俺は暇をしていて忙しいっ!

ふくらはぎ

道楽部 入部編

第1話 また懲りもせず、春はやって来る


 ――よく人は毎日同じ日々の繰り返しで嫌気が差すという。


 しかし、オレはそうは思わない。人は同じ日常を嫌い、刺激を求める。つまり非日常を求めるのである。非日常。これは誰もが一回は望むものなのではなかろうか。だが、しかしオレは望まない。日々は重なり自分を取り巻くものは変わっていっている。人はそれに気付かない。いや、無関心なだけである。そういったマンネリズムに陥り、そして人々は三面記事的な他の目新しいものに目を向けることで刺激を求めるのである。

 オレはそんな誰にも気づかれない何気ない日々の変化を見つけるのが好きである。昨日見つからなかったことが今日、今日見つからなかったことが明日見つかるかもしれない。一日一日が大切だ。つまり、何が言いたいかというとオレは忙しいのである。


 オレは私立桜ヶ峰高校に通う少し怠け者な男子高校2年生だ。好きなことは休日、何もせずにダラダラすること。嫌いなことは部活動である。座右の銘は、暇をしていて忙しい、である。この怠惰な座右の銘を掲げているせいかオレは高校に入ってからというもの部活にも入らず、特に新しく仲のいい友達を作ることもしなかった。だからオレは日々学校のチャイム音がなれば、その音と共に帰り支度をしては家に直帰し、周りの生徒が放課後に教室に残ってはおしゃべりしたり、部活動に向かったりしてる最中、オレは一人、着々と作り上げた退廃的な習慣をこなすため家路に急ぐ毎日であった。新学年になったものの相も変らぬ態度で生活をしていた。クラスのグループはすぐに出来上がりクラス内には生徒たちの会話が行き交っていた。しかしながらオレはそんなグループに属することもしなかった。

そして順調にオレの高校生活、いや、怠惰生活は進んで行った。高校1年生も終わり、そんなオレにも平等に春は来るようであり、晴れて高校2年生に進級することができた。こうして光陰矢のごとし、時間は過ぎていくのであろう。


 春。それは出会いと別れの季節と言われる。桜ヶ峰新高校は新入生を歓迎するかのように、まだ桜の花びらは満開に咲き乱れていた。そのあと、否応なく聞こえてくる生徒たちの声に気付いてあたりを見まわしたら新しい季節が始まり人々は不安と期待に包まれているようだった。新しいクラス発表に期待を抱きその期待が叶った際に大喜びする人。仲のいい友達と離れ離れになり落ち込む人。新しい学園生活に心躍らせる人。さまざまな機微が、まだ学校中に溢れかえっていた。

 だがオレはと言えば不安と期待にも包まれることもなく、ただ怠惰のみに包まれていたのである。高校2年生になってもオレの生活は変わることもなく安全に、怠惰に過ごそうと思っていた。


 桜の花びらも気付けば散ってしまい、その散りゆく姿を見送った後、始業式が始まって1週間ばかりか経ったあたりの4月中旬であった。その日、オレはいつも通り学校へ行き、新しく決まった自分のクラスである2年A組の教室へ入った。朝のホームルームも終わり1限の授業前オレは教科書を準備して席に着いた。


「なぁ。八橋」


「なんだよ谷元(たにもと)」


 オレには唯一の友達がいる。それが話しかけてきた谷元である。オレの幼馴染で中学校から同じである、所謂腐れ縁である。この学校の唯一の友達であるこいつは人当たりの良い奴で、おしゃべりで、お節介をよく焼いてくるのだが、抜けているところもあり時々何を言っているのか理解できない時がある。

 谷元は不安そうな顔をして言ってきた。


「なあ八橋!もうすぐ英語のショートテストだけど勉強したか?」


「してないかな」


「だよな!あーよかった!てか、この前のノート見せてくれない?」


「なに?またかよ。あ、えっと。ちょっとまって……」


 カバンからノートを取り出そうとした時、大きな笑い声が前の席で集まって話していた女子の集団から聞こえてきた。


「あはは!だよね!ていうかアタシも全然テストの勉強してないよー。ノー勉ノー勉!」


「ワタシもやばいかなー。ユイー。ノート見せてくれない?」


「いいよー!ちょっとまって……」


 同じ教室の女子が大きな声で話していた会話が否応なく耳に入ってきた。しかも勉強してないという嘘をついている。

 何がノー勉だ。英語の参考書を買っている時点でお前はノー勉ではない。もっと言ってしまえば筆箱がある時点でお前は確信犯だ。

 オレは意識せずイスに座ったまま体を屈めてカバンからノートを取り出そうとしている女子生徒をボーっと見ていた。

 こいつもノートを貸す担当の役回りであるようだな。大変だな。まぁ名前も知らないがお気の毒な奴だ。


「ん?」


 オレが見ていることに気が付いたのか、ノートを取り出している女子生徒はオレの方を向いた。するとそいつと目が合ってしまった。しばらく目が合ったまま向こうはずっと目を逸らす素振りを見せない。しかしオレはそのまま目を逸らしてノートをカバンから取り出し谷元に手渡した。


「はいノート」


「お、ありがとうー助かったよ」


「いいよ。ていうか今度からノートとっておけよ」


「おう。てかさ……ここだけの話。万条(まんじょう)さんって可愛くないか?」


 いきなり谷元はクラスの女子の話をしてきた。男子高校生という奴は誰かが好きだの誰が可愛いかと言った話題で友達同士、盛り上がることができるらしい。


「万条?誰それ?」


「は!いまノートを取り出そうとしてた奴だよ。お前さっきずっと見てたじゃないか」


「へぇー」


 万条っていうのか。まぁどうでもいいけど。


「なんだよ……興味なさそうな相槌しやがって……よく見てみろって!可愛いから!」


 オレはもう一度万条という奴をを見てみた。クラスの友達と仲良く楽しそうにしており、元気であり、肩くらいにまでかかるセミショートで、艶があるが、少し外に跳ねた黒髪はどこか幼さも垣間見られた。顔立ちもハッキリとし、笑顔はどこか素朴さがある可愛さもあった。でも……


「ていうか、八橋よ。クラスメイトくらい覚えておけよ。で、どう思うよ?万条さんのこと!」


 谷元はどうしてもオレの意見が聞きたいらしい。おそらく自分が気に入った奴を他人からも共感されることで自分のそいつへの評価を正当化したいのであろうか。


「まあよく分からんがそうかもな。でも可愛いやつだって他にもいそうだけどな」


「まぁあなー。でもよ。なんていうかさーほら!万条さんは眩しいっていうか、女神っていうか!友達になりてーなー!なぁ!」


 何を言いだすと思えばこれである。何を言ってんだ?こいつは。理解不能だ。


「なんだよそれ。よくわからんな。ていうかもう授業始まるぞ」


「あ、やべぇ教科書出してなかった!」


「はぁ……」


オレがため息をついたところでチャイムが鳴り教室に新しい担任の咲村裕子(さきむらゆうこ)先生が入って来た。


「はーい。席着けー」


「はーい」


さっきまでの教室中に響き渡るしゃべり声が嘘のように生徒たちが静かになり席に着く。そして咲村先生の独り言が静かな教室で響く。


「あー、私教師よりアパレルの店員の方が向いてると思うんだよなー教師やめてー」


 おいおい。今この人何て言った?

 咲村先生は、見た目はメガネをかけていていかにも真面目そうでおしとやかな雰囲気なのだが、それよりもやる気というものがなく教師と呼ぶのは度し難いほどのアウトローな先生だ。


「じゃあ授業を始めるか……あーー(時計をチラッと見て溜め息交じりに)ってまだ50分もあんのかよ……」


 なんかこのひと、典型的なダメな生徒みたいだな……。


「はあ。やるか……教科書開けー。24ページだ。今日は――」


 生徒たちは言われたとおりに教科書を開く。教科書をめくる音が教室にいる生徒分、バラバラにそれぞれのタイミングで開かれる音が聞こえる。オレもその音達と同様に教科書を開く。開いた教科書には羅列された文字が並んでいる。だがそれを真面目に読もうとしている生徒などほぼ皆無に等しいであろう。もちろんオレもその文字の羅列をじーっと見つめているだけであり、終いには文字との睨めっこに飽き飽きし教室の窓から見える校庭を見つめるが、また飽き飽きしては教科書を見始める。そうやって繰り返し繰り返す。教室という空間に閉じ込められて高校生活というものを過ごしていき、またこの今日という日が終わるのであろう。


   

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