第5話 諸悪の根源

 教室へ戻り、自分の席に着くといつものように谷元が話しかけてきた。


「八橋お前また万条さんと昼休みイチャイチャしてたのか~?」


と、頭の悪そうなことを言ってきた。


「そんなんじゃないよ。無理矢理部室まで連行されたんだよ」


「れ、連行!?いいなぁお前~。で、何されたんだよ?」


「なんか勘違いしてないか?たまったもんじゃないよ」


「ほんとか~?お前最近楽しそうだな~」


「楽しそう?苦しいの間違いじゃないか?」


「まぁ表情はそうかもしれないけど無表情よりはいいぜ」


 オレそんな無表情だったか?


「……そうか?変わらないだろ。ていうか谷元。先生来てるぞ。教科書用意したのか?」


「あっ!まだ出してなかった!」


「谷本お前。いつもそうだな」


 チャイムが鳴り、担任である咲村先生の授業が始まった。


「さあ、みんな席に着けー。めんどくさい授業の前に1つやることがある」


 咲村先生は何やら紙袋を教壇の机の上に置いた。ある生徒が尋ねた。


「せんせー、それなんですかー?」


「これはな。くじびきだ」


 くじびき?なになに?お金とか当たるの?どれくらいキャリーオーバーされてるの?


「今から席替えをはじめる!」


 席替えか。いまの席気に入ってたのに……。


「では、女子の袋はこっちの白い袋、男子のはこの黒い袋、一枚ずつとっていってくれ」


 生徒たちは一斉に立ち上がり、袋の前に行列をつくる。彼らは一緒に並んでいる友達とじゃれ合いながらわくわくした面持ちで、自分の番を待っていた。

オレはまだ座ったまま、並んでいる列を見ると、先頭で谷元がくじびきを引いていた。谷元はくじを袋から引出し、折ってある紙をめくって、それを見て、何やら喜び始めた。


「よっしゃー!一番だぜ!」

 おい谷本。一番ってたしか……


谷元の謎の歓声とは裏腹に、咲村先生は静かに言った。


「良かったな谷元。一番は一番前だ。これで授業前にちゃんと教科書を出すようになるといいな」


「え?一番って……うわー一番前かよ!せんせー、もう一回引いていいですか?二百円払います」


「二千万ならいいぞ。そして二千万貰ったら私は教師も辞めてやろう」


 ……先生の本音を聞いてしまった気がする。


「無理っすよ~。うわ、最悪だ~」


 そう言って、谷元がこっちにやってきた。


「八橋、オレ一番前だった……交換してくれよ!」


「良かったな。羨ましいよ。交換しないけど」


 ――しかし、まあやはり一番前は嫌だな。一番後ろでなお隅っこが好ましい。何故なら、前の席だと教室全体が見渡せない。それに誰かに背後を許すなんてありえん。もしかしたら、後ろから凶器で刺されてしまうかもしれない。それに隅っこが良いのは隣に一人座る奴が減ることだ。オレが隅っこを望むのは人よりも壁と仲良くしたいからだ。

 するといつのまにかクラスの生徒はくじを引き終えており咲村先生が引いていない人はいないか確認した。


「みんな引いたかー?」


 そろそろ引くかと思い、オレはくじを引きに行った。引こうとした時、先生が笑って言った。


「八橋で最後だ。残り物には福があるぞ」


「そうだといいですね」


 オレは残り物に福などあると信じていなかったので、無愛想に答え、くじを引いて二つ折りにしてある紙を開いた。それを見て、つい声を発した。


「おっ」


 そこには一番後ろの左隅っこの席、つまりクラス全体が見渡せる窓際の左後ろの席である、番号が書かれていた。

 ……残り物には福がある。信じてみるものだな。


「じゃあ、新しい席に着けー、授業はじめるぞー」


「えーー」


 生徒たちはそう言いながら新しい自分の席に着いた。オレも念願の席に座った。


「じゃあ、教科書の五十六ページを開けー」


 そう言って咲村先生は生徒を席替えした後の余韻に浸らせることもさせないで黒板に板書を書き始めた。オレはその板書を書き写していた。しばらくその作業を続けていると、何やら頭にぶつかってきた。


「なんだ?」


 机上を確認するとさっきまでなかったノートの切れ端で折られた紙飛行機があった。その翼の片方に、開いて、という文字が見えた。オレは言うとおりに紙飛行機を開いて見てみた。そこには、


   放課後、部室に集合!


と、書いてあった。

 こ、これはもう万条しかいない。ていうか万条席どこなんだ?

ふと、右を向くと一番後ろの右端に座っていたのは笑顔でこちらを見ていた万条であった。なんという席を引いてしまったんだ。福どころか禍いじゃないか。オレはその紙飛行機に、


   やめろ。


と、だけ書いてそれを万条の方へ飛ばした。しかし、飛ばしたとほぼ同時に咲村先生が振り向いてしまった。


「おい!八橋!いまなんか投げてなかったか?」


 あ……やば。見られたか?ど、どう誤魔化そうか……


「な、投げてないですよ。虫じゃないですか?」


 咲村先生の顔を窺いながらオレがそう言うと、


「そうか?随分大きな虫に見えたが。まぁいい」


 と咲村先生はまた板書を書き始めた。


「ふぅ……」


 全くもう。ふざけんなよな。危なかったじゃないか。ていうか何でオレが怒られそうになってんだ?


「っ!!?」


 そう思っていた矢先、また頭に何かぶつかった。

 反省する素振りも全くなく万条はまた紙飛行機を飛ばしてきた。中を開いて見ると、


危なかったね(笑)


と、書いてあった……。


 誰のせいだ!

 仕返ししてやりたいところだが次はバレて怒られるかもしれないのでオレのこの寛大な心で大いに無視して、板書を写してやることにした。

 しかし板書を書いているとまた何か頭にぶつかった。またぶつかった。そして、またぶつかった。

 オレは無視し続けて板書を写していた。すると、無視しているのに対抗してきたのか、一斉に何かが頭にぶつかった。見てみると、どうやら一斉にたくさんの紙飛行機が飛んできたみたいだった。万条の方を見ると平然と板書を写していた。


 なんてやつだ!もう我慢できん。


 そう思ってオレは仕返しするために飛んで来た紙飛行機を回収し、よく飛ぶように黙々とそれらを折り直していた。すると、


「ちょっと八橋」


 と、オレを呼ぶ声が聞こえた。今はそれどころじゃない。後にしてくれよ。


「なに?いまちょっと忙しいんだけど」


「ちょっと八橋。何やってるんだ?」


 なんだよ。忙しいって言っているのに誰だ。全く。


「だからいま……」


 オレはそう言いながら顔を上げると、そこには怒り立った咲村先生がいた。


「だから今、何やってたんだ?」


 ん?あれ?もしかしてやっちゃった?


「……えっと……」


 や、やってしまった……。

 そもそもオレに話しかけてくる奴なんて谷元と万条くらいしかいないじゃないか。って、そんなことよりも今はどうこの状況を打破するかだ……


「え、えっと……何やってたんですかね?逆に教えてくれませんか?」


 咲村先生は呆れた顔をして言った。


「はぁ。お前、放課後生徒指導室に来い」


「……は、はい」


 くそ。万条のやつ、何てことを。少しは反省しろよ。オレの放課後という貴重な時間を無駄にしやがって。

 万条を見ると屈託のない笑顔であった。オレは諸悪の根源を目の当たりにした。




――放課後。


 生徒指導室。咲村先生はお怒りのようであった。


「おい、八橋。最近生活が乱れているんじゃないか?授業も寝ていることが多くないか?」


「そうかもしれないですね」


「もう少し改善した方がいいぞ、何か問題でもあるのか?」


「まぁ、あります。問題は分かっているんですが、その問題が何とも手強くて。どうしようもないというか。例えるなら自然災害みたいなものでなんです」


「例えなくていい……。で、その問題っていうのはなんなんだ?」


「いや、別に。言うほどのことでも」


「いいから言ってみろ。帰さないぞ」


 そ、それだけはきつい。さっさと帰りたい。


「じゃあ、分かりましたよ。言いますよ」


「よし、言ってみろ」


「はあ……実はですね……」




 数十分ほどオレは今部活にしつこく勧誘されていて閉口していることを熱弁した。

 

「部活?ああ、今部員募集してる道楽部か。なら、入ったらいいじゃないか。たいした問題じゃないな」


「嫌ですよ。オレにとっては大問題です。部活なんてやりません」


「何故だ?何か部活が出来ない理由でもあるのか?」


「ありますよ。そりゃあ。たくさん」


「今、何かやっている事でもあるのか?」


「何かをやってない人なんているんですか?」


「お前な……。確か部活やってないよな。家では何をしているんだ?」


「何をって。家にいるんですよ」


「つまり、家でダラダラしているのだな?」


「まぁ、そんな感じですかね」


「ならば部活をやっても問題ないだろう。むしろ問題あるのはお前の生活とその態度だな」


「そうですか?ていうか部活なんて嫌ですよ。忙しいんです」


「忙しいとか言ってどうせお前は家でダラダラしているだけであろう。全く」


「そうですよ。でもダラダラしているからこそ時間がないんですよ」


 オレがそう言うと咲村先生は呆れ顔で言う。


「あのな、お前も分かっているだろうがいつまでもそんなことは出来ないんだぞ」


「はい。知っています。だからですよ。だから今のうちにダラダラしておくべきじゃないんですか?」


「だからこそ、お前は今のうちに他のことを経験しておくべきだ。それじゃ社会に出てから心配だぞ。その部活をやってみたらどうだ?」


「なんで無理矢理合わないところに属さないといけないんですか。それに現状ではすることない無理をしろっていうんですか。それに社会に出てからって言いますけどそんな経験していないことを先取りして言われても閉口しますよ」


「お前は現代の若者の紋切り型のようなことを言うなよ。別に無理しろなんて言っていないだろうに。それにお前が思っているほど無理に合わせることなんてないんだぞ。世界は意外と優しかったりすることもあるんだ。ということでだ八橋」


「はい?なんですか?」


 咲村先生は道楽部の入部の紙を取り出してオレの名前を勝手に書き始めた。


 パワハラだ。パワハラでしかない!


「よしっ!」


「よしっ!って……。何いってるんですか。部活顧問にも言わずに」


「お前こそ何を言っている。この部活の顧問は私だぞ」


「え……?」


「だから道楽部の顧問は私だということだ。入部おめでとう八橋」


「いや、ちょ……オレの意思が反映されてないですよ」


「あははは!お前は話しやすいな!」


「嬉しくないですね。ていうか話逸れましたね」


 オレが反論している途中で咲村先生は遮って毅然と言った。


「じゃあ、とりあえず今から行って来い」


「え?今からですか?確か今日は用事が……」


 咲村先生はオレの右肩に手をポンッと乗せ、その後に肩を力一杯に掴んできた。


「私も一緒に行かないとダメか?」


「いえ。行ってきます」


「そうか。それは助かる。今から会議があるんだ。あ、八橋。帰ったらすぐにバレるからな。私も終わったら一回顔を出そうと思ってる」


 とニッコリ言うのであった。


「はぁ、分かりましたよ。じゃあ行ってくるんで。失礼します」



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