第28話 青天の辟易

 翌日。

 またも万条たちは生徒会長のところへ行っていた。

 しかし、結果はオレの予想通り、完敗。もはや生徒会長の決定は覆ることはないだろう。この学校の権力者というのも合点がいくものだ。それなのに何故、可能性がないものにそこまで頑張れるのだろうか。

 その日の放課後、失敗した後で部室に集まり、作戦を立て直そうと万条達は考えあぐねていた。


「次はどうしようか。ユイ。あの生徒会長め。日に日に態度が悪くなっているな」


「そうね。むしろ以前より怒らせてしまっている気もするわ」


「しかし抗議に行かなくては何も変わらない。くそっ!あの女が!」


 すると、万条が言葉を漏らした。


「ワタシ達はまだ諦めないよ!まだ可能性はある!」


「ああ!そうだなユイ!」


「ええ、そうね。まだ時間はあるし、頑張りましょう」


 部員たちは、前向きなことを言って、まだ諦めていなかった。


「みんな、どうすれば、抗議がうまくいくと思う?」


「そうだな……。この部活が学校に必要だと言うことを、知らしめればいいのではないか?」


「なるほどヒイちゃん……でも、うちの部活に何かあるのかな……」


「ユ、ユイ……それは否めないな……」


「そうね。もうここまできてダメなら、あとは署名しかないと思うわ。生徒会長に歯向かうわけだから集まるかは分からないけれど」


 オレはその大花の言葉を聞いて皆を見た。その姿は疲れ果てているように見えた。オレはもうみんなの頑張りが無意味なものに見えて仕方がなかった。オレは次第に苛立ちを憶えていた。

 すると、そのオレの周りを見渡す表情を見て、万条がオレに言った。


「ほら!なに怖い顔して、黙ってるのハッチー」


 富永もそれに気が付いて、オレに言った。


「どうしたんだ八橋?最近、元気がないな。何か体調でも悪いのか?それとも頭のデキが悪いのか?」


 オレは、富永のオレに対する茶化しを無視して、淡々と答えた。


「いや……違う」


「じゃあなんだというのだ。最近、お前、お前らしくないぞ」


 富永の言ったことにオレはしばらく間を置いてから、静かに低い声で言った。


「オレらしいって、何だよそれ」


「お前、本当にどうしたんだ?最近、ずっとそんな感じだよな?何かあったのか?」


「いや、別にない」


「じゃあ、なんでそんな感じなんだよ?」


「そんな感じって何だよ。オレはいつも通りだ」


「ハッチー。本当にどうしたの?何かあったの?」


「だから、本当にないって」


 万条と富永は顔を見合わせた。その後に、大花も、読んでいた本を閉じて、オレを見てきた。


「ハッチー、ワタシ達にできることがあれば、言ってね。力になるよ」



「力になる?」



「うん」


「何だよそれ、意味が分からないな」


「おい!お前、こっちは心配してるのに、そんな言い方しなくてもいいんじゃないのか?」


「心配してくれ、なんて頼んだ覚えはない」


「なんだとっ!」


「ハッチー、ワタシ達、もう同じ部員なんだから、ハッチーがそんな顔してたら、ワタシ達は心配するよ。ハッチー、だから何でも話してみて」


 オレは、万条の顔を見た。万条の表情は、心配そうにしていた。オレは不思議でしょうがなかった。なぜ、人のことをこんなに心配し、助けようとするのか。

 オレは、深く息を吸って、ついに思っていたことを言ってしまった。



「じゃあ、言ってやる。オレは次の抗議には行かない」



「え?」


 部員達は声を揃えて驚き、咄嗟に寂しい顔をした富永は言った。


「な……どうしてだ?」


「廃部の案が出てから思っていたことだが、別にオレは部活がなくなっても、また前のような生活に戻れる。メリットがある。だからそもそも行く必要がない」


「何言ってるんだよ?これからって時だろ?ワタシはお前に協力してほしい」


「オレが協力することじゃない」


「……」


 オレは冷静に答えた。部員たちは黙ってしまった。万条は申し訳なさそうに言った。


「なんで?なんで来てくれないの?」


「行く必要がないからだ。それに部活がなくなったって、学校では会えるだろ。何がそこまで問題なんだよ。部活なんかのためにそこまでできる意味が分からない。今回の件はついて行けない」


「ち、違うよ!ワタシにとってはみんなも、この部活の存在も大切なの!もちろん会えなくなるわけじゃないけどさ。そういうことじゃないの!なんでハッチはいつでも……」


「どういうことだよ。それに前々から思ってたがお前らのポジティブ思考には付いていけないんだよ」


「ほんとにわからないの?」


「わかんねぇよ。ちゃんと言葉で言ってくれよ」


「……」


 万条は、俯いていた。表情は見えなかった。オレは、顔を見ることもせずに、そう言い捨てた。万条はしばらくの間、黙り込んでしまった。そして、万条は重たい口を開いて、意外なことを言った。



「ハッチーは、なんでそんなに誰かの力になるのが嫌なの?」



「は?」


 万条の言葉を聞いて、富永や大花は、オレの顔を見てきた。オレは、誰とも目線を合わせることもしないで部室にある本棚に並べられた、読んだこともない本のタイトルを見ていた。万条は、さらにオレに訊いてきた。


「ハッチーが誰かの力になりたくないのって、一人で怠惰に家でダラダラしていてることと、関係しているんじゃないかな?」


 オレは心臓が、ひどく動悸していた。


「何言ってるんだよ。言ってる意味が分からないぞ。オレは、一人が好きで、自分で選んだことで、それと、誰かの力になるって話は全く関係ないし、そもそも、その2つは別の原因から来ていることで――」


「ちゃんと、嘘つかないで、話してよ!」


「え?」


「ワタシ、嫌だよ。最近、ハッチーが元気ないし、辛そうな顔してるの見て、思ってた。何か悩んでるんじゃないかって。ワタシは、みんな楽しそうにしていて欲しい。辛い顔してる人の顔を見て、ワタシは放っては置けないよ。それにハッチーはもう、ワタシ達の仲間だから」


 ……分からない。何で。何でどいつもこいつもオレに構うんだ。そんなに優しくするなよ。


 オレは、万条の優しずぎる言葉に素直に対応することはできなかった。それにオレは、何も話したくはなかったし、このまま放っておいて欲しかった。だからオレは、万条に心無いことを言ってしまった。


「話すことなんてない。それにもし仮に話したとして、どうなる?そんなのただ誰かに分かってもらいたがってるだけじゃないか。そんなことは、自分が可愛がってもらいたいだけだ。ただの甘えん坊だ」


 万条はオレの辛辣な言葉に、怒ることもなければ、責め立てることもなかった。万条はただ変わらずに、優しく言うのであった。


「それでも、いいじゃん……」


 オレは、万条の顔を、やっと見た。その顔は、今までに見たことがない程、元気がなかった。オレはふと、こんなことを思った。


 ――オレと万条はいつも意見が異なる。オレが何かを言えば、万条は反対してくるし、オレとは全く逆の考え方だ。意見が合った試しがない。そもそも、オレと万条は、会うべきではなかったのだ。オレは一人を好み、ダラダラすることを好み、何より、誰かを助けようとするなんてことは、できない。


 ここが潮時だ。


「よくない。オレは……」


 もう、ここが潮時なんだ。


「オレはそもそも、部活をやる気はなかった。それを、お前が、無理矢理に勧誘して来たんだろ?それで仲間面か?どれだけ自分勝手な奴なんだお前は」


 これでいい。


「それに……オレはせっかく、せっかく、一人に慣れて、それを楽しむことができるようになっていたんだ。それなのに、邪魔しないでくれよ。放っておいてくれ。オレが、つまんなそうな顔してる?辛そうな顔してる?誰のせいだよ。全部、万条のせいだろうが」


 万条は、何も言うことなく、目を見開いて、驚きと悲しさ、また申し訳なさが、表情にあった。オレは、もうこれ以上何かを言うことはやめた。それでも、いつまで経っても、万条が口を開くことはなかった。万条は、ずっと同じ表情で動かないでいた。

 しかし、不意に万条の目が少しずつ潤んできたのが分かった。万条も、それに気が付いて、目から零れ落ちる前に、それを見せないようにするためか、一言だけ、


「ごめんなさい」


 と言って、万条は部室から出て行ってしまった。オレも富永も大花も、しばらくその光景を見てビックリしていた。万条が泣いている姿を見たことが、3人にとって、衝撃的であったのだった。少し経って、その姿を見ていた富永は、やっと起こったことを理解して、万条を追いかけようとして、立ち上がって、部室のドアを開けようとしたが、その前に、オレに向かって静かに言った。


「八橋、お前、いいのかよ」


「……何がだよ」


「お前、ほんとはどうなんだよ?前に言ってくれたよな?部員仲間だって。だったら部活のことを少しは……」


「ああ。言ったよ。でもアレはそれ以上の意味でもそれ以下の意味でもない。ただ偶々、今現在は部員仲間ってことだ」


「ちっ」


 舌打ちをして冨永は万条を追いかけていってしまった。すると、それまで動こうとすらしなかった大花が立ち上がり、オレの方を見た。


「みんな、行っちゃったわね」


「ああ、そうだな。お前も……行くのか?」


「行くわ」


「そうか」


 また、行く前に大花は戸惑いもなく言った。


「前に、言ったでしょ?生き物さんだけは違うって……今がそうなんじゃないかしら」


「どういうことだよ」


「生き物さん。いいえ、八橋君。分かっているでしょ?」


 大花も行ってしまった。皆がいなくなっても、しばらく座ったままであった。そのままオレはぽつりと呟いた。



「なんでそこまで出来るんだよ」



オレは部室を出た。


 ……これでいい。やっと前のような生活ができる。チャンスは今しかない。




 部室を出てしばらく歩いていると、咲村先生がオレを待っていたかのように、壁に寄りかかって立っていた。


「おう、八橋」


「せ、先生……何でまた?ここに?」


 オレは、以前、咲村先生と話したことを思い出した。オレは、まるでオレのことはすべてお見通しであるような咲村先生がオレを待っていたかのようにそこにいたので、嫌な予感がした。


「まぁそれはお前の担任だからなぁ。お前『抗議に行かない』とでも言ったんだろ?そのうちそうなるとは思っていたが、本当になるとはな……」


「そ、それにしても相変わらず神出鬼没ですね……」


「はっは!それはどうもありがたいなぁ!」


「褒めてないですよ」


「それにしても八橋。お前は最近変わったと思っていたのにな」


「え?変わった?オレがですか?急になんですか」


「そうだ。気付いてなかったのか?」


「はぁ……例えばどんなところですか?」


「他人に対する気持ちだ」


「はい?言ってる意味が分からないですよ」


「じゃあお前。道楽部についてどう思っている?」


「いきなりですね。どう思ってるかなんて、そんなのめんどくさいに決まってますね」


 オレがそう言った後、咲村先生は落ち着いて言った。


「そうかもな。しかしお前は同時に……楽しいとも思っていたはずだ。違うか?」


「何を言ってるんですか?そんなこと先生に分かるんですか?それにオレは今だって部活のために何かしようだなんて思ってもないですし」


「分かるさ。お前は最近、自主的に部活に出ていただろう」


「推論にすぎませんよ。それにそれは、先生や万条が無理矢理連れてくるからでしょう」


 オレがそう言うと、咲村先生は真剣な顔で言った。



「違うな。前はそうだったが、お前はそれを口実にしているんだ。この部活に出るための理由に変換してるだけじゃないのか?その気になればサボることは出来たはずだろう。お前は廃部すればダラダラできると思っていた反面、少しでも廃部して欲しくないとも思ってたんじゃないのか?」



 オレは、少し時間を置いてから返答した。


「それは確かにそういう考え方もできなくはないですが………」


「八橋。お前な。やっと気に入った奴らに出会えたんじゃないのか?でもお前のことだから自分を戒めていたんだろう。部活を、そして仲間を気に入ったと思えるなら、そう思えるようになったなら、それでいいじゃないか」


「オレは……別にそんなことは思ってませんよ。いいじゃないですか。本人がこう言ってるんです。何をそんなお節介することがありますか?」


 咲村先生は今までにないほど毅然と、真剣な瞳をしていた。


「ある。お前が後悔しないためだ」


「……そんなものは後になってみないと分からないですよ」


「だが、後悔しないためには今、準備をするしかないんだ。人を受け入れられないと絶対に後悔するぞ」


「すみませんが、先生。正直言わせてもらいますけど、人付き合いなんて、くそくらえですよ。オレはもう帰るんで」


 オレはその場を逃げるように去った。


「おい八橋!」




 ……いいじゃないかよ。別にオレがそうしたいなら、一人で家に帰ってダラダラしようが関係ないだろ。放っておけばいいじゃないかよ。どいつもこいつも……。


 ――何が、あんなに部員達を駆り立てるのか理解できない。


 あれじゃ、オレが悪者みたいだ。オレは何も悪いことはしていない。あそこまで団結していると欺瞞じみている。オレは仲間とは聞こえがいいだけの徒党なんて大嫌いだ。良いことなんて何もない。そうだ。何も良いことなんてなかった。オレは学んだはずだろ。部活なんてものは群れただけで周りのことなんて信頼してないことを。誰かを信頼して助けたって何も良いことなんてなかっただろ。


 オレはその日から、部室へ行かなかくなった。



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