第41話 コーヒー牛乳

 万条は小池さんと話した翌日。大花とちゃんと話がしたいと思った。このままでは嫌だと思ったからだった。万条は、その日、大花に「積極的に」話しかけたが、尽く大花にお知らわれてしまい、結局話すことができなかった。そうして放課後になってしまい、万条は、チャンスは放課後だと思った。

放課後に、真っ先に、大花がいるだろう図書館へ向かった。万条は何かに駆られたように走っていた。

 万条は図書館に着いた。万条は図書館の「静粛に!」という張り紙をちらりと見たが、急ぐ体を止めることなく、大花を探しに、図書館内を早歩きで探し回った。

 しばらく歩くと、実際、そこに大花はいた。試験前ミキと勉強した机の隣の机に座って、本を読んでいた。万条は、その光景を見て、安心した。そして、躊躇うことなく話しかけた。


「オーちゃん」


「……?万条さん?どうしたの?あなた本なんか読まないでしょう。なぜ図書館にいるの?」


 万条はその問いに答えることはなく、大花の腕を掴んで、図書館の外へ連れ出した。


「来て!話があるのっ!」


「え?ちょっと、万条さん、ワタシ、荷物置きっぱなし……」


「いいの!」


 大花は戸惑いながら、どこに連れていかれるのか分からなかった。最近、やけに万条が話しかけてくることもあったが、大花はそれに応えることはなかった。

 万条は大花の腕をギュッと掴んで、大花の腕が離れないように、強く掴んでいた。大花は、自分を連れていく万条を不思議そうに見ていた。

 気が付くと、そこは、万条がよく飲み物を買いに来ている自販機の前だった。その自販機の前に着くと万条は大花の腕を離して、尋ねた。


「飲み物何がいい?」


 大花はいきなりの問いに戸惑った。


「何?こんなところまで連れてきて」


 大花は、少し早口でそう言った。


「ちゃんと話がしたかったの」


「ワタシはあなたと話すことなんてないわ。じゃあワタシは戻るわね」


「ちょっと待って!話を聞いて」


 万条は、大花の目を見て言った。大花は万条の顔を見た。その表情は真面目だった。


「何かしら?」


「ワタシ、最近、オーちゃんにたくさん話しかけたの」


「知っているわ。それが何だというの」


「でも、オーちゃんはあんまり話してくれなかった……ワタシすごく悲しかったよ」


「そんなのワタシの勝手じゃない。あなたわがままなのね」


「……うん。ワタシはわがままだよ……でも……」


 万条は、息を大きく吸い込んでから続きを言った。


「でも……それはオーちゃんと話したいからなんだ……」


「そんな話をするためにここまで連れてきたの?くだらないわ」


「ワタシ、もっとオーちゃんには心を開いてほしいの」


「いやよ」


 大花は下を向いて言った。万条はその姿を見てから、しばらく黙ったが、何かを抑えきれない気持ちになって、少しムキなって言った。


「じゃあ!なんで!」


「え?」


 万条が、大きな声で言った後、大花はびっくりした。


 そして万条は、以前、掃除当番で、教室で大花と話したことを思い出した。そして顔を俯かせながら、大花に言った。


「……オーちゃん言ってたよね?自分と一緒にいた人が楽しいとか、嬉しいとかあり得ないって。なんでワタシの前であんなこと言ったの?ワタシそんな人を放っておけないよ……」


「それは……たまたまよ」


「ワタシ分かったんだ……オーちゃんを見たとき、似てるなって思ったのがなんでか」


「この前も言ってたわね。でもワタシには関係のないことよ。前も言ったけど、ワタシとあなたは違うの」


 大花は、万条に背を向けて、その場を去ろうとした。しかし、万条は大花に話をつづけた。万条の言った言葉に、大花は少しだけ、体がピクっと動くのだった。


「そんなことないよ……ワタシたち似てるもん。きっとワタシもオーちゃんも寂しかったんだよ」


 大花は、背を向けたままだった。


「そんなこと……ないわ。くだらないわね。そもそもワタシはあなたと仲良くなることなんて嫌なのよ。あなたバカだし、人に気を遣わないし。そういうことよ。ワタシはもうあなたと話すことなんてないわ。時間が勿体無いから行くわね」


 大花は固まった体を精一杯に動かし、歩いて行った。万条は、大花の歩く先に立ちふさがった。大花の前に立っていた。大花は、万条を無視して図書館へ戻ろうとしていた。万条は、ずっと大花の前に立って、手を体の前に出した。咄嗟に、大花は、酷いことを言ったので殴られると思い、目を閉じた。


 いつもそうだった。自分と話している人間は必ず、イライラしてしまい、結局は、大花と話をすることをやめてどこかへ行ってしまったり、だいたい大花が相手を論破すると大花は叩かれてしまっていた。そのうち、それに慣れてしまっていた。だから今回もきっとそうだろう。大花は顔を叩かれると思ったのだった。万条は、腕を上げて、手をあげた。


 大花は、しばらく目を閉じていた。しかし、いつまで経っても、痛みはやって来なかった。どういうことなのか、目を開けて、万条を見た。

 すると、大花は予想外のことに、目を大きく開けた。大花は体中があったかくなるのが分かった。万条は大花を抱きしめていたのだった。

大花は、唖然として自分に抱き着いている万条を見ていた。その瞳は、か弱かった。万条は、ゆっくりと言った。



「オーちゃん……話してよ。もっとワタシに」


 万条は、そう言ったあとにギュッと大花を強く抱きしめた。大花は、困惑した。

 こんなことは初めてだった。誰かに、優しく抱き着かれたことなんてなかったのだった。大花は不思議な感情を抱いた。万条に対して、嫌悪を感じていたはずなのに、何でこんなにも、あたたかいのだろうか……。


「……何を……話すのよ……」


 大花は動くことができずに、そう答えた。万条は、優しく呟いた。


「なんでもいいよ……ワタシね。実は、最近、嫌なことがあって……でもね……なかなかそれが解決できなくて……」


「…………」


「誰かに相談したかったの……でも、ワタシ誰にもそれを言えなくて……。ワタシに相談する人っていないんだなぁ。とか思ってたの。でもね、」


「……」


「そのあとにオーちゃんの顔が浮かんだんだ……オーちゃんになら相談できると思ったんだ……」


 大花は万条から体をどけて、そのまま再び、万条に背を向けていった。その後ろ姿は、どこか寂しそうな背中だった。万条は、何かを言おうとした。しか大花はその前に言った。


「迷惑な話……」


「えへへ……」


 万条は、笑った。大花はその姿を見て、不思議に思ったことがあった。


――ワタシは何で、いままで、このコを避けていたのだろう……。


 大花は、最近万条が自分に話しかけてきていたことを思い出した。それを思い出すと、万条以外の人も、大花に話しかけている記憶が同時に溢れて出てきた。その記憶の中で、自分は、いつもそういう人たちを避けては、見下していた。そしてそのあと、話しかけてくれた人たちは皆、悲しそうな顔をしていた……。


「……ワタシ、あなたのこと見くびっていたわ」


「え?」


「いいえ。あなただけじゃない。ワタシは周りの人間すべて、見くびっていたわ。バカなくせに、うるさいだけだと思っていた……」


「……オーちゃん」


「でもあなたを見ていると、一番のバカはワタシだったのかもしれないわね……」


「え?」


「なぜかしら。なんというか、いまとても言葉では言えないチクチクするような感覚に襲われているの。でも、周りの人を見下すときの優越感でもなく、一人でいる時、モヤモヤするものでもなくて……初めてだわ……こんな良い感覚」


「オーちゃん!」


 万条は嬉しそうにまた続けて言った。

「これからさ。一緒に、何気なく遊んだりしようよ。何でもいいから、もっとお話ししたいな!」


「ほんと、あなたバカね……でも」


 大花は、黙った。大花は何を言うか迷った様子だった。しかし、その後に大花は、照れたようにして答えた。


「……嫌いじゃないわ」


「オーちゃんっ!!」


 万条は再び、大花に抱き着いた。その勢いで2人は倒れ込んだ。万条は笑いながら、抱き着いていた。大花は身動きが取れずに、静かに、まだ明るい空を見た。

 大花は、ふと昔のことを思いだした。

 幼い頃から、口数は少なかった。そのせいもあってか、大花は周りから「暗い」と言われて、バカにされてきていた。最初は大花もバカにされたことについてムキになることもあったし、酷くバカにされると、泣いてしまうこともあった。

 しかし、次第に、その感情も薄れていった。大花は周りの生徒よりも容姿は優れ、お人形のようだったし、勉強の面でも他の子供を寄せ付けないほどの才能を見せた。その自分の長所に大花は幼い頃から、気付いていた。それ故に、周りの子供から、なぜ自分がバカにされているのか、考えることも、相手にすることもやめるようになった。自分の方が優れているのに、バカにしてくるのは、相手が劣っているからだ、そう思うようになっていった。

 時が経つにつれて、大花は小学生になり、大花は他の生徒よりも飛びぬけて大人びていたし、勉強もできていた。すると、大花は周りの小学生の子供っぽさに嫌気が差していった。


 ある日、大花は、他の児童を、論破して泣かしたことがあった。すると、先生は必ず大花の味方をしてくれる先生はいなかった。大花は自分の意見を先生に言ったが、先生は泣きじゃくる児童の方に味方していた。大花の考えが、他人に理解されることはまずなかったのだった。

大花は、この頃から、大人も子供もバカばっかりだと思うようになった。感情に左右されてばっかりで全然、事実を追うこともない。そうして大花は他人を信用しなくなり、少しだけいた友達でさえもいなくなっていった。

 中学になってから、大花はひとりも友達ができなかった。それは他人が大花に話しかけないこともあったが、また大花自身が、他人と話すことをしなかったからだった。そうして大花は、いつしかひとりになっていた。それでも大花は構わないと思っていたし、このままそれでいいと思っていた。ずっと、それでも構わないと思っていた。そう思っていたはずだったのに……。

 大花は、青い空を見て、力が抜けた。力が抜けたと同時に、大花は、ボソッと言った。


「万条さんって、すごいわね」


 万条は、それを聞いて笑っていた。大花は、以前からその笑顔を見ていたが、そのとき、それは、大花にとって、以前とは全く違うものに思えた。


「オーちゃん!ユイでいいよ!」


「…………」


 万条は、体を起こして、自動販売機の前に立って、言った。大花も体を起こした。


「オーちゃん、何が飲みたい?友情の証だよ!好きなもの奢ってあげるよっ!」


 万条は自販機にお金を入れた。全てのボタンが光り始めた。大花は、何も言わずに万条の横に立って、自販機のボタンを押した。


「おっ!まさかそれを選ぶとは……さすがはオーちゃん!」


 万条は、自販機の取り出し口からそれをとってやった。大花はそれを受け取って言った。


「ありがとうユイ」


 万条はニコっと笑った。万条も、大花が選んだものと同じものを買って、それにストローをさした。2人は、そこで、それを飲んでいた。

 大花が選んだ飲み物は、コーヒー牛乳だった。

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