第23話 予兆

 ある放課後。いつものように部室に集まっていた。

 

 テストが終わったあとから道楽部の活動はこれといったことはなく、毎日、部室に集まり、お決まりの活動会議が始まるものの、することはこれといって決まらずに暇を待て余すばかりであった。これが部活というのだからおそろしい。この無意味で不毛な活動会議というものが部活というのであれば、オレが家でダラダラすることも部活の一環として認めてほしいものだ。オレはこの状況に見かねて万条へ言った。


「で、万条。今日も不毛な会議でもするのか?」


「不毛じゃないってばぁ!」


 万条はすぐにそう答えるのであるが、他の部員も、もう会議は無意味だと分かったのか、立花はゲームをずっとしていて、冨永と大花は読書をしていた。すぐに答えた万条に至っては何もしないのが我慢ならないようで、何かしようと考えるが何も思いつかないのか「う~ん」や「あ~」など、うるさい声を10分に一回は言うのであった。

 万条がすぐにオレの発言に対して反対してきた。いつものことである。オレが何か言うと決まってそうである。その後にオレは溜息をつく。これもいつもことである。

 それにしても久しぶりに部活に出ずにダラダラしたいものだ……。



 またしばらくの間、各自の娯楽をしていた。すると万条がまた、


「あ~~~~!」


 今ので本日もう通算5回目である。スヌーズ機能の付いたアラームのように喧しい。喧しいアラームは早めに止めるのが得策である。オレは万条に言った。


「もう、やることがないなら集まらなくてよくないか?」


「それはダメだ」


 今まで本を読んでいた冨永はいきなり不満そうに言ってきた。


「え、なんでだよ。読書なんか家で出来るだろうしわざわざ集まる必要はないでしょ」


「違うな。家にいてもここにいてもやることは変わらん。それならばここにいる方がいいだろう。みなで一緒にいた方が何かすることが決まるかもしれないしな」


「でも、やることは未だに決まってないけどな」


「そ、そうだが……」


 冨永が少し閉口気味に答えたあと、スヌーズ機能のついた喧しいアラームのような万条は右腕を上げて元気に言った。


「じゃあ、もう一回会議しよっ!」


「はぁ……だからお前なぁ。さっきからやってるけど何にも決まってないじゃないか。それに――」


 オレが万条にそう言っていた時、トントンっという音がドアの向こうから聞こえた。万条が不毛な提案をした後、あたかも万条の何かしたいという気持ちに応えるように、ドアをノックする音がしたようだった。


「ん?誰かな?!新入部員!?」


「さぁな。どうせあのパワハラ顧問だろ」


 ドアは開いた。そのドアの向こうの人物はオレたちの予想とは大きく違い、初めて見る人物であった。 



「失礼するわね!」


 その人物は制服を着ていた。容姿は絵にかいたようないいところのお嬢様と言ったようで、金髪で結ばれていない長い髪、見るからに咲村先生とは程遠い女子生徒であった。そう程遠かった。ここは大事である。もう一度言おう。程遠かった。


 ……それにしても誰だ?新入希望生徒か?帰れ帰れ。


「あの、新入部希望の方ですか?悪いんですけど、今は部員募集してないんで帰ってもらえます?」


 オレがやる気のなさそうに言うと、万条は慌て始めた。万条が慌て始めたかと思うと、立花、冨永も続いてあたふたし始めた。大花だけは相変わらず、気にする様子もなく読書を続けていた。すると、その女子生徒は、顔を赤くし、オレに向かって勢い付いて言った。


「なんなのあなたは!新入希望なんかじゃないわ!」


 やけに威勢のいい新入部員希望者だな。アレか?部活に入りたいけど素直に言えなくてツンツンしてしまう所謂、ツンデレという奴か?


「じゃあ、なんですか?」


 オレが問うと、その威勢のいい女子生徒ではなく、万条が驚いてオレに言ってきた。


「ハッチー!知らないの?」


「何が?」


「この人のこと」


「は?どういうこと?」


 万条はオレの無知さに、もう慣れたのか驚きもせず、ただ呆れて答えた。


「はぁ……この人はうちの学校の生徒会長だよ!」


「え?」


「そうよ!ワタシは生徒会長の山城(やましろ)ツバキよ。あなたもしかしてワタシを知らないの?」


 そ、そうだったのか。知らねぇよ。てっきりツンデレ新入部員かと思った。ふー。じゃあ、部員が増えることもなさそうだ。

 そう思っていると、冨永が耳打ちをしてきた。


「お、おいお前。うちの学校じゃ生徒会長は権力者だ。知らないのか?無駄に歯向かって怒らせると面倒なことになるぞ」


 そ、そうなのか……。ではここはご機嫌を損なわせないのが得策だな。


「あー、知ってますよ!もちろん!で、かの有名な生徒会長様がどうしたんですか?」


「そう。まぁワタシを知らない人はいないでしょうね」


 オレが迎合するかのように言うと生徒会長は機嫌を取り戻してそう言った。

なんだよ。ちょろいな生徒会長様。


「それはそうとこの部活について知りたくて様子を見に来たのよ」


「様子?なんですかそれ。生徒会長?」


 万条がそう聞いた後、生徒会長は部室を見渡し、納得したような顔をして言った。


「でも、大体わかったわ。この部活のことが。あ、あとあなた。立花ヒロアキ。あなたはおとなしくしておいた方がいいわよ。今にわかるわ」


 立花を指さし、意味深な一言を放った。


「え?どういうことですか?生徒会長?」


「まぁ、そのうち分かるわ。それにしてもここの部室はごちゃごちゃしてるわね。もう少し整理をしておきなさい!では、そろそろワタシは失礼するわ」


 生徒会長は部室を後にした。


「なんなのだ。あの女は。態度がデカい」


「冨永、お前がそれを言うのか……」


「でもなんだったんだろうね。会長。部活入部希望でもないのに、様子を見に来たって。それにすぐに出てっちゃったし」


「まぁ、全部の部活を見て回ってるんじゃないのか?なんたってこの学校じゃ権力者の生徒会長様なんだろ?」


「その線が強いな。まぁユイ。活動会議でもしようではないか」


「う、うん……。でも本当に何だったんだろう……」


「万条さん!考えすぎは良くないぜ!」


「お前は考えなさすぎだけどな。英語のショートテスト28点の立花」


「おま、八橋!それ言うな!」


「まぁでも万条。今回は28点の言う通り、考えすぎかもしれないな」


「そうなのかなー。なんか嫌な予感がしたんだよねー」


「そうか?」


「それにしてもあの女……態度デカすぎだ」


「冨永お前まだそれ言ってるのかよ」


「あんな態度がデカいやつは見たことがない。くたばればいいのに」


 ……それ、自分に言ってるように聞こえるぞ。とは言えない……。


「ワタシの考えすぎだったかなー。じゃあ仕切り直して、これからの活動内容をきめようではありませんか!」


 万条はオレを指差して決めたように言った。


「はぁ。また会議か。どうせ決まらないんだから帰ろうぜ。あ、ていうか活動内容は帰宅ってのはどうだ?」


「黙れ!この廃人めが!」


「ぐっ、いきなりの罵声。さすが冨永。しかし安心しろ。廃人ではない。オレにだって目標、というか将来の夢みたいなものがある」


「ほう。聞いてやろう。廃人」


「お前ら。聞いて驚くなよ。オレの夢、それはな……」


 部員みんなが、オレの話を聞いていた。オレの夢が何であるのか気になるのでろう。大花でさえも本を読むのをやめて顔を上げていた。


「それは……」


「それは?」



「不労所得を貰って、生活することだ!」



「……黙れ!この廃人め!」


「え?なんで?冨永聞いてたか?」


「ハッチー。なんていうか……さすがだよ……」


「どうしたんだよみんなして。すごい夢があるだろ?なぁ立花?」


「あ~暇だな~」


「し、しかと!?」


「お前らにはこの夢の凄さがまだ分からない年齢なんだ。仕方ないな。まぁ大花は分かってくれるんじゃないか?なぁ?大花?」


「……」


 大花を見ると、さっきまで話を聞いていたのに、再び本を読み始めていた。オレの問いかけにも返答することなしに。


「くそぅ……お前ら……」


「ハッチーは論外として、みんなは夢とかあるの~?」


「オレはあるぜ!!」


 勢いよく言ったのは立花であった。


「オレはたくさんあるぜ!アーティスト、パイロット、俳優、作家もいいな。あ~選べねぇよ!」


「立花なんていうかドンマイ。ていうかオレはお前は水泳選手とか言うと思ったけどな。それか水球のボールになりたいとか」


「八橋。最後のはひどくないか?まぁあれだよ水泳は好きだけど、他のこともやりたいんだ!」


 立花は楽しそうに話していた。以前までの水泳に対する不安は今では払拭されたように思えた。


「そうか」


「ワタシ、オーちゃんの夢気になるなぁ。ねぇ何かないの?」


 大花は本を閉じて、万条の方を見て静かに真顔で答えた。


「ワタシは最高裁判所の長官になりたいわ」


「お、おい。それまじなのか?ふざけてるのか真面目に言ってるのか分からないラインの発言するなよ……」


「嘘よ。ワタシは本が読めればそれでいいわ」


「なるほどな」


「大花らしいな。ときに、ユイは何かあるのか?」


「え?ワタシ?ワタシはねぇ……みんなと一緒にいられればいいかな!えへへ」


「なるほど。万条らしいつまらない回答だな」


「八橋お前廃人だな。あ、間違えた。サイテーだな」


「いちいちわざとらしいな冨永は」


「そんなサイテーじゃ友達ができな……あ、なんでもない。今のはナシだ」


「いやいや。もう友達いないから最後まで言っても大丈夫だぞ。そういう冨永は何か夢あるのか?」


「ある!」


「へぇ。なに?大地主とか?」


「黙れ!廃人めが!」


「え?ヒイちゃんの夢、気になるよ~」


 万条が冨永の顔をじっと見て言った。冨永は緊張しているのか、恥ずかしがっているのか、小声で、少し声が震えながら、顔を赤くして言った。


「そ、そうか?ワタシの夢はな……け……けっ……したい……」


「え?」


「け……こ……結婚したい……」


 冨永は俯きがちになりながら、恥ずかしがっていた。


 ……フッ。まじか。意外だな。


「え?なんて?もう一回言ってくれないか?」


「お前、聞こえただろ!!」


「ああ。聞こえたよ」


「や、八橋お前許さん……」


「冨永さんならきっとできるぜ!」


「ヒイちゃんとってもいいと思う!」


「冨永が結婚ね……まぁ無……」


 冨永は右ストレートパンチを顔面の前で寸止めした。


「で……できるといいですね……」


「よし。いいだろう」


 相変わらずこわいな……。いつか殺されるんじゃないか。


「夢かぁ」


万条は急に物思いに耽ったように言った。


「どうしたのだ?ユイ」


「いやぁ~。なんていうかこうして部員全員が部室にいるのも、夢みたいだなぁって。毎日こう部室に集まって、たわいもない会話をして、暇だ~なんていいながらもみんなといてさ」


「そうだなユイ。ワタシはこの部活に入って良かったと思っているぞ」


「ほんと!?ありがと!ヒイちゃん!」


「オレだってそう思ってるぜ!」


「ありがとバナ君も!これからもお付き合いのほどよろしくお願いします」


「こちらこそだ!」


「おいおい。なんか友情関係を深めてるところ水を差すようだが、会議はどうしたんだよ」


「水を差すな!この廃人!」


「冨永お前、今日はずっとそれで呼ぶつもりなんだな……」


「ていうかさ、ハッチーが話逸らしたんじゃぁん!!」


「え、そうだっけ?」


「そうだよ……」


「で、その会議(笑)とやらは何を決めるんだ?」


「ハッチーその言い方バカにしてるよね!そんなこといってると、咲村先生にこの前、ハッチーが部活に来ませんでしたっていっちゃうよ!」


「は?最近オレ部活来てるじゃないかよ。嘘は良くないぞ。それによく言うだろ?嘘つきは泥棒の始まりってな。まぁしかし将来の夢が泥棒なら別だがな。応援するよ。そろそろピックングぐらいは覚えた方がいいんじゃないか?」


「いっちゃうよ!!」


 むっ!あのパワハラ村にそんなこと言われたらオレはおそらく少なくとも右腕は落としているだろう……。癪だが……


「万条様、それだけはどうかご勘弁を」


「うむ。よろしい」


「ユイ。その嘘は良くないと言っている泥棒は放っておいてそろそろ活動内容を決めようではないか」


「そうだね!」


「おい冨永。オレが泥棒になっているんだが……」


「もうピッキングは覚えたのか?」


 む……。


「まぁまぁ冨永さん。落ち着いてって」


 すると、


「あっ!!!!!そうだ!!」


 万条は大きな声で突然叫び始めた。


「なんだよ。また面倒なことでも思いついたのか?」


「違うよ!ハッチー!ワタシ大変ことに気が付いたの!」


「へえーすげー」


「ちゃんと聞いてよ!みんなは見落としてることがあるよ」


「ユイ。どうしたのだ?」


 万条は元気に、笑いながら答えた。


「夏休みだよ!!」


「え?」


 一同は一瞬戸惑った。まだ夏休みでもないのに、急に夏休みと言われても訳が分からなかったが、万条は続けて話した。


「まぁさ!ワタシ思ったんだけどもうすぐ夏休みだし、いろんなところ行きたいよね?だから今のうちにどこに行って何したいか決めない?」


「なるほどな!万条さん!ナイスアイデア!」


「ユイいいな!」


「ワタシ、合宿行きたいんだよね!」


「オレは海に行きてぇなぁ!プールもいいな!」


「ワタシは花火というものに興味がなくもないぞ……」


 それまで本を読んでいた大花までも、その来たる夏休みの予定について楽しそうに語る部員に触発されたのか、


「ワタシは、お祭りに行きたいわ」


「いいね!オーちゃん!」


「そうだな……浴衣というものに興味がなくもないぞ……」


「オレもお祭り行きてぇよ!」


「ハッチーはどっかないの?」


「オレは……」


 オレはすぐには答えなかった。


「……ない。オレは休みたいんだ。夏休みは家でゆっくり――」


 オレが話していると万条は少し怒りっぽく遮って言った。


「ダメ!!ハッチーも一緒じゃなきゃダメなの!」


 オレはそう言われて何故だか少し動揺したと同時に安堵してしまった。


「さいですか」


 その日、部員たちは来る夏休みに向けての計画を話し合った。夏休みにどこにいきたいか、合宿はどこでやるか、花火大会はいつにあるとか。そんな浮かれた話ばかりをしてた。きっと各自、帰り道はワクワクを抱きながら家に帰宅したことだろう。

 当のオレでさえ、その浮かれた話を聞きながらすぐに夏休みなってしまうものだと思っていた。それから数日が経ち、月も7月に入り、夏休みがすぐそこまで来ていた。道楽部の部員は毎日のように夏休みの予定について語り合い、夏休みを待望していた。


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