第34話 二人の仲
「じゃ~ん!ここです!」
目的地に着いたとき、小池さんは、そこを紹介して言った。
「ここは、最近、できたパフェでね!最新の流行に敏感な人しか知らない店なのよっ!普通の人じゃ到底たどり着けないのよ。でも、アタシくらいに、流行に敏感だと、違うのよっ!」
と、小池さんは自信満々に言っていたが、万条は、この店を知っていた。今朝、ミキと話していたパフェ屋だった。
「あ、ワタシここ、知ってますよ!最近駅前にできたパフェ屋で、シェフが外国に修行したほどの腕前らしいです!しかも、ここ、開店してすぐに、人気に火が付いて、雑誌でも紹介されるくらいらしいですね!ワタシもここ、来たかったんです!」
「え、う、うん……そう……なんだ……よね!?」
小池さんは、万条の情報量に呆気に取られた。そしてさっきまで自慢して語っていた自分が恥ずかしくなった。
「小池。敏感なのは、お肌ぐらいにしとけ」
「うっさい!」
堀口さんにバカにされ、余計に恥ずかしくなった小池さんは、手で赤くなった顔を隠した。万条は小池さんを見て、不思議に思った。
「小池さん?どうしたんですか?体調悪いんですか!?」
「違うの。ありがとう……リア充ちゃん……じゃなくて、ユイちゃん……行こうか……」
「ほんとうに大丈夫ですか?」
「ぜんぜんだいじょうぶっ!!!」
小池さんは、顔から手をどけて、勢いよく言った。堀口さんは小池さんの方に手を置いて真面目な顔で言った。
「まぶしいな。リア充というものは」
小池さんが、元気を取り戻したあと、万条は、先輩にただ付いて行き、パフェ屋に入った。店内に入ると、おしゃれで可愛いお姉さんの店員さんが、先頭を歩いていた小池さんに尋ねた。
「いらっしゃいませー3名様ですか?」
店員さんは、ごく普通の、ありふれた台詞を言った。小池さんは、突然笑いだして、店員さんに言った。
「ふふふ、店員さんの目にはアタシたちが3人にしか見えないみたいだね……でも!実は――」
「3人でお願いします」
小池さんが、店員さんにダル絡みを始めたので、堀口さんはそれを遮って、店員さんに答えた。店員さんは実に、これぞ苦笑いという表情だった。
「あ、えっと、はい……では、こちらになります」
店員さんに従い、3人は席に着いた。
「……では、ご注文が決まりましたら、お呼びください」
「はーい」
店員さんはメニュー表とお冷を机に置いて行った。メニュー表は二つしかなかった。小池さんは、ひとつを万条に手渡した。そしてもうひとつを取って、メニューを堀口さんに見えないように見始めた。しかし、堀口さんは気にすることもなく、お冷に入っていた小さな氷を口の中に入れて、歯で砕いて、音を立てているだけだった。小池さんは、堀口さんに、悪戯っ子の目で言った。
「アタシはどうしよーかなぁ。ホーリーはどうする?」
「その質問は本気でしてるのか?そうだったら相当に頭がイカれているぞ」
「えーじゃあアタシは、オムライスかなー。ホーリーは?」
「小池。オムライスは置いてないと思うぞ。なぜならば、パフェ屋なんだからな。常識を持てお前は。全く……。じゃあ、オレはチャーハンにしようかな」
「人のこと言えないけど、あんたも相当、常識ないわよ」
「小池。まぁメニューを見れなかったから仕方ないな。なぁ、小池。そろそろメニューを見せろ。ていうか、万条ちゃんは決めたかい?」
「はい!ワタシはスペシャルミラクルプリティイチゴパフェにします!先輩たちは決まりました?」
「ユイちゃんすごいの頼むね……アタシは、このチョコイチゴパフェかな……って、うっげ、たっけーな。1000円するのね」
「小池。パチンコに行くってのはどうだ?」
「あんた。アタシにどれだけパチンコ打たせたいのよ……で、あんたは何にするの?」
小池さんは堀口さんにメニューを見せた。
「そうだな……オレはフルーツのにしようかな」
「意外と可愛いの、頼むのね……」
店員さんにそれぞれ注文し、しばらくしたあと、パフェがやって来た。そのパフェの豪華さに万条と小池さは、はしゃいだ。
「すごい!!美味しそうですよ!」
「そうだねユイちゃん!ほら堀口も見てみなさいよっ!」
小池さんは、子供のように、落ち着きをなくして、堀口さんに話しかけていた。
「小池。少し落ち着けって。じゃあ食べようか」
「はい!」
「いただきまーす!」
小池さんは元気に言って、自分のパフェをすくって食べた。
「んむふ~~!!美味い!」
小池さんは、美味しそうに笑って、パフェを食べ続けた。自分のを黙々と食べ進めていた。ふと、小池さんは隣の堀口が食べているフルーツのパフェをチラチラと見始めた。しばらく、何も言わずに、自分のパフェを食べていたが、
「あ!そのフルーツのパフェもおいしそうじゃない!?ひと口ちょうだい!」
と、我慢できずに、堀口のパフェに勝手に自分のスプーンを入れて、ひと口すくった。しかし、そのひと口は、ひと口のレベルではなく、パフェの入っているグラスの底までスプーンを突っ込み、下から上へパフェ全体をすくいあげるように取ったので、小池さんのスプーンには、フルーツパフェの核ともいえるソフトクリームとその上に乗っていたフルーツが、いまにも、落ちてしまいそうなくらい、大きかった。堀口さんは、それについて何かを言う間もなく、小池さんは、その大きなひと口を、大きく口を開けて食べた。
「おいひい~~」
と、小池さんはほっぺたを両腕で押さえて、言った。万条は、そのひと口の大きさにびっくりした。
「す、すごい……」
「小池。オレは思うんだ。それはひと口ではないと」
「スプーンの上に乗ったんだから、ひと口じゃないの」
「これは、近い未来、法律で、ひと口を明確に決める必要がありそうだな……」
そう言いながら、さりげなく堀口さんは小池さんのパフェを食べようとした。小池さんはそれに気が付いたとき、もう堀口さんはパフェを口に入れていた。
「あ!アタシの!ちょっと!」
「うん。これも美味いな。ときに小池。よくそんなことが言えるな」
「フッ」
万条は2人のやり取りを見て、笑ってしまった。そして万条は、ふと、疑問に思っていたことを聞いた。
「ほんとに、2人を見てると仲がいいですよね。もしかして、お2人は、付き合ってるんですか?」
「え?」
先輩たち2人は声を揃えて、驚いて声を発した。特に小池さんは顔を赤らめて、急に堀口さんの方を見なくなった。
「ユイちゃ~ん、それはないない!アタシがこんなメガネと付き合うわけないじゃーん。知ってる?こいつ、アタシに初めて言った言葉が、『消しゴム』だよ?」
「け、消しゴム……ですか?」
「そう。ありえないよねー。そんな変な奴と付き合う訳ないよ。なぁ、あり得ないよな堀口ィ!?」
小池さんは明らかに動揺しながらも、弁解し、最後の口調を、乱暴にして堀口に同意を求めた。
「小池。お前、顔が赤いぞ。どうした。今更になって、受験勉強への危機感でも抱いたのか?」
「ひぇっ!?」
小池さんは堀口がこちらを見てきたので、びっくりした。
「なっ、なんでもないわよ!このバカ!」
それから3人は、パフェを綺麗にたいらげた。3人はその後、帰ることにし、帰り道、堀口さんと別れた。小池さんとは、途中まで道が同じだったので、一緒に帰ることとなった。帰り道の途中で、小池さんは万条に言った。
「いや~今日はありがとねーユイちゃん。楽しかったよー。パフェも食べれたし、アタシはしあわせよー。で、どうだった?今日」
「ワタシ……楽しかったです!」
「あ、ほんとー?それはよかったよー。これを機にユイちゃん入部かぁー?」
と。小池さんはからかったように万条に言った。しかし、万条は返事をはっきりと答えることはせずに、反対に小池さんに、純粋な疑問を聞いた。
「あはは……、小池さんは、なんで道楽部に入ったんですか?」
「え?アタシ?」
「はい!」
「難しいわね……でも」
「でも……?」
「でもまぁ。アタシがこの部活やってるのは、簡単に言えば堀口といたいのよ。何か嫌なことあった時に、気を遣わないでぼけーっとできる奴とさ」
珍しく真面目な表情で語る小池さんの顔を見ながら、万条は少しその言葉にとても驚いた。
道を進んでいき、別れ道に辿り着くと、小池さんは、万条の顔を見て笑って言った。
「じゃあ、アタシこっちだからじゃあねユイちゃん~。また気が向いたら来てよ。いつでも待ってるよ~」
「はいっ!」
小池さんと別れたあとで、万条は、家にたどり着くまでに小池さんが言っていたことが頭から離れなかった。「アタシがこの部活やってるのは、簡単に言えば堀口といたいのよ。」という言葉が、何か、万条の中に残っていた。部活動をやっている理由として、誰かといたいから、という発想が万条にはなかった。
万条は気が付くと、足が勝手に動いていたようで、家の前まで辿り着いていた。
家のドアを開けると、真っ暗な部屋の中でカーテンと窓が開いたままだった。万条は焦ることなく、窓を閉めようとそこへ向かった。窓の隙間からは行ってくる春の夜の風は、万条には少し冷えたようだった。
「そっか……」
万条はため息のようにそう零した。家には誰もいなかった。万条の母は仕事でほぼ家に帰ってくることはなかったのだった。
万条は、真っ暗な部屋の中、壁を伝って、電気をやっと付けたかと思うと、机の上には、母が書いただろうメモと千円が置いてあった。そこには、
今日も帰れませんので、夜ご飯はこれでお願いします。
これは万条家ではよくあることだった。むしろ母がいる時は珍しく、万条が起きている時間に帰ってくることは少なかった。小さい頃からそうであったせいか、この状況に慣れてしまってはいたが、そうとはいえども、それでもやっぱり帰ってきたときに暗い部屋が待っていると寂しく思うこともあった。家に帰る度、万条は、家に誰もいないことを思い出すのであった。
しかし万条は、そんな感情に浸る暇もなく、その日は、メモを読んだ後、万条はそのままリビングにある、ソファに寝転がって、今日、小池さんが話していたことを思い出した。だが、それ以上に眠気でそんな場合ではなかった。そのままゆっくりと眠たい目をこすって、一言呟いた。
「それにしても、お腹空いたなぁ」
万条は、重たい瞼に逆らうことができず、目を閉じるのであった。
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