第36話 羨望
数日が経ち、ついにテストは明日まできていた。万条は、順調に勉強を進めていた。
その日の昼休み。万条は、飲み物を買いに、自販機まで行った。自販機の前まで行くと、万条は、飲みたいものを決めようとした。自販機にとりあえず、お金を入れた。万条はイチゴミルクかコーヒー牛乳かミルクティーのどれを押そうか迷っていた。
「う~ん。どれにしようかなぁー」
「迷える子羊ちゃん」
「え?」
振り向くと、後ろには小池さんがいた。小池さんは、腕を組みながら、万条の後ろに立っていた。
「小池さん!お久しぶりです!」
「うむ。久しいのう。ところでユイちゃん。勉強どう?明日だっけ?」
「はい、友達が勉強を見てくれてるのもあって、なんとか赤点回避できそうですっ!」
万条は、元気よく、敬礼するように答えた。小池さんは万条のその姿を見て、目を輝かせた。
「カッ、カワイイ!一回、ハスハスしてもいい?」
「ハスハス……?」
「そう。もしくはモグモグでもいい」
「モグモグ?」
「うん。もしくは――」
小池さんが、いけないことを言おうとした時、ちょうど万条はそれを遮って尋ねた。
「あっ!小池さん勉強の方はどうですか?」
「え?ア、アタシー?アタシのことはどうでもいいじゃん~」
小池さんは、あたかも勉強していない人の反応をした。そのあとに小池さんはさらに言った。
「まぁ、ホーリーが教えてくれるから助かってるけどさー」
万条はそれを聞いて、大花のことを思い浮かべた。堀口さんが小池さんに勉強を教えるように、大花が万条に勉強を教えている状況が似ていた。
「実は、ワタシも、最近、すっごい頭いい友達に教えてもらってるんです!その人すごく、教え方が上手くて、分からないことがすぐに解決してしまうんです!」
「ほぅー!素晴らしいねぇ!そのコのオツムが欲しいよ……とほほ……」
「そうなんです!そのコ、いままではミステリアスなコだと思っていたんですけど、本当は優しくて……!」
「ユイちゃん、なんか楽しそうだね!」
小池さんは万条の表情を見て言った。万条はその言葉にハッとした。確かに、万条は楽しかった。今はなしていることもそうであるが、実際に、図書館でミキの監視の下でときどき大花と話すあの時間が、何かとても楽しかったのだった。万条はそのとき、はっきりと気が付いた。
――ワタシはもっと、大花さんと仲良くなりたい……。
「え?なっちゃえばいいじゃん?」
「へ?」
万条が頭の中で思っていたことが、知らず知らずのうちに口に出ていたみたいだった。小池さんは、言った。
「仲良くなっちゃえばいいんだよ、簡単さ。自分が良いと思える人と一緒にいた方がいい。それが叶いそうにもないなら、自分から積極的にいけばいいんだよ!アタシが万条ちゃんに、そうしてるようにね!きゃーアタシカッコいいー!」
「自分から……」
「そうそう。自分から。例えば、あだ名なんてのはもってこいだねぇ。少し恥ずかしいけどねぇー。『ホーリー』もそうだしね」
「あだ名かぁ……」
「ていうか、ユイちゃん。それ」
小池さんは、さっきから一向にボタンを押されていない自販機を指差した。万条は飲み物を買いに来ていたことを忘れていた。
「あ!忘れてた!」
「おとぼけユイちゃん。か、かわええ……」
小池さんに指摘されたものの、まだ飲みたいものが分からずにいた。しかし、
「よしっ!!」
万条は、以前のように、イチゴミルク、コーヒー牛乳、ミルクティーのボタンを一斉に押した。
「〈神の選択〉!」
小池さんはそうバカみたいに叫んで、神が何を選んだのかを、観察した。万条は、体を屈ませて、自販機の取り出し口から、神に選ばれし飲み物を取った。
「またかぁ!」
万条が手に取ったのは、コーヒー牛乳だった。
「いざ、出てくると、なんか飲みたくなくなりますよね……」
「ユイちゃん……それじゃあなぜコーヒー牛乳を押したんだ……」
すると、5限の授業のための予鈴のチャイムが鳴った。2人は以前もあったこの状況に、お互いに顔を合わせて、笑った。
万条は、小池さんと別れたあと、コーヒー牛乳にストローをさして、それを口にくわえながら走って教室へ向かった。神に選ばれしコーヒー牛乳は、意外と美味しく感じた。
放課後になった。
全ての授業が終わり、しばらく長い間、クラスの友達とおしゃべりをし、友達と別れたあとに、最近の日課通りに、万条は自分の荷物を整え、図書館へ行く準備をした。
「ミキ、図書館いこ」
「りょうかーい」
そう言って、万条たちは教室を出ようとした。すると、万条は誰かに声をかけられた。
「ちょっと、万条さん……」
話しかけて来たのは大花だった。万条は、大花が自分から話しかけてきたことにびっくりしながらも、なぜ話しかけられたか分かっていなかった。
「え?どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃないわ。覚えていないの?」
「ん……っと……アレね!」
「そうよ。アレよ。早く準備しましょう」
万条は咄嗟に知ったかぶりをしたが、何をするのか分かっていなかった。ミキは、怪訝な顔をして、万条と大花を見たが、状況がよく分からず、その場に残っても仕方がないので、先に図書館に行っていることにした。
「ユイー。先に行ってるね」
「あ、うん!ごめんミキ」
――いったい、なんだろう……ワタシ何か悪いことしたっけ……?もしかしてワタシが分からないこと聞きまくってたことに、ほんとうは嫌気が差してたとか!?それなら悪いことしちゃったなぁ……。
「さぁ、そこの教壇に上がって」
「え!?」
万条は戸惑いながらも、教壇に上がって、きょうつけ、をして突っ立った。すると、大花は、教室の後ろにある掃除用具ロッカーまで行き、箒とちりとりを取り出した。箒を一本取り出したかと思うと、大花はもう一本の箒を取り出した。
「に、二刀流っ!?」
たちまちに万条は、自分が箒でお仕置きされる、と思い、怖くなった。大花は無表情のまま万条まで近づいて行った。万条は大花が教壇に来る前に言った。
「ご、ごめんなさい!!」
「え?」
大花は、よくわからない顔をして万条の顔を見た。
「へ?」
「いつまでそこで突っ立っているのよ。早く始めるわよ。はい、この箒、あなたの分よ」
大花は二つある箒を片方、万条に渡した。
「ん?」
万条はとぼけたような顔をして、口を閉じたまま、下唇をあげて声を発した。
「だから、あなた今日、掃除当番よ。ワタシと。さっきからよくわからないのだけど、何を想像していたの?言わなくていいわ。バカげていそうだから」
「そ、掃除当番……?そっか~、今日掃除当番だったかぁ!えへへ!忘れてたよ!て、ていうかバカって聞こえたような?」
「いっていないわ」
「そ、そっか!」
万条は、その日掃除当番であった。掃除当番の相手は大花だった。万条は状況を理解した。箒をしっかりと掴んで、腕まくりをした。
「よし!じゃ、掃除しよ!よろしく!オーちゃん!」
万条は、唐突に大花をあだ名で呼んでみた。小池さんに言われたことを早速試したのだった。しかし大花はあきらかに戸惑ってしまっていた。
「え?だ、だれのこと?あなた誰と話しているの?」
自分から積極的に、という小池さんから言われたことをまたもや反芻していた。
「オーちゃんだよ!」
「え?オーちゃんって誰かしら?」
「オーちゃんはオーちゃん!」
万条は大花の方を見て力強く言った。対して、大花は怪訝な顔をして返答した。
「よくわからないのだけれど、あだ名ということ?」
「うん!」
「なんであだ名なんかワタシにつけるのか分からないわ。あなた、前から変なコだと思っていたけど、本当に変なコなのね」
「うげっ、へこむよ………」
「……」
大花は黙った。大花は下を向きながら箒でゴミを掃いていた。万条は何気なく言った。
「この前から、勉強を教えてくれたりしてありがとうね……すごくわかりやすかった!ワタシ、勉強が少しだけ楽しいと思った!」
「そうかしら。気のせいよ」
大花は、依然としてゴミを掃きながら言った。
「ほんとだよ!ワタシ嬉しかった!」
万条がそう言うと、大花は一瞬、動きを止めて、再び動かしながら言った。
「……嬉しい?」
大花は、どこか投げやりにそう言った。
「うん!そう!嬉しかったの!」
「……嘘よ。嬉しいなんて。大袈裟だわ」
「嘘じゃないよ。ほんとうにそう思ったの」
万条が再び答えると、大花は完全に動きを止めて万条の方を見た。そしていつもの無表情な顔で言った。
「そんなわけないわ。ワタシをいて嬉しいだの楽しいだのと言った人は誰もいなかったもの。今までで一度も。ワタシはそういうことには疎い存在なのよ。いままでもこれからもそうなの」
万条は、その姿を見て、大花の言うことが意外だと思った。
――才色兼備。
そのイメージが少しずつ、疑わしいものになった。クラスでいつも一人でいる、孤高な大花はが、そんなことを考えていたことに、万条はびっくりしたのだった。
――オーちゃんもきっと何かに悩んでいるんだ……。
万条は、前から気になっていたことを言ってみた。
「……オーちゃんって他の人とは何か違うものを感じることがあるよ。あ、これはいい意味でね――」
「もうやめましょう。こんなくだらない話は」
大花は万条の言う先を言わせなかった。無理矢理にこの話を終了させようとし、再び、箒でゴミを掃き始めた。大花は完全に、もう万条は何も言ってこないと思っていた。しかし、万条は、大花の予想を超えていた。万条は大花が冷たいことを言ったあとすぐに、勢いよく言った。
「嫌だ!!」
大花はびっくりした。
「え?なにそれ」
「だから、そんなことないの!オーちゃんはミステリアスだけど、こないだ、図書館で会った時分かったの。ワタシはオーちゃんともっと仲良くなりたいって!!」
大花は、少し黙った後に、万条の顔を見て言った。
「言ってる意味が分からないわ。ワタシと仲良くなりたいだなんて。気のせいよ」
「ちがう!」
「…………」
大花は表情を変えずに、まるで本当に否定しているように、そう言い切ったが、万条はまたその大花の言葉を否定するように言った。万条は、そう言ったあと、笑っていた。笑顔で大花の顔を見ていた。万条の瞳は大きかった。大花は万条が、それを本心から言っているように感じた。大花はその笑顔から目を逸らして、教室の廊下を箒で掃きながら言った。
「あなた、普段からいつも笑っているけれど、疲れないの?」
「え?疲れるって?」
「あなたは……いえ。何でもないわ。はやく掃除しましょう」
大花は、自分でも何故そんなことを聞いてしまったかわからなかったので、自分の発言を撤回しようとした。すると、万条は、ちりとりを大花から取って、身をかがませ、大花がゴミを集めたところにちりとりを添えてから、言った。
「ここ掃いて」
「え?ええ」
大花は言われたとおりに箒で掃き始めた。そして、万条は箒に掃かれる小さなゴミを見ながら言った。
「ワタシ、実はオーちゃんを初めてみたとき、似てるなって思ったの」
「……どういうことかしら?」
「さっき、ワタシがいつも笑っているって言ったよね?それってきっと、オーちゃんも同じなんじゃないかな?」
「よくわからないわ」
「ワタシ確かにいつも笑ってるかもしれない。でもオーちゃんもいつも無表情だよね?それって疲れないのかなぁって思うんだ」
大花は、目を見開いた。万条からそんなことを言われると思っていなかった。
「質問を変えるわ。あなた……なぜいつもそんな笑っていられるの?」
「だって、その方が楽しそうじゃん!」
万条は笑って答えた。大花は、溜息をついて、言った。
「あなたとワタシは全く似ていないわ」
「……」
大花はちりとりにたまったゴミをゴミ箱に捨てて、掃除用具を掃除用具ロッカーにしまって、教室の扉の横で万条の顔を見ないで言った。
「ワタシ、先に職員室で日直日誌を届けてくるわ。あなたは先に帰ってていいわよ」
「え?ちょっと……」
大花は教室を出た。
万条は、誰もいない教室の中で、箒を持ったまま立ち尽くした。教室の中の電気がやけに眩しく思えた。
万条はゆっくりと、自分のカバンに勉強道具を入れて、図書館へ向かった。
図書館へ行くと、いつもの机にミキが座っていた。横の机をみると、そこに大花の姿はなかった。じっとその机のあたりを見つめていた。
「ちょっと……。ユイ何やってるの?はやく座れば?」
と、小声で言うミキの声で、万条は自分を取り戻して、ミキの向かいの席に座った。机の上にカバンを置いて、それを開けることもなく、万条はカバンの上に頭を乗せて、枕にした。ミキはその様子を見て、不思議に思った。
「どうしたのユイ?」
「いや~なんかさ~。ワタシこのままでいいのかぁってさ」
ミキは理解できないというような表情をした。
「ん?どうしたのさ急に。なにかあったの?」
「……」
万条は何も答えなかった。ただ、カバンを枕にしていた。ミキは動かしていた勉強していた手を止めて、万条の横になった顔を見た。その目線は、大花の机の方を向いていた。
「そういえば、今日、大花さんいないんだね」
「そうみたい……ね」
「なにかあったの?大花さんと」
「なにもない……と思う……」
万条は上の空だった。ミキはそれを見て、こう言った。
「なんていうかさ、大花さんってユイと話してる時と、ほかの人と話してる時とで違うよね」
「え?」
「なんかそんな感じする。気のせいかもしれないけど」
「……」
「まぁさ、さっきユイは『このままでいいのかぁ』なんて言ってたけどさ。ユイはそのままでいいと思うよ。ワタシ、今のユイのこと好きだもん!」
「ミキ……」
「まぁ、でも勉強は『このまま』だとダメだけどねぇ」
と、ミキは笑って言った。万条もそれを聞いてつられて笑ってしまった。
「よしっ!!」
万条は体を起こして、カバンから教材を取り出した。ミキは黙ってそれを見て、再び自分の勉強を始め、ペンを動かし始めた。
万条は、その日、最後のラストスパートをかけて勉強した。ミキも一緒に勉強してくれたこともあって、ひとまず赤点は回避できそうだった。万条は一通りの試験勉強が済んで安心したのか、さっきまでの悩みは忘れてしまっていた。
「おわったぁー!」
「いや、まだ試験は終わってないでしょユイ。最後まで気を抜いたらダメだよー」
「大丈夫だよー」
「はぁ……。ユイはやればできる子なんだから、はじめからやればいいものを」
「そうなんだよーワタシ、やればできる子だからやらないんだよー」
「あとで痛い目見ることを知ってるでしょ?これからは、ちゃんと少しでもいいからやりなね?」
「はーいミキ先生」
「よろしい。じゃあワタシもキリがいいし、明日は試験本番だから、そろそろ帰ろっか」
「うん!」
図書館を出て、2人は下駄箱で靴を履き替えた。もう陽も沈みかけていて、外は薄暗かった。2人は家路へ向かった。2人は帰り道の途中で、世界史の問題を出し合って、明日の試験に備えていた。そして、試験が終わったら、今度こそはパフェに行こうという約束をしてミキと別れた。
万条は家の前につくと、すっかり陽は完全に沈んでいた。暗い夜の中で万条はある異変に気が付いた。というのも、家の部屋の灯りが付いていたからだった。万条は驚きながらも、家のドアを開けた。玄関で足元を見てみると、見慣れない靴が置いてあった。
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