第18話 山頂の絶景

「やっぱりいないよね?どこ行ったんだろう」


「携帯には連絡したのか?」


「オーちゃん携帯持ってないよ」


 まじか。現代社会において携帯を持っていない人がいるなんて。


「知らないがすぐに戻って来るだろうよ」


「あれどうした?なんかあったか?」


 咲村先生がやってきた。


「あ、先生!ちょうど良かったです。オーちゃんがいないんです」


 咲村先生はそれを聞いて呆れた顔をしながら言った。


「え?はぁ……またか……」


「またって前にもいなくなったことがあるんですか?」


「まぁね。どこか出かけるとしょっちゅういなくなるのよあの子」


 めんどくさい子なんだな……。携帯持ってないし。


「どこか行ったまま帰ってこないんですか?」


「それが厄介なことにそうなんだよ……。しかも自分が迷子になってる自覚が全くないんだ」


 超めんどくさい子なんだな……。


「先生!探しに行きましょう!」


「うーん。めんどじゃなくて、ちょっとみんなで探してくれない?ワタシはここで待っているから」


 今、完全にめんどくさがってたよね?この人もめんどくさいよ……。


「ハッチー!とりあえず探しに行こう!」


「え~めんどくさいよ~。ちょっとみんなで探してくれない?オレはここで待っているから」


「お前、私の真似をして私を揶揄したか?今」


「し、してないですよ。偶々ですよ」


「そうか。では私はここにいるから行ってこい」


「それはめんどじゃなくて……」


「お前、また私を……」


「ほれ行くよ!」


 そう言いながら万条は無理矢理オレを立花と冨永のいる所へ連れていった。


「バナ君、ヒイちゃん。オーちゃん迷子になったみたいだからハッチーと探しに行ってくるね」


「あ、オレも行くよ」


「ワタシも行こう。人手は多いほうが効率がいいだろうからな」


「ほんと?ありがと!」


「っていってもどこを探すんだよ?この山道で」


「じゃあ、ハッチーは来た道を見てきて!多分まだそんなに時間経ってないから距離もないと思う」


「分かった」


「ワタシは先の道をちょっと見てくる!」


「あ、オレもいくぜ!万条さん!」


「ありがとバナ君。じゃあヒイちゃんはハッチーとお願い。じゃあ!」


「な、ちょっ!」


 万条と立花は行ってしまった。よりによって今、気まずい冨永とか。冨永をちらりと一瞥するとオレと話す気もなく先に行ってしまった。


「おい、待てって」


 そう言ってオレも冨永に付いて行った。オレと冨永はその後来た道を互いに無言で戻っていたが、なかなか大花が見つからないのでオレは言った。


「それにしてもどこ行ったんだ大花は」


「……」


「おい、聞いてるか?」


「聞いてない」


「聞いてんじゃん。反応くらいしてくれよ。ていうかこの前のことまだ怒ってるのか?」


「うるさい」


 と、いって冨永は、来た道ではない道へ行きだした。


「おい、どこ行ってんだよ!そっちは来た道じゃないぞ」


「こっちを探してくる。お前はそっちを探してこい」


 オレは冨永が歩いて行った道を見た。ふと、何やら倒れた看板が落ちていた。目を凝らして見てみると、立ち入り禁止と書いてあった。


「おい!冨永!待てよ。そっちは危ないぞ!」


 そう言ってオレは冨永の方へ行った。


「大丈夫だ。何にも問題はないではないか」


「立ち入り禁止って書いてあったぞ。さすがにこっちは危ないから、向こう側を探そう」


「じゃあ、大花が来ていたらなおさら危ないじゃないか」


「そうかもしれないが、オレたちが行くべきじゃない」


「……じゃあ、誰が行くべきなんだ?」


「それは……遭難救助の人とか」


「お前は他人任せだな。他人のことなんてあくまで他人事なのだろ」


「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。普通に危険だ」


「もういい。ワタシ一人で行く」


「おい。だから……」


 冨永はそう言って歩いた。オレも仕方なく付いて行った。しかし次の瞬間、冨永の足元は崩れて冨永は体勢が崩れそうになった。


「危ない!」


 オレは冨永を受け止めて一緒に山道を転げて滑り落ちた。


「……いてえ」


 オレは目をそっと開けて、自分の体が大丈夫なのを確認した後、冨永を見ると目を閉じていた。


「……」


「おい、冨永大丈夫かよ」


「う、う、ん?あ、ああ。落ちたのか?」


「そうみたいだな。でもまぁそんな傾斜じゃなかったみたいだな」


「わ、悪い……」


「別にいいよ」


 そうは言ったもののオレは足に痛みを感じていた。冨永を受け止めたせいか、足に負担がかかってしまった。


「その、大丈夫か?」


「大丈夫だよ。ていうか。そ、その離れてくれない?」


 冨永は足がすくんだせいかオレから離れずにいた。


「あ、わ、悪い!」


「ていうか、元の道行くために上登らないとな。立てるか?」


「ああ。大丈夫だ……」


 オレは冨永に手を差し出して冨永は立ち上がった。


「冨永、じゃあ、戻るか」


「ああ……」





 オレたちは元の道へ戻ってきた。

「ふぅ。戻ったな。それにしても大花はどこ行ったんだろうな。万条たちが見つけたか?」


「ワタシのこと呼んだかしら?」


「え?」


 ふと、振り向くと大花が平然と立っていた。


「ってお前。どこ行ってたんだよ」


「どこも行ってないわよ、ただ目的地へと向かって歩いていたら生き物さん達がいたの」


「どれだけゆっくり歩いてたんだよ……」


「生き物さん達が早いから」


 あぁ、さっきまで他人のペースに合わせてたオレがバカみたいだ。


「そうかよ」


「何はともあれ良かった。大花、八橋。とりあえず、早く戻ろう」


「そうだな」


 オレたちは咲村先生が待っているところまで戻った。無事に大花を見つけたと報告しに行くと咲村先生は軽く言った。


「いや~。そうか。はぐれなくてよかったよ。ご苦労だったな八橋」


「ほんとですよ」


「まぁそれはともかく。もうすぐ頂上だぞ。立花と万条はもう頂上にいるらしい。私達も急ぐぞ」


「やっと終わりですか」


「そうだ。もうすぐ終わりだ。山はいいだろ?八橋」


「そうですね。もう二度と来たくないです」


「まぁ、それは山頂に着いてから言いたまえ。絶景が待っているぞ」


「そうですか」


 それにしてもこんなにきついとは。山登り恐るべし。


「冨永、大花行くぞ。もうすぐ頂上らしい」


「ああ、分かった」


「ええ」


 頂上へ向って歩きはじめてから冨永がオレに言う。


「さっき咲村先生と何の話をしていたんだ?」


「まあ、山の話を」


「お前、山ボーイだったのか?」


「は?それを言うなら山ガールだろ、山ボーイってむさくるしいだけだろ」


「ていうか山ボーイってなんだ?」


 この女は。


「知らないのかよ、山ボーイっていうのは、とても素敵な男性のことをいうんだよ、まあ、あんまり使わない言葉だな、ちなみに一度も今まで誰かが使ってるのを聞いたことがない」


「お前、イタイぞ、やめろ」


「オレがイタイならいいじゃないかよ、お前はイタくないんだから」


「そうだな、続けろ」


 オレはその辛辣な冨永の言葉を聞いて思わず微笑みがこぼれた。


「ふっ」


「なんだ気持ち悪い。変な妄想でもしていたのか?変態」


「それでこそ冨永だな」


「……」


 冨永は恥ずかしそうにして黙った。そしてそのまま言った。


「その……さっきは悪かった。それに礼を言う」


 冨永のその素直な姿勢にオレも素直に対応しようと思った。


「いいよ。それに……オレも悪かった」


 冨永はそれを聞いて一瞬安心した様子だったが、また真剣な顔でこっちを見て言った。


「なぁ」


「ん?」


「この前は悪かった。手を出して」


「痛かったなぁあれは。これからはお前には歯向かわないことにする」


 冨永は少し間をおいて、


「でも……」


「え?でも?」


 冨永は深呼吸して言った。


「でも、今度誰かが困っていたら見過ごそうとするのはやめてくれ。味方になってあげてくれ。これだけ約束して欲しい。そして、ワタシだけでもいいから頼ってくれ。言ってくれ」


 オレはすぐに答えることは出来なかった。しかし、冨永の顔は真剣であった。こんなに真剣に頼まれたのでオレは反駁するという選択肢が選べなかった。


「………ああ、分かったよ」


 冨永はそれを聞いて安心した顔で笑いながら言った。


「じゃあ、山頂を目指すか!」


「そうだな」



 その後の、山登りは時間も早く過ぎてあっという間に山頂に着いた。そして、オレたちは万条と立花と合流をした。


「着いたー!」


 万条と立花はオレたちが来たことに気がついた。


「おー!やっと来たね!遅かったな!」


「お!ハッチー!ヒイちゃん!オーちゃん!先生!遅いよ!何やってたの?」


 万条が待ちくたびれた様子で言う。そして万条は山頂から見える景色を指差した。


「ほら、見て!」


 そう言われてオレと冨永は山頂から景色を見下ろした。

 山頂からは街が見えた。街の向こうには太陽が沈む準備をしていたが、橙色の夕陽は街一体をその色に染めていた。そして街の家々は所々に灯りが付きはじめていた。まるで夕陽が家々に灯りを与えているようであった。その光景を夕陽を浴びながら冨永は静かに言った。


「疲れたけどなんだかんだ絶景だな」


「でしょ!?ワタシもここお気に入りなの!みんなと一緒に見られて良かったよ」


「ああ、ワタシもだ」


 万条はオレの方を見てきた。そして感想を聞きだしたかったようで、


「ハッチー!どう?いいでしょ?」


 オレはこの質問に対して、


「そうかもな」


 と、毎度の無愛想に言うと万条はニッコリ笑い、


「よかった!」


 と、だけ言うのであった。万条はカバンから携帯を取り出した。そして携帯をいじった後に言った。


「ねぇ!みんなで一緒に写真撮ろう!」


「いいな!ユイ!」


「いいね!万条さん、撮った後でオレにも送って」


「うん!」


「あ、じゃあオレが撮るよ」


 オレはそう言った。しかし、万条は、


「ダメ!みんなで写らないとダメなの!」


 それを聞いて咲村先生は自分が撮ると言い、そして部員全員は景色を後ろにしてポーズを取った。オレ以外みんなはピースサインを手に作っていた。オレが写真に慣れておらず緊張していたせいか咲村先生は、


「おーい。八橋―。笑えー」


 と、言った。しかし、オレは笑顔を作ろうとするが上手く笑顔を作れないでいた。


「八橋―。リラックスしろー。じゃあ、撮るぞー。10÷5=?」


 10÷5って……そんな面倒な……。


「にぃーーー!」


 みんなはそう声を合わせて言った。そして写真を撮った。しかし、咲村先生は納得がいかないのか、


「八橋がうすら笑みを浮かべていて犯罪者みたいだな……。よしもう一回撮るぞ!」


 そう言ってまた撮る準備を始めた。


「よーしじゃあ、いくぞー!ルート4はー?」


 おいおい平方根にする必要あるのかよ。さっきから面倒だな。まぁ結局は2なんだけどさ。


「にぃーーー!」


 またそう声を合わせて言った。そして咲村先生もまた納得できないような顔をして言った。


「う~ん、今度は立花が目を瞑っているな。あとこの写真に犯罪者が写り込んでいるな……」


「ちょっとオレは何にも悪いことはしてないですよ。やめてくださいよ先生。ていうか笑えないんで真顔で写ります」


「そうか!まぁ仕方ないな。よし、次で最後にするぞー!」


 そう咲村先生が言い、準備をしていると万条が急に言い出した。


「バナ君、お願い」


 ん?なんか以前聞いたことあるような……?


「おう!」


 立花はオレの両腕を羽交い締めにした。

 まさかこれは、と思いながら万条を見ると万条は言った。


「これでどうだ!?」


 万条はこちょこちょをし始めた。そう、あの恐ろしいこちょこちょである。


「あははは!ちょっと万条……やめて」


「おー、八橋、いいぞー!このまま撮るぞー。1+1=?」


 おい。今回は簡単なんだな。


「にぃーーー!」


 そうしてオレはこちょこちょされたまま写真を撮られた。


「おっ。いいぞこの写真、みんな見てみろ」


 そう言って咲村先生は写真をみんなに見せた。その写真はオレを立花が押さえ万条がこちょこちょをしていた。そしてそれを見て冨永が笑い大花も微笑んでた。


「ハッチーが笑ってる!」


 オレの顔を見ると、無理矢理ではあるが顔は確かに笑っていた。


「もうこちょこちょはないと思ってたのに」


「あははは!」


「じゃあ、もう暗くなりそうだから帰るかー。行くぞー」


「はーい!」


 道楽部恒例の山登りをオレたちは終えた。何て言うか、何で山登りなんてしたんだ?ていうかもうすぐテストであり、こんなことをしている暇はないはずであるのに。それにしてもまたこちょこちょを受けることになるだなんて。



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