第6話 チラシ配り

 オレは生徒指導室を出て部室へ向かった。


 とても不愉快だ。いつもなら家に向っているはずであるのに。あー面倒なことになった。これはもう避けられそうもない。それに何だかんだであのパワハラ顧問にまとめられてしまった。それにしても何故こうなった。ああ。そうだあの万条とかいう鬱陶しい奴のせいだ。こうなったのも万条のせいだ。あれもこれも、世界の紛争も地球温暖化も全部、万条のせいだ。

 仕方なく部室へ向かっていると、途中で万条が視線に入った。あれもこれも全部。この悪の根源の……


「やあ!ハッチーじゃないか!」


 万条は爽快にそう言った。全くもってその爽快さが不愉快だ。

 不愉快であったのでオレは気づかないフリをして過ぎようとした。しかし、万条はオレの行こうとする向かい側に立ち行く手を塞ぐ。避けて歩いて行こうとする度、オレの前に立ちふさがる。万条は忙しそうに言った。


「気が合うね!」


「そうかな?そっちが無理矢理合わせているようにしか見えないけど」


「やっと、喋ったね、で何やってるの?」


 や、やられた……


「オレの目の前にいる誰かさんのせいで咲村先生に呼び出されてたんだよ。それであのパワハラ……じゃなくて咲村先生に部活に入れられたんだよ。道楽部の顧問にな」


「え?ってことは入部!?」


 万条は驚きと喜びが混じったように、目を丸くし、だが口角が上にあがったまま言った。オレはその表情を見て少し照れながら、無愛想に言った。


「ああ、無理矢理だけどな。今ちょうど部室に行って来いって言われてたんだ。行かないと何されるか分からないからな。で、お前は今、何してんの?」


「部員補充!」


「へぇ。なるほど、大変そうだな。じゃあ頑張って」


「え?ハッチーもするんだよ!もう部員なんだから」


「そうなの?でも遠慮しとくよ。じゃあ頑張って」


「その……遠慮とかじゃなくて……入部したんでしょ?ほらぁ行くよ!」


 万条はオレの腕を掴んで、どこへ行くかも知らせないままであった。オレの手を引っ張り、髪が風に揺られながら、どこかへ連れて行っている万条の横顔は微笑みが零れていた。もうこの状況に慣れてしまったオレは常套句である台詞をただ言うしかなかった。


「おい、ちょっと!」






 そして「部員補充するから手伝って」と言っては、校舎を行ったり来たり連れまわされ、万条とオレはチラシを校内に貼り周り、さらにチラシを配って部員補充に勤しんでいた。万条はずっと楽しそうにチラシを配っていた。しかし部員補充どころか、生徒達は誰も見向きもせず、万条が持っていた部員勧誘のための拙いチラシの数は全然減っていなかった。

 オレはもうかれこれ疲れたので、その辺に座り込んでチラシを配っている万条をただ見ていた。

 あー帰りたい。いつまでやるんだ。かれこれ結構長い間やってるぞこれ。それにしても何でオレが部活なんて。くだらない。部員補充とかしなくていいよ。

 オレは疲れた声で言った。


「もう今日はいいんじゃないか?」


「待って!あと少しだけ!」


 万条は、オレにそう言うや否や、まだ残っている生徒にチラシを配りに行っていた。それを見て、全然まだ帰れそうにないので溜め息をついた。万条に渡されたチラシの一部をぼーっと、読むわけでもなく眺めていると、チラシに影が入り込んできた。誰かがオレの前に立っていた。


「よ!八橋じゃないか、また会ったな」


 ん?誰?

  顔を見上げて見ると、声をかけてきたのは最近どこかで会った奴であった。


「ああ、立花か」

 まさかまた会うとは。


「なに?どうした、そんなところに座り込んで。何やってるんだ?」


「ああ、部員補充だとさ」


 そう言ってオレは万条の方を指差した。立花は不思議そうな顔をした。

「お前やっぱり部活入ってたのか?」


「いや。さっき、咲村先生に無理矢理入部させられたんだよ」


「お!そっか、ならちょうどいいな」


「は?何が」


 そう言って立花は万条の方へ行き、


「オレも手伝うよ」


「え?手伝ってくれるの?」


「おいおい、なんでだよ、お前水泳部だろうに」


「実はさ、水泳部やめたんだよ!」


 あ。だからこの前、あんな時間にあんなところにいたのか。オレは軽い気持ちで訊いてみた。


「へぇ。なんで辞めたんだよ」


「オレさ、あの部活大嫌いなんだ。先輩たちも含めてよ。だから辞めてやった」


 オレは少し驚いた。というのも立花の顔はその質問をした瞬間に、険しくなり、なにより立花の回答が思っていたよりも棘のあるものだったからだ。


「そ、そうなのか、それは措いといて。部外者が手伝う必要ないだろ。ボランティア?」


「いや、実はさ。オレこの部活入ろうと思ってたんだよ!水泳部辞めた後どっか入ろうと思ってたんだ。で、この前、八橋にこの部活について聞こうと思ったんだけどよ。入ってないっていうから。でも八橋も入部したなら丁度いいな!友達もいるし」


 ……友達?立花と誰が?


 それを聞いていた万条が嬉しそうに言った。


「え、じゃあ入ってくれるの?」


「ああ、入るぜ!」


「やったあ!よろしくね!えっと……」


「立花ヒロアキだ。よろしくな!」


「うん!立花君だからバナ君だね!よろしく!」


 バナ君?誰だそれ?新入部員か?……まぁ新入部員か。

 万条と立花が握手をし、その後立花が万条の持っていたチラシの一部を受け取り、再び部員補充のための勧誘をしていた。


 しばらく二人はそれを続けていると、万条はずっと座っていたオレの方にやって来て、怒ったように頬を少し膨らませてから左手を腰に当て、偉そうに右手の人差し指でオレに指を差し、腰をオレの方向へかがめて言ってきた。


「ちょっと!手伝ってよね!バナ君はあんなに手伝ってくれてるのにさぁ!」


「そうしたいのも山々なんだが、山々過ぎた。もう少し休ませてくれ」


「いみわかんない!もう!」


 万条は立とうとしないオレの両腕を引っ張り始めた。


「ほらぁ~!立っっ~て~」

 すると急にオレは少し顔が赤くなり、恥ずかしくなった。

 何故なら目の前で万条が身をかがめていたため、万条の女の子らしい匂いが漂い、さらに目線を真っ直ぐにしていると胸のが強調されて視線に入るからだった。


「ちょ、ちょっとやめろって」

 そう言って、自分で立ち上がり、先ほどぼーっと眺めていたチラシを投げやりに通りすがった人に渡そうとした。


「これ、どうぞー」


「ほう。面白そうだな」


「え?」


 その人をしっかり見てみると咲村先生であった。


「お、ちょうどいいところだったみたいだな」


 げっ。パワー咲村ハラスメント。本当に来たのか。


「先生!さっき、部員補充しました!」


「万条お疲れ。八橋もやればできるじゃないか!」


 座ってるとこ見られなくて良かった……。ていうかオレはなにもしてないけど……待てよ。でもこれはチャンスかもしれない!


「そうです。本気出せばこんな感じですよ。だからもういいですよね?一人補充にも貢献したことですし退部届くださいよ」


 よこせ!


「それはダメだ」


「え?何でですか?」


「たかが一人を部員補充しただけだろう。それにお前の怠惰生活には問題があるからな」


 くっ、ここで引き下がったら再びチャンスが来るのがいつかは分からない!


「それは先生の解釈じゃないですか。考えてみても下さい。怠惰とは言いますけどそれは悪い方向に捉えてしまっているんですよ。良い方向に考えれば怠惰っていうのは余裕と同義でですね。さらに言ってしまえば――」


 咲村先生はオレの言うことを遮って、笑顔で、しかし力強く言った。


「お前。安心しろ。さっきちょうど道楽部部員名簿にお前の名前を書き足しておいた」


 ……このパワハラ顧問め。

 咲村先生は立花の方を向いて続けて言った。


「立花よろしくな。とりあえず一度部室に行こう」


「そうですね‼」


「あ、八橋。お前にも部室を紹介しないとな」


「そ、そうですねえ……」


 この人めんどくせぇな……。

 ……って、あれ?何で立花の名前知ってるんだ?こいつ名前言ったっけ?まぁ教師だったら名前覚えるのも普通なのか。


「よし!では、ついて来い!」


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