第4話 道楽部
それから相変わらず万条からの勧誘を理続けて何日か経ったある日の朝。教室へ入るとどうやら万条はまだ登校しておらず、オレは久しぶりに平和な時を過ごしていた。
オレは自分の席に着いてから一先ず喉が渇いたので水筒を取り出した。するとちょうど谷元がオレのところへやって来た。
「八橋おはよー」
「ああ、谷元か」
いつものように挨拶を交わし、オレが飲み物を飲んだ後に谷元は言った。
「八橋~おまえさ。もしかして万条と付き合ってるの?」
「ブゥッーーーー!!」
谷元が言ったことに驚き、オレは谷元に口に含んでいたものを吹きかけた。
「うわっ!!おいおい!」
「わ、わるい。でもお前の言ったことがあまりに見当違い過ぎてな」
「え?万条さんと付き合ってるって話か?」
勘違いも甚だしい。いやもう勘違いのレベルじゃない。
「だからお前。何を言っている。日本語で言ってくれ」
「は?日本語だよ。お前こそ何言ってるんだよ」
「じゃ、じゃあ英語で言ってくれ」
「え~?ドゥユーラブマンジョウ?」
「くたばれ」
「なんでだよ!だって最近いつも一緒にいるしよ。同じ部活なんだろ?」
「だから何を言っている。誰か通訳してくれ」
「おいおい誤魔化すなよ~」
「いや、部活だって入ってないし付き合うなんてあり得ん。あんな恐ろしいやつ」
「そうなのか?なんか学食で万条が『嫌だ!』とか『一緒にやろう』とか言ってたのとか見てたぜ。それに最近、万条お前に付きっ切りだろ?付き合ってんだろ?どうなんだよ~青春してるなぁ!」
「付き合ってない。よく考えてみろ。お前とくらいしか話さないオレにそもそも万条が話しかけてきている時点でおかしいんだ。何か裏があるに違いない」
「そうなのか?ていうかまだ万条さん来てないんだな。残念だったな」
「その残念の意味が分からない。むしろ嬉しいんだが」
「またまた~まぁ何か相談あったら言ってくれよ。いつでも恋相談に乗るぜ~じゃあオレは席戻るぜ」
「はぁ……」
……谷元。是非そのままこの世のカップル達を救ってくれ。
それにしてもこの数日間で万条に付き纏われ過ぎて目立っていたのかもしれない。早いうちに手を打たなくてはいけない。事が起こった後じゃ遅いんだ。
しかし、そんな束の間、その日、万条は休みであった。なんとすがすがしいのであろうか。こんなに一日が充実して思えるのも久しぶりである。
久々に快適な一日が暮らせたオレは学校が終わり自宅の近くをブラブラ散歩することにした。まずは古本屋街を回って本でも買うかと思って行きつけの森書店で本を探していた。
「あれ、もしかして!」
嫌な予感がしながら振り向いて見るとそこにいたのは立花という男であった。一年の時同じクラスであった。ただの去年クラスが同じだっただけの知り合いである。
「ああ立花か、偶然だね。なにしてたの?お前確か、水泳部じゃなかったっけ?今日部活ないの?」
オレがそう聞くと立花は急に少し動揺したように見えた。
「え、えっと、まあ今日はな。いつもはあるけど今日は休みなんだよ」
「そうか」
そうなんだ。オレから聞いておいて悪いが頗るどうでもいいよ。早くどこかに行ってください、お願いします。音楽聞きたい。
「ああ、そういう八橋は何見てたんだよ?人に言えないような本か?」
「まあ、そんな感じ」
なんだよ、人に言えないような本って。俺はそんなに危険思想持っていそうなんですかね……。
「それにしても八橋は相変わらず暇そうだな!」
と立花は笑いながら言った。
「何を言っている。暇していて忙しいよ」
「あはは、なるほどな。ストイックだな。ていうか暇そうだが、最近万条さんと同じ部活入ったって聞いたけど」
とんだ情報が流れてるな。しかも鵜呑みにするなんて信じられん。それにしてもやはりもう誤解が出回っているようだな。
「いや、入ってないから」
「そうなのか……じゃあいいか」
「何が?」
「いや、別に。それにしてもあの部活、今、部員募集してるらしいな」
「へぇ」
オレを誘ったのは部員集めってとこか。なるほど数合わせということか。くだらない。
「そうなのか。まぁじゃあオレはそろそろ行くわ」
「ああ、じゃあまたな八橋」
「また?まぁじゃあな」
またはないだろうけどな。
次の日、その日は一番授業が多く、一番嫌いな曜日である。そんな日に限って良くないことは重なるものである。その日、残念なことに万条は出席していた。風邪にはもっと頑張って欲しかったものだ。そして昼休みになり、万条に話し掛けられる前にすぐに教室を出ていつものベンチへ行って昼寝をしていた。
「……て!」
ん?なんか聞こえるな。
「起きて!」
ん?オレは目を開けた。そこにはまた万条がいた。
「早く起きて!やっぱりここにいた」
また万条かよ。なんなんだ。
「ん?人違いじゃないですか?」
「いや、あってたみたい!やっぱりここにいた。ついてきて」
と言いながら腕を掴まれた。ていうか力つよっ。女子力高っ。
「どこ行くんだよ」
オレの問いかけも空しく、万条は数々の部活の部室が立ち並ぶ第三校舎へ連れてきて、二階の一番奥の部屋に入った。オレは強制的に連れてこられていた。部屋に入ってみるとそこには本棚や机がいくつかあり、真ん中に長机が1つ、更に椅子が5つあった。オレはその光景を見て心を込めて言った。
「なにこれ」
「部室だよ!」
と、平然と言う。
「そっか、じゃ、オレは用事があるからいくわ」
「待って、昼休みだからここでお昼にしようよ」
面倒だな。どうかわそうか。
「オレ、お昼食べないんだ。」
「じゃあ、わたしのパン一つあげる。二つあるから」
お昼を食べないといったのになぜ渡すんだ?Sなのか。それともドSなのか?まあ、どちらにせよ、それだとSなんだろうな。
「オレ、パンだけは家庭の決まりで食べちゃいけないんだ。悪いね」
「あ、ごめんね、今度からはおにぎりにするね」
おい。こいつ今の本気にしたのか?てか今度ってなんだ。これからオレが当然のように昼にここに来るようではないか。
「なんかもう既におれが部員みたいな話し方だけど考えすぎだよね?」
「安心して、もう部員だよ!」
ああ、駄目だ。ここにいたら危険だ。昼休みは静かなベンチで昼寝してるのに。
「本当に本当に残念なんだけど、今すぐ退部させてもらうよ。じゃあね」
「とりあえず、話だけでも聞いて!」
「話を聞く義理はない」
「部活やろ!」
「だからやらない。オレには関係ない」
「ある!」
……キリがない。オレがどんなに断ろうとしても向こうに聞き入れる意志もない
万策尽きた。
「何を言ってもこれじゃあな」
「ん?」
「わかったよ。話だけな。で、話って何?今度持ってくるおにぎりの具は何がいいかとか?それなら、明太子だな。まあ、オレが食べることはないだろうけどな」
「そうじゃなくて!」
「え?違うの?」
「部員募集してるの!」
「全然違った……。ていうか、オレに言ったところで何になるんだ」
そういえば昨日、立花がそんなこと言ってたな。
「で、何で部員集めなんだ?」
「とりあえず、部員不足なの。去年、先輩たちも卒業しちゃって」
「へぇ、それで?」
「だから部員集めしてる」
「じゃあ、集めればいいじゃん」
「だからハッチーを誘ってる」
「オレじゃなくていいだろ。ていうかなんでオレなんだよ」
「この前、目があったからかな。誘ってくれって目してた」
どんな目だ。後でネット検索してみるか。
「いや、してないし」
「実を言うと、うちの学校部活入ってる人がほとんどだし時期的にも部員集めは難しいの。でもハッチーは部活やってない!ワタシは見たもん!昼休みだっていつもあそこで寝てるだけなの!それに同じクラス!だからいいよね?」
この前、昼休みにオレのお気に入りのベンチにいたのはオレを観察していたのか。
「嫌だね、そんな都合よく数合わせしても仕方ないだろ。しかも1年の新入部員も来てないのか?まぁ部員が来ないってことは人気ないんだろ。なら現状を受け入れるべきじゃないか?」
「わかった!とりあえずそこ座ってて」
「え?なんで?って聞いてないし」
オレは万条に言われるがままに座った。万条はさっき持って来たと言っていたパンを食べ始めていた。オレがそれを見ていると、
「やっぱり食べる?」
と聞いてきた。
「いや、大丈夫。いらない。で、何やってるの?なんで座らせたの?帰っていいかな?」
「無理!」
「いやその無理ってやつがもはや俺には無理だ」
「オーちゃんが来るかもしれないから。今日も来ないのかなぁ。ねぇ来ると思う?」
「う~ん……それオレに聞いてるの?そのナントカちゃんとやら知らないし。部員仲間としてオレを認識するのやめてくれない?それに何でオレに聞くんだよ。ワザと?それともワザと?」
「オーちゃんは部員だよ!」
「へぇ。聞いてないし。で、そのオーちゃんとやらは来ないな。何故ならもう昼休みは終わるからな」
万条は腕時計をしていないが自分の腕を見て、
「あーーー!ほんとだ!もうこんな時間。ていうか、次の授業の教科書忘れたから借りなきゃいけないんだった!」
「腕時計してないじゃないか。ていうか別のクラスのやつに教科書を借りられるなんて便利だな。オレなんて忘れた日は減点されないかひやひやしてるっていうのに」
「え~、じゃあ友達つくれば?」
「簡単に言うなよ。それに教科書を借りるための友達なんて友達なのかよ、そんな無駄な労力使うのはごめんだ。それならひやひやした方がいい」
「ふ~ん……。じゃあ、次はワタシが貸してあげるよ!」
「ありがたいが、同じクラスだろうが」
「そっか!ていうかもう教室戻らないと!もう授業始まるし!」
「そうだな」
オレは立ち上った。部室を出ようとした。ふと部室の隅の机の上にノートが置いてあることに気がついた。
「何このノート」
そのノートの表紙には道楽部活動記録と書いてあった。
「あ、それはなんていうか活動を書き留めておく活動記録のようなものだよ!」
「へぇ」
無造作にオレはそのノートを開いてみた。そこには去年からの活動記録が書いてあった。例えるならば、寄せ書きのようにバラバラにそれぞれ部員がその日の感想を書いている、記録帳とは程遠い粗雑な仕上がりであった。今年の欄を見るとノートは白紙に近い状態であった。去年はびっしりと書かれていたが。
「なんだこれ。だいぶ前から書いてんだな」
「うん!これは大事な記録だからね!」
「へぇ。ってなんだ?」
しかしノートをペラペラめくっているとオレの勧誘のことが書いてあるページがあった。
今日は八橋君、ハッチーを部活に誘いました。何故なら誘ってほしそうな眼をしていたからです!そして入部してくれました。
と、書いてある。
「万条お前な……」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
そう言ってオレはペンを取り出して、
勘弁してくれ。
と、書いておいた。万条がそれを見ていたのか、急に喜んだように言った。
「面白いでしょ?記録取るの!」
「いや、それ以前に主観的過ぎるなこれは。しかも部外者を巻き込むなんて」
「あはは!まぁ適当に思った事でも今日何が食べたいとか気軽に書いてほしいな」
「そんなこと書かないだろ。てか部員じゃないし」
くだらない事する奴だ。ほんとに。
「なんでこんなことしてるの?」
「いいじゃん!」
「別に良いけどさ。ていうか道楽部って何?」
「うちの部活だよ!まぁ文芸部みたいなもんだよ!もともとは文芸部だったんだ!」
「だいぶざっくりだな。文芸部でいいじゃないか」
万条はどうやら教科書を早く誰かから借りたいらしく、そわそわし始めた。
「ほら!早く戻ろ!」
「あ、そうだった」
ていうか、結局、今日も昼休みを無駄にしてしまった……。
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