第12話 月明りが照らす夜

 冨永が一番に抜けて、次に立花、万条とオレと白熱の勝負の結果、オレは最後まで残り最下位であった。なんていうかアレだ。《大富豪》ってこんなに面白くなかったっけ?

 大富豪も終わった時、時計を見ると8時10分であった。


「もう八時過ぎだ。雨はどうだ?立花?」


「どうやら止みそうにないな」


「では、もう家に泊まっていくといい。みなそれでいいか?」


「うん、ありがと」


「大明神が部屋貸してくれるなら」


「それやめろ。ユイはどうだ?」


「あ、うん。ありがと」


「すみません」


 そんな会話をしていると冨永の母親がやってきた。


「みなさん、お風呂が沸きましたけど、どうぞ。その後は、夕食も用意したのでよろしかったらどうぞ」


 旅館みたいなおもてなしだな。いやもう旅館だここは。


「あ、すいません。わざわざ」


「いいですよ~。ゆっくりしていってくださいね」


 ニコニコしながら冨永の母親は答えてくれた。


「ありがとうございます」


「では、失礼しますね。ごゆっくり」


 母親が出ていくと冨永が言い出す。


「とりあえずワタシは風呂にでも入って来ようと思う」


「あ、ワタシも一緒に入る!」


「わ、わかった。ではユイ。行こう」


「うん!ありがと!」


「え?お前んちの風呂ってそんなデカいの?」


「ん?まぁ、十人くらいは入れるんじゃないか?」


「あ、そ、そうなのか」


 こいつの親は何やってる人なんだ……。


「ああ。では行ってくる」


 二人は部屋を出て行こうとしたが、冨永が立ち止まり振り返り言った。


「そうだ。一つ忘れていた。お前たち覗くんじゃないぞ。お前らも男子高校生だからな。忠告はしたからな」


 それはフリか?フリなのか?


「そんなことするはずないだろ、なあ立花」


「ああ、覗かない!」


 冨永は目を細めて、呆れと疑いをもった目でこちらを見ながら言った。


「言っておくがフリでも何でもないからな」


 それはフリか?フリなのか?


「フリ?なにそれ?おいしいのか?」


「まぁ、フラれた方はオイシイかもな」


「何をうまいことを」


 冨永と万条は風呂へ行った。すると二人が出て行ったのを良いことに立花は変なことを言い出す。


「冨永さんってぱっと見普通だけど多分意外と胸デカいよな。さっきアルバム見て確信した」


「ふっ。いきなり何言ってんだよ。今更かよ」


「八橋、気付いていたか……」


「当たり前だ。嫌でも目につく」


「八橋。お前やるな!で、ここは腹を割ろう。お前何フェチなの?」


「オレは……」


 オレと立花はその後自分たちのフェチについて語り合った。その内容はとても言える内容ではなかった。その会話でオレは立花と少し仲良くなった気がした。

 オレは立花と男の話をした後、富永の部屋をもう一度見た。何度見ても、殺風景な部屋で、とても女子高生の部屋とは思えないほどのものであった。部屋を見渡して、オレはさっき見たアルバムのことを思い出した。

 富永は、だいたい独りでそこに映っていた。その表情は、どこか寂しげでありながら、それでもその感情を隠しているかのように、強がった様子だった。

 友達か……。

友達が欲しかったから、部活に入ったのだろうか。以前、ファミレスで話していたように、富永は独りでいることに遂には耐えきれなくなってしまったのだろうか……。

くだらないな。友達なんてもんは、いつかは裏切るものだ。本当に信頼し合える仲間なんて、存在しないんだ。どんなに「いい奴」と言われる奴だって、自分が可愛くてしょうがないし、それに友達とは言っても、結局は他人で、完全に解りあうなんて幻想だ。


「どうしたんだ?八橋?そんな怖い顔して」


「え?」


「そんな怖い顔してたか?」


「ああ、なんていうか――」


「ただいまー!」


 すると、冨永と万条が風呂から上がってきた。風呂上がりのせいか、着ている服が制服ではなく普段着のせいか見入ってしまった。


「おい。お前たち何を見ている変態」


「あ、悪い」


「あ~いい湯加減だったね。ヒイちゃん!」


「そうだな。いい湯加減だった。お前たちも入って来たらどうだ?着替えの服はワタシの父親のものを置いておいたから使ってくれ」


「悪いな。色々と」


「ほんとありがとう冨永さん」


「気にするな」


「じゃあオレたちも入るか八橋」


「そうだな」


 オレと立花は部屋を出て風呂へ向かおうとした。しかし、オレは一つ言っておくべきことがあったことを思い出した。


「あ、一つ忘れてた。言っておくが万条、冨永。お前ら絶対に覗くなよ。これフリだからな」


「何を断言しているんだ。覗くはずないだろ!お前みたいな、けだものなど」


「けだものって……」


「冨永さん。男なんて皆、けだものさ」


 立花は少し恰好つけて言ったが、冨永は軽くあしらい、話を変えた。


「ていうかお前たち早く行って来い。上がったら居間まで来てくれ、食事を用意しておく」


「分かった。ありがたい」


     


オレと立花は風呂に入った。とても大きな風呂だった。というよりも銭湯みたいだった。オレは身体を洗ってから湯船につかった。


「あーーーーーー」


 湯加減最高だ。


「あーーーー。いい湯だーー」


「それにしてもデカいなこの風呂。冨永って金持ちだったんだな。二人なんか余裕に入れるじゃないか。この湯船」


「ね。羨ましいよーー」


「気持ち良くて寝ちゃいそうだ……」


 しばらく湯船につかっていた。すると、立花が急に言い始めた。


「なんか楽しいなぁ。な?この部活入って良かったよ。そう思わないか?」


「そうかい」

「これだけ楽しければ、辛いことも乗り越えられそうだよなぁ」


 立花は自分が辛いことがあるかのような含みがある言い方に聞こえた。

 もしかしてこの前、言ってた前の部活のことか?


「そうかい」


「おう」


 しばらく沈黙がお互い続いた後に、立花は言った。


「オレ、この部活に八橋がいてくれて助かったよ。よかった。ありがとうな」


「そうかい。まぁオレは何もしてないがな」


「……これからはみんなともっと部活して、どんな時も互いに協力して信頼して助け合えるような、そんな風になればいいなぁ」


「……」


 前の部活でそれが叶わなかったのか?遠回しな言い方しやがって……。

 立花は、きっとオレに尋ねて欲しかったのだろう。前の部活で何があったのか。 また、それを聞いて、共感して欲しかったのだろう。だが、オレはそれをすることを避けた。


「オレそろそろ上がるわ」


「早いね」


「はや風呂なんだよ、カラスよりは長風呂だけどな」


「なんだそれ」


 オレはさっさと風呂から上がった。そして、体を拭きながら思った。

 誰かと信頼し合いたいなんて傲慢だ。自己満だ。自分が安心したいだけだ。他人に拠り所を求めてしまってはその他人が消えた時、自分の中の拠り所はなくなる。他人を依存してはダメだ。少しは自分を肯定し、他人を疑った方がいい。



 立花よりも先に風呂から上がった後、そのまま夕食のある部屋まで行った。ドアを開けると、冨永がもう座っていた。


「あれ、お前だけ?万条は?いい風呂でした」


「ああ、ユイは部屋で髪を整えてるらしい。覗くなよ。そうか、良かったな」


「覗かねぇよ。ていうか食事まで用意してもらって悪い」


「気にするなと言ったはずだ」


「どうも」


「それにしても冨永の家デカいな。羨ましいな」


「そうか?デカいだけで物寂しいぞ」


 そう冨永も物寂しそうに言った。


「でも、こんなに広かったら羨ましいよ。ていうか、ここで全員で食べるの?」


「そのようだな」


 すると、冨永の母親がやってきた。母親は鍋を持っていた。


「あ、八橋君。冨永家ではね、みんなで机を囲んで食べるようにしてるの。その方が美味しく感じるの。家は三人家族だから、人数が多いと賑やかで嬉しいわ~」


 そう言って鍋を机の上に置いた。


「あ、そうですよね。ありがとうございます」


 誰かと一緒に食べるなんて久しぶりだな。


「やあ、お待たせ。って万条さんは?」


 そこに立花がやってきた。


「ユイはまだ来てないな。呼んで来よう」


「もうすぐ来るだろ。待ってようぜ。まだ食べてるわけじゃないんだし」


「そうだな」


「あ~、腹減ったな~」


「ごめん!お待たせ!」


 噂をしていたら、万条がやってきた。


「ほら、ユイ、そこに座ってくれ」


「ありがと!あ、お母さんもありがとうございます」


「いいのよ。今日は、雨で風邪ひてもいけないし人数も多いということでお鍋にしたのよ。たくさん食べてね」


「うまそう!」


「ありがとうございます!」


「お気遣いどうもです」


「では、食べようか」


 鍋を全員で囲んでいただきますをした。


「いただきます!」


 オレたちは鍋をつついた。その味は美味で体の芯から温まった。


「美味い!」


「美味しいです」


「うん、温かくて美味しい」


「そうだろう!」


「やっぱり誰かと食べる食事は美味しいね!」


 と、万条は笑顔で言った。それを聞いて母親は言った。


「そうね。美味しいでしょう。楽しい時でも辛い時でも家に帰って温かいご飯が用意されているって幸せよね」


「そうですね。どんなときでも温かさを感じることができますよね!」





 そうして、オレたちは食べ終わった。時刻は十時くらいであった。もう各自部屋へ戻ってそれぞれ眠りにつこうとした。オレももう眠かったので寝ようと布団に入り寝ようとした。しかし、人の家というのは自分の家と違って、寝にくいものであり、あまり寝付けなかった。

 しばらく経って、携帯で時間を見てみると時間は十二時ごろ。尿意を催したのでトイレへ向かっていた。しかし広いが故にどこにトイレがあるか分からず、さらに暗いので見つけるのに苦戦していた。トイレどこだ。広いなこの家は。

すると、途中で人影が見えた。


「誰だ?」


 オレがそう声を出した瞬間にそいつはびっくりしたようだった。


「キャぁ!……ってなんだ、ただの化け物か」


 この口の悪さは冨永だな。


「いや、人間だよ。意外だったか?ってかさっきの映画、まだ怖いのかよ」


「怖くないぞ。全然な」


「そうか。じゃあオレはトイレ行くからじゃあな」


 オレは行こうとすると、冨永はオレの前に立ち、


「では、ワタシが道案内しよう」


 と、言ってくる。


「いや、別にいいけど」


「人の親切を無駄にするのか」


「だって、それ親切じゃないし。じゃあ」


「ちょっとまて、わかったこの家の住人としてお前をもてなそう」


「いや、大丈夫だよ。十分にもてなしてもらった」


 オレがまた行こうとすると冨永は前に立ち、言う。


「待て。ワタシもトイレに行きたかったのだ」


 こいつやっぱりさっきの映画が怖いだけじゃないか。まぁでもトイレの場所もわからないから教えてもらうか。


「そう。じゃあついでに教えて」


「よし!こっちだ。ちゃんとついて来いよ」


 そして、トイレに着いた。すると、冨永はすぐさまトイレのドアを開けて、


「ワタシが先に入る」


 と、言い放った。

「あ、うん」


 冨永の後にトイレに入り、オレがし終えた後トイレから出ると、冨永がまだいた。


「あ、先行っててよかったのに」


「最後までおもてなししないとな」


「は?まあ、そうですか」


 冨永は自分の部屋に着いた途端、そ知らぬ顔をして冨永は言った。


「では、ワタシはここで失礼する」


「あ、うん」


 なんだあいつ。一人でトイレに行くのが怖かっただけじゃないか。そう思いながらオレは部屋に戻っていた。するとまた人影が見えた。今度は誰だ。そして誰かが、


「あ」


 と言った。


「今度は誰?」


「ワタシ」


 と、言うので、冨永とはさっき会ったから万条か。


「あ、万条?」


「いや、立花」


「お前かよ。紛らわしいことすんなよ」


「ジョークだよ!八橋、何やってるの?もしかしてトイレ?」


「もしかしなくてもトイレ」


「オレも。じゃあ、いってくるわ。漏れそう。おやすみー」


「ああ」


 何だよあいつ。ていうかオレの部屋一番奥にあるみたいだな。戻るの面倒だな。

再び自分の部屋へ戻っていると、また人影が見えた。またか。


「今度こそ万条か」


「え、うん。よく分かったね」


「まあね。何やってるの?トイレいく……んじゃなさそうだな」


 何故なら万条は縁側に座っていたからである。


「いや、寝付けなくて。ここの縁側で風でも浴びようかなって」


「なるほど。オレも寝付けなくて。人んちは落ち着かないなあ」


「うん」


 万条は縁側に座り、風と薄雲を通した月明かりを浴びていた。そして、続けて言った。


「部活、楽しいね。これからももっと色んなとこ行って色んなことしたいなぁ。このみんなで。ずっと」


「さいですか」


 オレは何と言っていいか分からなかったのでそう答えた。しかし、万条は続けた。


「だから、これからもよろしくね!」


 万条は、心の底から、優しく笑っているかのように思えた。そして、その万条の笑顔にしばらくの間、見とれてしまった。


 ……まさかこんなことを言われるなんて。何て言えばいいんだ。

 オレは少し間をあけてから言った。


「……なぁ万条」


「ん?」


「よく、そんなことを普通に言えるよな。ていうか万条もそろそろ寝たら?」


「な、なにそのいいかたぁ~!いいじゃぁん!もう寝るよ!ハッチーこそ寝たら!?」


「寝るよ。じゃあな」


 オレは部屋へ行こうとした。が、万条がオレを呼び止めた。


「ハッチー!」


「ん?」


 月明かりを少し浴びたままの万条はオレの目を見て笑って言った。


「おやすみ!」


「ああ、おやすみ」


 オレはやっと自分の部屋に戻り、すぐに布団に入り目を閉じた。


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