第22話 事変


 オレたちはB組の教室の前に来た。万条が坂下のところへ行こうとすると冨永はそれを止めて、


「ワタシが行く」


 そう言って、坂下のもとへ行った。そして、冨永は意外な行動をした。なんと坂下の前で冨永はいきなり頭を下げ始めて言った。


「この間はすまなかった。教科書、ノートを返してほしい。頼む」


 オレはてっきり胸ぐらを掴んで問い詰めるものだと思っていた。が、冨永は頭を下げたのである。あの強情な冨永が人前で首を垂れて恥をもお構いなしに。

 しかし、坂下はその冨永の謝罪を見て、


「へっ!何やってんだよ、やっと謝る気になったか!それにノートなんて知らねぇ」

 

 と、悪辣なことを言い放った。

 それを見て万条と立花は教室に入ろうとしたが、オレは止めた。何故ならばこれは冨永の問題だ。それに自分から行ったのだ。


「頼む。返してくれ。ワタシなら慣れているからいい。しかし他の、部員にまで迷惑はかけないでくれ。それだけは。この前のことを許してくれ」


 冨永は頭を下げたまま嘆願する。


「あ?何言ってんの?よく聞こえねぇなぁ」


 冨永は握り拳をつくりながら続ける。


「頼む!」


 クラス中の人がその光景を見てざわざわしていた。坂下は注目の中、冨永をさらし者にしたかったのであろうか、


「え~、どうしようかなぁ。お前には前々からムカついてたんだ」


 冨永は、坂下の服を掴んで叫ぶように言った。


「頼む!坂下!こんなにも頼んでいるだろうに!ノートを!」


「ちょっ、離せよ!ノートなんて知らねぇし」


 坂下は冨永を突き飛ばした。


「おいおい、冨永、大丈夫かよ」


 冨永を見ると机に当たって体勢を崩してしまっていた。そしてふと気がつくと、立花は坂下のもとへ行っていた。


「立花……あいつ」


 立花は坂下に平然とした顔で声をかけた。


「ねぇ、お前さ」


「あ?」


 坂下がそう言った瞬間、立花は坂下の顔面を思いっ切り殴った。坂下はそのまま飛ばされた。


「なっ、何すんだよ!いてぇなぁ」


「あ、悪い。ちょっとムカついちゃって」


 その言葉を吐いた立花は冷静であった。しかし、立花の拳は震えていた。


「あ?おまぁえこの野郎!」


 そう言って坂下は立花を殴ろうとした。しかし坂下は立花に返り討ちにされた。


「ぐぁぁ」


 殴った後に立花は言った。


「これ以上、冨永さんを侮辱するな。勇気を振り絞って謝ったんだ。どうして分かってあげられないんだよ」


 坂下はそれを聞いて笑いだした。


「あっはは!何言ってんだよお前。そんな格好つけてるつもりかよ!仲間意識高いのな!それにそいつに友達なんていねぇよ!くだらねぇ!」


 立花はやっぱり冷静であった。


「お前には分からないよ。傷付いたことなんてないんだろ」


「あ?」


 クラス中がざわめく。そして噂を嗅ぎ付けたのか隣のクラスの生徒も集まり野次馬が増えていた。気がつくと、万条と大花がどこにいったかも分からないほどであった。しかしあたりを見渡すと何やら大花が坂下のカバンを物色していたのが分かった。それに気がついた坂下は焦ったように立とうとするが殴られた後だからでろうか、うまく立てないでいた。


「おい!なに勝手に人のカバン見てんだ!」


 大花はそれを無視してカバンを物色していた。そして、


「あ、あったわ。これ立花君の。なんでここにあるのかしら。勝手に歩き出したのかしら?」


 そう言って教科書とノートをカバンから取り出して見せた。


「そ、それは……」


「あなた、さっき勝手に人のカバン見るなって言っていたけれど、あなたこそ勝手に部室に入って人のものを盗まないでくれるかしら?」


 坂下はもうやけくそになっていた。


「し、知らねぇよ!」


 すると、騒ぎを聞きつけて咲村先生がやってきた。


「おーい!お前たち何をやっているんだ?立花?とりあえずほかの生徒はもう授業が始まるから戻れー」


 そう咲村先生が言うと生徒たちはざわざわしながら教室に戻り始めた。冨永、坂下、立花は職員室に呼び出された。状況をオレと万条と大花に聞き出したらとりあえず事の発端を咲村先生は理解したらしく、


「なるほどな。大体わかった。お前たちはもう戻っていいぞ」




――放課後。


 オレは部室に向かった。部室へ入ると万条と大花が椅子に座っていた。


「よっ!ハッチー!」


「おう、てかあいつらは?」


「もう来るよ!」


 そうしていると、部室のドアが開いた。


「失礼するぞ~」


 そう言って入って来たのは咲村先生であった。そして後ろに立花と冨永もいた。


「失礼だからやめてください。先生何で来たんですか?」


「お前こそ相変わらず失礼な奴だな。まぁ、様子を見に来たんだよ」


「そうですか」


「ああ、お前最近ちゃんと出ているようだな」


「そりゃ、万条と先生が恐いですから」


「はっは!そうか」


「で、どうなりました?坂下の件は」


「まぁ、あいつもやりすぎたって反省している様子だったよ。まぁあいつもやられっぱなしが耐えきれなかったのだろう。それにしても今回はどうやらことが大きくなってしまったな」


「すいません」


 立花と冨永がそう言った。


「いや、別に構わないよ。衝突することも若いんだからあるだろう。大人になると衝突もせずにうまくやり過ごしてしまうことが多いのだよ。若い頃の失敗は良い経験だ。まぁしかしだからといって若さのせいにしてるだけでは成長はしないであろうけどな」


 咲村先生がそう言ったあと立花と冨永は椅子に座った。


「では、私は失礼するよ。勉強頑張りたまえ。学生諸君」


 咲村先生はそう言って部室を出て行った。その後万条はしゃべりだした。


「みんなお疲れ様!特にヒイちゃん、バナ君!」


「ふぅ。確かに疲れたなぁ」


「そうだな」


「おいおいお前らテストは近いだろ。忘れたか?」


「そうだったねハッチー!じゃあ、教材も戻ってきたことだし、勉強しようか!」


「そうだなユイ!」


「だな!」




 一先ずひと段落がついた。その日の冨永と立花と坂下の事件は一気に広まり有名事件となった。生徒たちは坂下の変と呼んでいる。その事件後も、冨永と坂下は相容れないようであった。しかしこれでいいのだろう。誰しもそう言った人はいるであろう。そんなことより冨永は坂下の変以後、クラスで傲岸不遜な態度を少し改めたつもりらしい。しかし、相変わらず毅然とし、頑固ではある。そしてクラスでもまだ浮いているらしい。まぁ母親の様に温厚篤実とまではいかないけれど。それにしても依然としてオレに対しては傲岸不遜であるのには何故であろうか……。

 テストは始まりあっという間に終わってしまい、立花も全て赤点を回避して再試は逃れたようだった。そして何故か部活で立花の赤点回避祝いを兼ねてテストお疲れ様会をすることになった。


「あ~、赤点回避したぜ~!」


「おう!おめでとう!ワタシ達が教えた甲斐があったな」


「よかったな。立花。まあこれを機にそれが普通なんだということを覚えろよ」


「そんなこと言わないでよ。でもとりあえず、テスト終わった~!」


「とりあえず、バナ君、お疲れ様!」


「ありがとう!」


 一同は、注がれたコーラを手に取った。そして万条が、


「じゃあ、テストお疲れ様!乾杯!」


 一同はコーラを飲んだ。


「ぷは~、みんなで飲むコーラは美味しいね!」


「うめ~!」


「うむ。悪くない」


「で、お楽しみのところ悪いが、テストの結果を聞こうじゃないか、皆さんよ」


「うむ、とりあえず総合の前にワタシは日本史と英語の勝負だったな。さぁどちらから行く?ワタシからいこうか?」


「いや、オレから行こう。なんとオレは……」


 そう言ってオレは日本史と英語の答案を取り出して冨永に見せつけた。点数は日本史が98点、英語が96点であった。


「ハッチーすごい!」


「八橋やるな」


「どうだ!びびったか?ちびったか?」


「やるな。ではワタシの答案を見せよう」


 冨永は答案を取り出しオレに見せてきた。


「どうだ?びびったか?それともちびったか?」


 点数は日本史が96点、英語は100点。また満点かよ。ちょっとちびった……。


「ってことは日本史がオレの勝ちで、英語は冨永か。同点?」


「まぁ、合計でやればワタシの勝ちだが、お前の頑張りを称して見逃してやろう」


 ちっ、いちいちムカつくやつだな。


「そうだな」


「ということで罰ゲームはなしか」


「そうするか。しかし今思うとお前の罰ゲームは怖すぎるな」


「大丈夫だ。無理な罰ゲームはしたいがしない」


「したいとか言うなよ。ならいいか。で、みんな総合はどうだったんだ?」

そう言うとオレは大花からの視線を感じた。見るとこっちを見ていた。


「ん?なに?」


「いや、別にテストなんてそんなに良い点数取れなかったわ」


 おいおい。聞いてほしいのかよ。


「じゃあ、まず大花に聞くか。大花はテストやっぱり今回も良かったのか?」


「え?ワタシの点数?ワタシは日本史英語は100点よ。あ、100点満点のテストよ」


「知ってるよ。ていうか点数聞いてないし。いや聞きたくない」


「そう。それは良かったわ」


「それは文脈的におかしいだろ。もし正気だったならモラル崩壊してるな」


「そう。それは良かったわ」


「お手上げだ、まぁどっちにしろお前が一番だろうな」


「そう」


「立花は……いいか」


「おい!オレも結構頑張ったんだぜ!」


「そうか。良かったな」


「ひ、ひどいぞ……。まぁいいや。オレ多分、一番下だし……」


 すると、万条がしゃべりだす。


「じゃあ、ハッチー、総合どうだった?」


「オレは8・6だな。万条は?」


 まぁ勝ったであろうな。


「なんとねぇ!ワタシは……」


「うん」


「8・8!」


 な、なに?万条に…………負けた……………だと?


「やったあー!勝った!」


「負けた………」


「じゃあ、約束通り、負けたら交番で、『金をだせっ!』って言ってねっ!」


「いや、お前……本気かよ。捕まった時なんて自白すればいいの?」


「なんか『魔が差して』とか言えばいいよ」


「魔が差してそんなことするんだったら交番大変すぎだろ」


「確かに!罰ゲームはナシでいいよ!でも勝てるなんて!」


「ま、まぁ、この世は学力が全てじゃないよなーーあははー」


 オレは棒読みにそう言った。しかしオレはそう言ったあと途轍もない敗北感と虚無感に襲われた。次は負けない……

 と、思っていたが、その後、冨永の総合を聞いてオレは更に敗北感に襲われた。


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