締めにして両腕の自由を奪った。


「な、何するんだよ。いきなり」


 一方で万条はオレの前に立って少しだけしゃがみ始めた。


「ちょ、何するんだよ……」


「バナ君!そのままお願いね」


 そう言って万条はオレの制服のズボンのポケットに手を入れ始めた。


「ちょっ!」


「動かないでよ!あ、あった!」


 万条はオレのポケットから携帯を取り出した。すると立花も両腕を離してくれた。


「携帯、持ってるんじゃん!」


「え?ほんとだ、おかしいな……さっきまではなかった気がしたんだけど。気のせいだったみたいだな。悪い」


「もう……ハッチーってどうしようもないよね……まぁいいや。じゃあ交換しとくよ!」


 万条は勝手にオレの携帯電話の電源を付けた。その瞬間、万条は悔しそうな顔をした。


「って。そっか……」


「……ようやく気付いたようだな。ふふ。こんな時を想定して、本当は想定してないが、オレが暗証番号を設定していないわけがないだろう!バカめ!」


「ワタシとしたことが……ヒント!ヒントちょうだい!」


「ヒントだと?そんなものオレはあげないぞ。なんでもあるコンビニにでも探して来い。店員さんにヒント売ってますか?って聞いて来るんだな」


「もぅ~めんどくさいなぁ。バナ君お願い」


 またか。だが、オレが言わなければ暗証番号が分かるはずもない。そして何をされてもオレは暗証番号を言わない自信がある。そう思い、オレは自分から両腕を差し出した。立花は再びオレを羽交い締めにした。


「自分から両腕を犠牲にするなんて……八橋お前すごいよ。ていうか教えればいのに」


「さぁ、羽交い締めしたはいいがそのあとはどうするんだ万条。オレは絶対に吐かないぞ」


 しかし、何故だか万条は余裕の表情であった。


「ふふふ。甘いよハッチー。この世で一番恐ろしいものはなんだと思う?」


「なんだよ。やけに余裕そうだな。それはまぁ核兵器とか?」


 万条は笑った。それも嘲笑的な笑いであった。


「若い!若いよ、ハッチー!」


「若いって……同級生だろ。じゃあ、お前の答えはなんなんだよ」


「この世で一番恐ろしいもの。それはね……こちょこちょだよ」


「は?」


「こちょこちょだよ!」


「こちょこちょだと?ふっ。笑わせるなよ。まだこちょこちょもされてないのに可笑しいぞ」


「バナ君。しっかり押さえてて」


「おう」


「いくよ。今なら間に合うよハッチー。できればワタシはしたくない……降参するなら今……だよ?」


「何を言うか、今更……」


「うるさい!ええい!」


 万条は子供がじゃれて来るように、勢いよくオレの体中をくすぐり始めた。万条のくすぐりはオレの想像を凌駕していた。しかし!


「くっ!っ!やるな……だがこれではオレに暗証番号を吐かせることは……」


「どうだハッチー!レベルをあげるよ!」


 何っ?これが最大レベルではなかったのか?これ以上のレベルは……。


「えええい!ほら!」


万条のくすぐりのテクニックはとどまることを知らなかった。



「あああああああああああああああ!!」



 そう叫んだあと一瞬だけオレは温かな日差しと共に広大な草原が見えた。

げ、限界だ……。限界というものはほんとうにあるのだな……恐ろしい。


「す、す……」


 オレは声を発するのにも難渋するほど意識が朦朧としていた。それを見て万条はくすぐりを緩めた。


「え?聞こえないよ?」


「す……すいませんでした!」


 オレがそう謝ると万条は手を離した。


「うむ。よろしい」


 オレは立っていることもままならないほどこちょこちょのダメージを受けていた。


「お、お前……何者?」


「ワタシは万条ユイだよ」


 オレはもう対抗する気力もなく自分から暗証番号を解除した。そして携帯を万条に渡した。

 一つ気付いたことがある。この世で確かにこちょこちょが恐ろしいことが分かった。しかしそんなこちょこちょよりも核兵器よりも恐ろしいものを見つけてしまった。前言を撤回する。この世で一番恐ろしいもの。それは万条ユイである。その最恐こと万条はオレの携帯と連絡先を交換し終えた。


「完了っ!」


「万条さん、オレにも後で送っておいて」


「了解!あ、携帯ありがと、ハッチ」


「あ、ああ」


「じゃあ、帰ろうか!」


 オレはまだこちょこちょのせいで足が震えていた。いや万条への恐れなのかもしれない。



 オレたちは下駄箱で靴を履き替え、学校から出た。歩きながら万条が言い出した。


「いや~それにしても二人が入ってくれてよかったよ~」


「楽しみだな、これから」


「……」


「これで部員だいぶ増えたし良かった」


 万条は夕暮れでオレンジになった空を見上げて言った。すると立花が、


「そうだ!明日、今後の予定決めようぜ!」


「おい、立花聞き捨てならないな。冗談にしてもきついぞ。休日だぞ?」


「いいじゃねぇか、せっかく入ったからんだし楽しもうぜ」


「それとは別だ。休日は休日。休日って休む日のことを言うんだぞ?知ってた?」


 万条はそれを無視して言いだす。


「じゃあ、ハッチー。お昼集合でいい?」


「ああ!いいよな?八橋!」


「お前ら元気だな。よくないに決まってるだろう」


「もう。仕方ないなぁ。じゃあ来週ちゃんと来てよ!絶対に!」


「はいはい。行くよ」


 と、ここでは言っておこう。

 そう言った矢先、別れ道に辿り着いた。オレの帰り道は右であるが……。


「オレこっちだから!また来週な!」立花はそう言って左の道を指して行って帰った。


「万条お前も左だろ。じゃあな」


「ちょ、ちょ!ワタシも右だよ!」


「も、って……そうか。お前はオレの家を知ってるのか。こわいな」


 オレは右の道を先に行った。万条もオレについて来るように右の道を行った。そして万条はオレの横に並んできた。しばらく沈黙の中オレと万条はただ歩いているだけであった。

 話すことねぇ。一緒に帰るとこういったことが起きるんだよな。めんどくせぇ。これなら初めから一緒に帰らなくても変わらないだろ。

万条も話すことがないことに気付いたのか、


「話すことないね……」


「そうだな」



「でも、これもこれでいいよね!」

 

 は?これもいいものと感じることができるのか?何を言って――


 万条は笑って言った。オレはその横顔を見た。夕日に照らされているからにしても目がとてもキラキラしていた。その瞳はオレには眩しく見えた。


 ―――そうか。


 いまオレは谷元の言っていた万条が眩しいと言っていた意味が分かった気がした。


「どうしたの?ハッチー?」


「え?いや。一つ聞いていいか?」


「え?うん。いいよ」


「万条ってどうしていつもそんな笑ってるんだ?」


「簡単だよ!笑っていたら楽しくなるじゃん!」


 笑いながら言った万条の顔にオレは少しの間、見惚れてしまった。オレが考えもしないようなことを簡単に言ってしまうのであった。本当に恐ろしい……。



 春。それは出会いと別れの季節と言われている。オレにとっては万条と立花に出会い、怠惰との別れといった季節になってしまいそうである。しかしオレは怠惰を手放すつもりはない。道楽部に入部させられて正直、面倒なことになり、閉口している。万条という奴は思った通り元気な奴で、いや思った以上に元気な奴でオレとは正反対であるように感じられた。厄介な部活に入れられたものだ。これからオレの怠惰はどうなってしまうのだろうか。

 この部活に入れられたことで部活といものが非日常から日常に変わってしまうのではないか?オレはマンネリズムにも陥っていないし非日常を求めた覚えはないのに。

 そう。非日常とうものは日常にすぐに変化してしまう可変性の高いものだ。だからそんなものを求めても仕方がない。オレは日々の変化をもう見つけられなくなるのであろうか。これは怠けることを怠けていた者への怠けの神からの天罰だろうか。どちらにせよ、罰であることには変わりないだろう。



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