第29話 友達
――中学生の時
オレは明るく活発に遊ぶ中学生だった。
誰よりも仲間を思い、クラスでもリーダー的存在だった。何かを頼まれれば断ることもなく、率先して手伝っていた。
そんな中学の頃のオレには仲のいい友達がいた。片桐ユウマという名前だった。片桐は活発だったオレとは対照的で、誰とでも仲良くできる奴だったが、少し内向的な面もあった。オレはお互いに下の名前で呼び合い、部室でいつも一緒にいるような親友とも呼べるやつだと思っていた。
オレは部活をやっていた。軽音楽部の部長だった。オレはよく片桐と音楽の話をした。なんのアーティストがいいとか、ギターを買うなら高いやつを金を貯めて買った方が良いとか、他愛もない会話をよくしていた。
中学3年の時だ。ある日を境にオレたちは関わりを無くしていった。
オレは片桐と同じバンドを組んでいた。オレたちは自分たちでオリジナルの曲を作っていた。作曲がオレで、作詞が片桐だった。片桐はひっそりと作詞をしていた。片桐は歌詞を書いていることをオレ以外に知られることが嫌だったらしく、学校では他言無用と頼んできた。おそらく恥ずかしかったのだろう。オレもそれに了承した。片桐は楽しそうにいつも語っていた。
「この歌詞どう思う?」
「オレはいいと思う。ユウマの書く歌詞は良いぜ」
「ありがとう」
「おう!」
「今度、新しいのができそうなんだ。できたら持っていくから見てくれないかな?」
ある日の朝、新しい歌詞ができたと言うので、片桐から借りた歌詞ノートを学校で読んでいた。オレが何を読んでいるのか気になったのか、クラスで問題児だった北村という奴がオレに近づいてきてこう言った。
「何読んでるんだよ?」
「え?まぁ別に何だっていいだろ」
「なんだよ八橋~つれねぇな」
オレは歌詞を自分の机の中に入れた。
「まぁ北村、授業始まるぞ。席つけよ」
「ああ」
それから、昼休みになった。
「あ~やっと授業終わったな~。谷元、パン買いに行こうぜ?」
「いいぜ!」
人の多い購買に行くと、一番人気でいつもはすぐに売り切れるチョコクロワッサンがまだ残っていた。
「谷元!まだチョコクロワッサン残ってるぞ!」
「お!今日はついてるな!」
オレたちはニコニコして、チョコクロワッサンを頬張りながら、自分たちの教室へ向かって行った。教室に入ると、北村がオレの机の前で何か物色していた。オレは急にチョコクロワッサンが喉を通らなくなった。急いで北村のもとへ行った。
「おい、お前何やってんだよ」
オレがそう言った時にはもう、北村はオレが机にしまっていた歌詞ノートを取り出して、読んでいた。
「うわっ、なにこれ八橋、ん?片桐?」
「お前!やめろ!」
オレはその歌詞ノートを取り返した。その後に北村は大声で言った。
「お前ら気持ち悪いことしてんな!」
クラスの生徒たちは注目した。教室には片桐もいた。片桐は何が起こったのかに気づいた。その片桐の顔は青ざめて、こちらを見ていた。
「やめろ!」
オレはなんとか北村を静まらせ、その日は終わった。放課後、部室で昼休みのことを謝ると、片桐は少し困ったような顔をして、
「いいよ全然」
と、だけ言うのであった。
しかし、翌日から片桐に北村は付きまとうようになった。歌詞を馬鹿にし、茶化しては片桐を困らせていたのだった。オレがそれを知ったのは、昼休みに歌詞ノートを盗み見られた日から1週間経ったころであった。北村はオレがいない時に片桐のところへ行っていたのだった。そんな状況にやっとオレはある昼休みに、教室へ戻った時、北村が片桐のところにいるのを見かけて気が付いた。
「お前北村!」
「や、八橋!違うんだよ。今のは……」
「お前次やったら本当に許さないからな。あと、あのノートのこと誰にも言ってないだろうな?」
「あ、ああ……わかったよ……」
放課後になり、部室で片桐はオレに静かに言った。
「なあ、オレの歌詞って、気持ち悪いのかな?」
「そんなことない!オレはお前の歌詞が好きだ!」
「そっか……」
「北村の奴、許せないな。何かあったらオレに言ってくれ。いつでも助けになるからな。」
片桐は、疲れた顔をして頷きながら言った。
「ああ。ありがとう。でもいいよもう何もしなくて。」
「そ、そうか……?」
「うん。そろそろ帰ろうか」
「ああ、そうだな」
○
翌日。朝学校に登校するとオレは驚愕した。教室では懲りずに北村が片桐を困らせていたのだ。
「歌詞なんて書いて気持ち悪いなお前!あんだよあの歌詞、恥ずかしくないのかよ?あはは」
オレはそれを見て、留まってはいられなかった。
「おい北村!昨日言ったよな?」
「げっ!八橋。お前今日は早いな……」
「お前、懲りてないようだな」
オレは北村を掴み上げて、言った。
「いいじゃねぇかよ!」
「よくない!もうやめろ!わかったな?」
すると、急に北村は息を吸い込んで、大きな声で言った。
「いいじゃねぇかよ!実際、気持ちわりぃ歌詞書くなんて変じゃねぇか!」
オレはその大きな声に唖然とした。
すかさずにに片桐を見た。片桐は潤んだ目でオレを睨んでいた。クラスの生徒は北村の大きな声に反応した。オレは、北村を押さえつけて黙らせた。
その後はよく覚えていない。覚えているのその日の放課後、片桐と最後の会話をしたことだけだ。
「そ、その今日の北村の件なんだけど……」
「いいんだ。もう」
「いやでも!」
「いいんだよ!!!!」
「でもお前あんなに嫌がってたじゃないか……」
「オレ言ったよね?もう何もしなくていいって。」
「え?」
「オレは……こうなる気がしてた。だから……なのに。」
「ご、ごめん」
「あの時……八橋さえ何もしなければ、よかったんだ!」
片桐はオレを名字で呼んでいた。
「え?」
「八橋さえ……そうすればオレは北村にからかわれるだけで良かったのに!なんであそこまで北村を問い詰めたんだよ!なんで……」
「そ、それはお前が嫌がってるのかと……思って……」
「なんでお前が決めるんだよ!そんなのただの自己満足だろ!」
「ご、ごめん」
「それに八橋が学校で歌詞を読まなければ、こんなことにはならなかった!他言無用っていったよね?聞いてたのかよ!」
確かに、片桐の言っていたことは一理あった。だが、同時にオレは、その片桐の態度に対して苛立ちを感じてしまった。そしてオレは、片桐に対して心無い言葉を言ってしまった。
――オレは、何故あの時、こんなことを言ってしまったのだろうか。今でも後悔している。
「そんなのお前が恥ずかしがってただけだろ!別に見られたっていいじゃないかよ!結局は、音楽は誰かに見せるものなんだろ?それなら、自信満々に胸張ってればいいんだ!この弱虫!根暗!」
「なんだと!」
勢いよく片桐は立ち上がり、オレの胸ぐらを掴んで来た。温厚な片桐が、乱暴に、睨みながらオレを殴った。オレはその場に倒れた後、やり返そうと、起き上がって、片桐の胸ぐらを掴もうとした。
だが、その時、オレは片桐の顔を見て、それができなくなった。顔を見ると、片桐は泣いていた。片桐は胸ぐらを掴んでいるオレの手を払ってから、その場を立ち去った。
オレはその時、思った。
――もう、終わりだな……。
その時に感じた予感は、的中した。それからというもの、片桐と話すことはなくなった。喧嘩した後、オレは何度か謝りに行った。だが、片桐は顔を合わせることも嫌がった。片桐との他愛もない会話はもうできなくなっていた。前まで、お互い楽しく話していたことが嘘のようだった。
片桐は部活にも来なくなった。さらに、部活では片桐が来なくなったのは八橋が責め立てたからだ、という噂が広まった。オレのことを慕ってくれていた後輩も手のひらを返すかのように、オレのことを避けていった。
オレは、その出来事があってから、どんどん人が嫌いになった。部活動や仲間というものが嫌いになった。こんなに簡単なことで崩れてしまうものの価値が分からなくなった。オレは遂に、部活にいるという状況に耐えきれなくなり、後任の部長を腐れ縁であり、手のひらを返すこともしなかった谷元に任せ、部活を辞めた。
オレは知ったのだ。助けたいなんてものはオレだけが思っていた勘違いで幻想で、あったのだと。オレは善意のつもりでやっているつもりだったが、それは彼にとっては苦痛以外の何物でもなく、彼は放っておかれることを望んでいたのだと。人間と仲良くすることが無益なことだと。そして誰かのために何かをしてやることが、不毛なことだと。オレという人間は、誰かと仲良くしてはいけないのだということを。
誰かのために何かしたって、それは自己満足なんだということを……。
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