第25話 朝会にて
数日後の朝、登校し教室に入ると、生徒たちはそわそわしながら席に着いていた。オレはいつもギリギリの時間に登校するので、何があったのか理解できなかった。
教室に入って、すぐに谷元に事情を聞いた。
「何かあったのか?」
「おお。八橋おはよう。なんか今日、朝会があるらしいぜ。めんどくせぇな。急にだぜ?」
するとその時、放送が流れた。
全校生徒のみなさん。朝会があります。至急、校庭に生徒の皆さんはお集まりください。
……朝会?なんだまた急に。
「な?今の通りさ。さぁそろそろ校庭にでも行かないとな。行こうぜ八橋」
「あ、ああ」
オレは谷元と校庭に出て、他の生徒たちが並んでいるように、学年、クラス、出席番号の順に並んだ。横の女子の列を見ると、隣には万条がいた。目が合い、笑っていたのでオレはまた何かイタズラされるのではないかと心配になった。
生徒たちが静かになったところで、列のずっと前の方では校長にマイクが渡され、朝礼台に上がった。
一体、何の話をするんだ?またつまらない話でもするのか?校長の話のつまらなさといったら相当なものだ。今日はどんな話が始まるのか。そして校長は話し始めた。
「えー、本日はお日柄もよろしく、えー、こんな天気のいい日には、えー……」
始まった。開始早々もう教室に戻りたい。いや、いっそのこと家に戻りたい。暇だし校長の癖である「えー」の回数でも数えるか……。
しばらくの間、「えー」の回数だけ数えながら、退屈な話を立ったまま聞き流していると、隣にいた万条が退屈さに耐えきれなくなったのか話しかけてきた。
「ハッチー」
声はごにょごにょ声で、列の後ろの方にいる先生たちに聞こえないように、そして話しているのをばれない様に話しかけてきた。
「なんだよ。話してると注意されるぞ。」
「さぁ問題です!今、校長先生は何回『えー』と言ったでしょう!」
「残念だったな万条。ずばり26回だ。お前その問題簡単すぎるぞ。さぁ万条逆に問題です。校長の過去最高『えー』は何回でしょうか」
「えっ!覚えてないよ~。56回とか?」
「それは第二位な。過去最高は78回。あの日の話はとびきりつまらなかったな」
「ハッチー朝礼の時でも暇なんだね……」
「そりゃそうだろ。それにオレのモットーは――」
「〝暇をしていて忙しい〟でしょ?」
「おお。分かってるじゃないか」
オレは再び、校長の話を聞き流していた。しかし、何やら気になることを校長は言い出した。
「えーということで今回、集まってもらったのは他でもなく、えー当学園で暴力事件があったという事実が分かりました。えーそして二度とこのような事態を防ぐために、該当者を2週間、謹慎処分にします。」
……それって……立花と坂下じゃないか。
――そうか!
オレは急に生徒会長が言っていたことを思い出した。立花に向かって忠告していたことを。そして咲村先生が教頭に頭を下げていたことを。
――そうか。生徒会長の発言はこういうことか。それに咲村先生は……。
万条をみると、びっくりした顔とさびしそうな顔をしていた。おそらくこれからしばらくの間、立花が学校に来ないためであろう。昨日部活で夏休み何をするのか、どこにいくのか、楽しい話をしていただけに。
オレは万条に言った。
「まぁ万条。謹慎は2週間だから夏休みには重複していない。夏休みは大丈夫だろ」
「なんでバナ君が……2週間でも寂しいよ……」
「まぁそうかもな。でも退学じゃないだけましだろ」
「うん……」
朝礼は終わった。急な朝礼はこの間の坂下の変の懲戒処分であった。
つまり明日から2週間立花と坂下は自宅謹慎しなければならず、今日部室に顔を出した後、再び立花が顔を出すのは2週間後ということになる。
その日の放課後、部室で部員たちは集まった。立花は申し訳なさそうに語っていたが、2週間後にまた来られるからであろうか、さほど落ち込まずにいた。
「みんな悪い。2週間空けるけど」
「先日の生徒会長はこのことを知っていて、部室に来たのだな。ユイの嫌な予感は当たっていたようだな」
「そうだねヒイちゃん……」
万条は依然として少し気を落としているようであった。それを見た立花は明るく言った。
「まぁ何かあったらみんなメールしてくれよ!また2週間もすれば顔出すからよ!」
その立花の姿を見て万条は少し元気づけられたのか、いつものような快活さを出していった。
「うん!ありがとバナ君」
立花は疑問に思っていたことを聞いてきた。
「それにしても、咲村先生はこの件について知ってたのかな?坂下の変の時は、何にも言ってなかったけど、ひとこと言ってくれればよかったのになぁ」
オレはそれを聞いてこの間、咲村先生が立花や坂下のために職員室で教頭に頭を下げていたことを言おうとした。
「あ、その件だが、実はこの間、職員室へ行ったときな――」
……いてっ!
富永はオレが言わんとすることを遮って、足を踏んできた。オレは富永が咲村先生が頭を下げていたことを言わないようにするべきだと捉え、その先を言うのをやめた。
「おい、どうした八橋?」
「いや、なんでもない」
「なんだ?まぁいいけどよ」
「バナ君!2週間待ってるよ!」
「おう!!」
少し落ち込み気味だった部員たちは、部室に集まったことでお互いに勇気づけられていった。それでも2週間というスパンをひとりでも部員が欠けることが嫌な万条は、心なしか眉が下がり、頭を落としているようにオレには思われた。すると、ドアを叩く音が聞こえた。
「誰だろう。こんな放課後に」
「どうせ、またあのパワーだろ」
「パワー?なにそれハッチー?」
「あ、なんでもない」
「はーい、今開けまーす」
と、言って万条がドアを開けたさきにいたのは、パワーではなく生徒会長だった。
生徒会長は入って来るや否や、こう言った。
「どう?今にわかったでしょう?」
その悪意がこもった発言に冨永は答えた。
「はい生徒会長。しかしそんなことをわざわざ言いに来たのですか?」
「違うわよ!今日はこの部活についての報告があるのよ。それにしてもこの前ワタシが整理しておきなさいって言ったのに全然じゃないの」
「それはすいません!で、報告とはなんですか生徒会長?」
万条がそう聞いた後、生徒会長は意外なことを平然として言った。
「今月いっぱいで、この部活を廃止します」
「え?」
皆は声を合わせてそう言った。
「え、どういうことですか?」
万条は唖然として言った。立花や冨永もよく状況を理解していないようであった。冨永と立花が生徒会長に理由を問い詰めた。
「な、なんですかそれは!どういうことなのだ。生徒会長!」
「そうだよ!生徒会長!」
皆がこの件について反対していた。しかしオレは完璧な怠惰ライフを考えていた。
――なに?この部活が廃部だと?その場合、メリットがオレにはあるのではないか?オレとしてはこの部活がなくなれば拘束されることはない。家に帰れる。一人になれる。故にダラダラできる。証明終わり。か、完璧じゃないか!
オレが完璧な怠惰ライフを想像しているうちに生徒会長は毅然として語る。
「そうね。いきなりだったかもしれないけれど、暴力沙汰を起こすような部員がいるのよ。それにこの前来て確信したわ。この学園にこの部活はいらないわ」
「え、だからなんでなんですか!?嫌ですよそんなこと。いきなり言われても」
生徒会長がそう言うと珍しく万条がいきり立っていた。しかし対して生徒会長は冷静であった。
「その様子だといきなり言わなくても断るでしょう。この部活が学校にとって有意義であるとは思えないわ。それに業績だって他の部活に比べて少ない、いえ、ないに等しいわ。それに今だって何をしていたの?ワタシには部活をしているようには見えないわ」
「い、嫌ですよ!ワタシ達だってここを部室として使ってるんです!」
万条がそう駄々をこねるように言った後に冨永は付け加えた。
「そうだ!会長、ワタシ達だってこの部室を活動拠点として使っている。それに文芸部としての活動もやっています。さっきまでは確かに胸を張って活動とは言えないことをしていましたが、他の部活だってそうでしょう。常に活動をしている訳ではないはずです」
文芸部の活動してないだろ……大花以外は。
「そ、それはそうかもしれないわね。でもまぁ、そんなことはどうでもいいのよ!これは決まりなのよ!分かったわね!もう伝えたわよ。今月までに片付けて準備しておきなさい」
後味の悪い言葉を吐き残したまま、生徒会長は部室を後にした。
だからこの間、様子を見に来たとき、整理しておきなさいなんてこと言ってたのか。つまりあの時から廃部は決まっていたということになるな。
――大きな事件が起こる前には小さな事件がある。しかしオレ達はそれらに気づくこともなく、大きな事件が起こってからやっとそれに気づくのだ。しかしどうだ?今回、この部活の廃部が決まった。オレにとってそれは重要な、大きな事件になりうるであろうか。答えは否だ。オレはこの部活が廃部することに、反対でもないし賛成でもない。そう干渉する余地もないと思っている。何故ならばこの部活が廃部したらオレは以前のような平和な生活ができる。学校が終われば、すぐさま家に帰り、ダラダラし、自分の好きなように時間を使うことが再び可能になるのである。これはオレが怠惰生活に戻るための最後のチャンスかもしれない。
生徒会長が嵐のように部室を去ったあと、部員たちはしばらくの間、沈黙していた。その沈黙に最初に耐えきれなくなったのは富永であった。
「あーもう。なんなのだアレは。噂には聞いていたが、あそこまでムカつくとはな。で、ユイ。どうする?面倒なことになってしまった……」
「うん……」
万条は静かに答えた。
「オレのせいで……」
立花はそう自分を追い詰め始めた。それを聞いた万条はすぐさまそれを否定した。
「違う!バナ君のせいじゃない!」
「……でもオレが坂下を殴らなければ……こんなことにはならなかった」
「いいのだ。立花のせいじゃない。落ち込むな。まだ決定したわけじゃないのだ」
「うん!そうだよ」
「ありがとう皆」
立花は元気を取り戻して、続けて言った。
「とにかく夏休みのためにもよろしく頼むよ皆」
立花が目を瞑りながら、両手を前に出し、叩いてみんなに懇願した。万条はそれを見て笑いが出てきてこう言った。
「うん……えへへ。何とかしなくちゃ!」
その言葉を聞いて大花は言った。
「そうねユイ。ここで本を読めなくなるのは困るわ」
「お前、そこかよ」
しかし、大花はその後に続けて言った。
「それに……皆ともいられなくなるわ」
「そうだね!オーちゃん!」
「当たり前だ!ワタシたちの部活だ!」
大花の言葉に刺激されたのか皆が部活廃部の阻止のために団結し始めた。皆の顔は活気を取り戻していた。しかしオレはそんな気になれなかった。皆はどうやらこの部活を大切に思っているようだ。だがオレは正直、生徒会長に逆らってまでこの部活を維持したいかと思うとそうでもなかったからだ。万条は言った。
「作戦たててから、抗議しに行こう!!」
「そうだなユイ!」
「オレはいけねぇけど、頼むぜみんな!」
道楽部部員たちは団結し、生徒会長と対峙することになった。廃部という道楽部の危機を一同は受け入れて、諦めることもなく、権力者と言われる生徒会長に立ち向かうことを選択したのである。一見して無謀な挑戦は部員達の部活を思う気持ちからきているものであった。そんなことはオレにでさえ明白であったが、ただオレはその部員たちの熱意が理解できなかった。
その時、突然、部室に咲村先生がやって来た。咲村先生が来たことはおおよそ見当がついた。今回の立花の謹慎の件、そして廃部の件。知らないわけがないからだ。おそらくは咲村先生はギリギリまで粘り、抗議したのであろう。もし今回、その抗議が功を奏していたら、部室に顔を出すこともせず、何ごともなかったかのように振る舞うのであろう。いつだって何かある時にだけ顔を出しに来ている。咲村先生はそんな人だ。
咲村先生はわざとらしく言った。
「おう!八橋じゃないか!部活楽しそうだな!」
「せ、先生いたんですか……ていうか何でいるんですか?帰り口はこちらになります」
オレがそう茶化したように部室のドアを差しながら言ったが、咲村先生は真剣に言った。
「さぁ。では、私はお前たちに今回の件について謝らないといけないことが2つある。1つ目は、今回、お前たちも知っているとは思うが、立花の件は残念だった。私の方でなんとかしておくはずが、上手くいかなかった。すまないな」
オレと富永は咲村先生の職員室での謝罪を見ていたためか、目を伏せていた。
「そして2つ目だが、部活についてだ。この件については私も昨日聞いたことなんだ。ビックリしたよ。まさか廃部にまでされるなんて。しかしこの件については私はどうもできないんだ。知ってのとおり今回の道楽部の廃部を決定したのは、生徒会長の山城だ。相手が教師ならまだしも生徒となると、私の立場からして生徒への圧迫になってしまってダメなんだ。だが今日ここに来て、お前達を見てこの2つ目の件は大丈夫だと思った。もう私が言いたいことは分かるよな?」
「はい!先生!ワタシ達にしかできない、ワタシ達がやるべきことですよね!」
「そういうことだ万条。ただ相手が生徒会長ともなるとお前らも大変だろう。しかしだな、ひとつ言っておくとすれば、意志のあるものの思いは届くはずだ。可能性は0ではない。任せたぞお前達」
「はい先生!」
「よし。いい返事だ。八橋、お前もいいか?」
オレは部員たちのように答えることはできなかった。
「オレは……」
「まったくなんだその返事はお前。まぁお前にも思うところがあるんだろう。とりあえずお前達上手くやれよ。私はそろそろ行くからな。あと、立花。家でゆっくり安静にしていろ」
「はい先生……」
咲村先生は部室を出て行った。部員達はすでに打倒生徒会長に燃え上っていた。それは自分のためであり、部員みんなのためであり、咲村先生のためでもあった。
その日、道楽部の活動は、廃部阻止作戦の会議をした。立花はすぐに家に帰り、抗議は万条と富永と大花とオレでやることとなった。とはいっても、オレはその作戦会議には特に発言せずにいた。オレは、この時、ふと、感じていた。
なんでオレはこの道楽部にいるのだろうか……。
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