第9話 ファミレスにて

 ファミレスというのは賑やかであり、若者のたまり場としてもってこいの場所だ。例えば高校生とか。道楽倶楽部の部員とか。他の席には学生からサラリーマンまで多くの人々で埋まっていて、その人たちの話声が何の話をしているかは分からないが耳の中に音として入って来た。ファミレスのドアを開けて、入店して、すぐさまに店員が尋ねてくる。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


 冨永が答える。


「あ、えーっと、3に……4人か」


 冨永は悪意をぱんぱんに詰めてそう言った。


「おい、いま明らかにオレが最初意図的に省かれてたよな?」


「そんなことはないぞ。あれ?八橋はどこいった?」


 冨永は頭を左右に動かし、きょろきょろし始めた。


「まあ、そんな大胆にやられたら降参だわ。探すの手伝おうか?」


「何か変な声が聞こえ、且つ八橋がいないが気にせずにいこう2人とも」


 そう言って3人は行ってしまった。


 みんな酷くないですか……。


「まあ、声が聞こえるだけましか」


 店員に案内されて、テーブルに座る。もちろんファミレスに来たのだから注文をしなくてはならないので、各自、座り注文をすることになった。すると、万条がとんでもないこと言った。


「みんなドリンクバーでいい?とりあえず」


 と、とりあえずだと!?そんなとりあえずで頼んでいいほどドリンクバーはリーズナブルなものではないぞ。ブルジョワでない限りそんな簡単には頼めない。

だが、立花と冨永はあっさりと承諾してしまった。


「いいよ」


「うむ」


 なんだ、こいつらはただのブルジョワか。


「良くない、オレはいらない」


「え~。ハッチー!なんでよ?」


「飲み物は水でいい、飲み放題とは言うが飲むのには限界がある。飲み放題分の料金に見合ったほど飲める自信もないしな」


「お前、空気を読め」


「冨永。空気は読むものじゃない。吸うものだ」


「しょうもないな。お前は」


 すると、万条は店員を呼び、注文をはじめた。


「あ、ドリンクバー4つ!以上で」


「かしこまりました」


 かしこまっちゃった。あれ?もう一人くるのか?万条、立花、冨永、オレ、どう考えても四人だ。そしてオレは頼んでない。おかしいな。


「誰か他にもくるのか?」


「またまた、八橋の分だよ」


 立花は笑って、小バカにしたように言った。


「いらないって言ったんだが。万条、聞いてた?」


「あ。ごめん、聞いてたけど無視しちゃった!」


  ……聞いてたけど無視しちゃった!だと?

 ま、万条許さない。こうなったらいろんな飲み物のんでやる、コーラとかオレンジジュースまぜちゃったりしてね。ちなみに一番、まずい組み合わせはコーヒーとオレンジジュースだ。そう、あの皆さんご存知のオレンジコーヒーだ。是非、嫌いな人に作ってあげてみてね。ということで。


「オレ、飲み物取ってくるよ。何がいい?」


「ワタシも手伝う!」


それは困る。コーヒーとオレンジジュースを混ぜたものを万条に渡すつもりなんてないが困る。


「オレ一人でいいよ」


「いいって!」


 ちっ。ここまで来たらこいつは退かないだろうな。万条に飲ませてやりたかった。オレンジコーヒー。美味いんだよ?騙されたと思って飲んでみなよ。騙されてるからさ。


「ワタシはウーロン茶を」


「オレも」


 オレと万条は飲み物を取りに行く。取りに行く途中で万条が、


「イタズラしない?」


と、小悪魔な笑顔で言った。


一緒に来たのはこの為かよ。しょうもない。この小悪魔にイタズラしたかったよ。


「そんなことするのなんて中学生までだろ」


 そう、中学生までである。いや、高校生までだな。


「えー」


 と、言いながら万条はコーラとジンジャーエールを混ぜていた。それでイタズラをしたつもりなのであろうか。


「それは普通に美味しいと思うぞ」


「そうなの?じゃあ、何がいいかな?」


「まあ、オレンジジュースとコーヒーなんかまずそうじゃないか?試しに飲んで確かめれば?」


 万条は自分のグラスにそれを作った。


「うわっ。なにこれ」


 万条は険しい顔をしてそれを見ていた。


「飲んでみたら?」


 飲め!飲め!


「え~。でもこれ、見た目がすごい……」


「でも本人が飲んでみないとイタズラしようもないと思うぞ」


「確かに……」


 飲め!飲め!


「じゃあ飲んでみる!いくよ!」


愚かしいことに、しかしオレにとっては喜ばしいことに、万条はオレンジコーヒーを一口飲んだ。バカめ。


「うわっ!なにこれ!不味い!」


 万条はすぐに他のグラスに水を入れてそれを飲み干した。


 よし。オレの仕事はおわった。


「こ、これ凄く不味いね。よくこんなの……。もしかしてわざと?」


 ギクッ。


「まさか、思い付きだよ」


 以前に谷元と来てオレがオレンジコーヒーの餌食となってその不味さを知っていたわけではない。


「怪しい……」


 万条はオレの顔をじっと見てきた。


「ま、まあ……ど、どうする?2人に飲ませるの?」


「1つだけにしてどっちかに飲んでもらおう」


「さいですか」


 もし冨永が当たったら少しかわいそうな気もするが。ファミレスにトラウマができるかもな。



 オレと万条はその悪魔の飲み物を机まで持っていった。オレと万条はそれぞれジンジャーエールとオレンジジュースである。心が痛む。恨むならこの大悪党の万条を恨んでくれたまえ。


「持ってきたよー!」


「有難い」


「ありがとう、少し遅かったな、イタズラとかしてない?」


 立花。いい推測だ。大正解だ。


万条はその問いに対して動揺したせいか、


「え?う、うん。したないよ」


 おいおい。したないって。してるでしょ。バレバレだぞ。


「そっか。ありがとう」


 立花は綺麗にオレンジコーヒーを避けた。この時点でオレンジコーヒーの餌食は冨永になったようだ。万条は冨永の反応をさりげなく窺う。おそらく立花も気づいたのであろう、同じように冨永を窺がっていた。冨永はついにそれを飲んだ。


「う……」


 二人はその反応を見た。万条は笑いを抑えていた、立花はニコニコしていた。

こいつら、たち悪いな。オレが言えないか。

 しかし冨永は、万条のイタズラも空しく、


「う……美味い。これはなんという飲み物だ?」


 と言った。


「え?オレンジジュースとコーヒーを混ぜたものなんだけど」


 万条はあっけらかんと言った。


 ……あ、あのオレンジコーヒーを美味いだなんて、なんて奴だ。


「そうなのか、わざわざ済まないな」


「あ、う、うん。良いよ!」


「これほど、無意味だと思える時間はないな」


 オレが万条に言うと、それに反応したのは、終始オレに対して当たりがきつい富永だった。


「え?何か言ったか透明人間」


 と、冨永はオレを見もせずに、言った。


「まだ見えてないのかよ。声は聞こえてて良かったよ」


「ていうか、みなはクラスどこなのだ?ワタシはB組だ」


「すげぇ話変えたな。ていうか、無視かよ。とうとう声も届かなくなりましたか」


「うるさいぞお前。ユイはどこなのだ?」


「ワタシはA組。オーちゃんはD組」


「オーちゃん?」


 冨永は首をかしげて言った。


「ああ、オーちゃんは部員なんだ!今は来てないけど……」


「そうなのか……。今度会ってみたいな。で、立花は?」


「オレはC組。みんなバラバラなんだな」


 冨永はオレを見て、


「お前はいいか」


「おい、オレだけ扱いひどくないか。ていうか見えてたんだな」


「たしかにな、気を付けるよ、埃君」


「埃君って……」


「埃君はね、ワタシと同じクラス」


「お前も共犯者か万条被告人」


「だからワタシが見張ってる」


「いや、見張ってるっていうか無理矢理だろ」


「ハッチーすぐ帰るから追いかけるの大変なんだよー」


「いや、頼んでないから」


「いいじゃん!ただでさえ怠け者なんだからさ!」


「何が悪い。悪いところを言ってみてくれ。オレは聞かないけどな」


「意味ないじゃん!」


そのやり取りを見ていた冨永は小さな声で、



「羨ましい」



と、小声に言ったのが聞こえた気がした。オレは冨永に聞き返した。


「え?いま何て?」


「いや、何でもない」


「そうか」


オレの聞き違いか?


富永は、自分から話を変えようとした。


「話題を変えよう。誰か話題を提供してくれ」


 合コンみたいなこと言ってるなこいつ……。


「なんで、冨永さんはこの部活に入ろうとしたの?」


 と、立花はニコニコしながら尋ねた。 


「ワタシはユイと八橋を学食で見かけてなんだこの人たちはと思ったのがきっかけだ。その後も何度か見かけてこの前、チラシを見て行ってみようとおもってたが迷っていた。そしたら咲村先生に勧められたのだ」


 あのハラスメントか……。ていうかこいつ一人で学食行けるのか。すごいな。


「ヒイちゃん、入ってくれてほんとにありがとうね!」


「ワタシはそんな礼を言われるほどのことは」


「いや、ワタシは嬉しかったよ。入ってくれて」


「そ、そうか。それはよかった」


 冨永は照れを隠しながら言った。


「うん!じゃあ、そろそろこの次の活動何するか決めようか!」


 と、今度は万条が余計なことを喋り始めた。


「そうだな、みな意見はないのか?」


 オレは一つ聞いてみた。


「ていうか高校生ってなにやって遊んでるんだ?」


 高校生の立花が容易に答えた。


「八橋も高校生でしょ、定番といえばカラオケ、ボーリングとか?」


「それは忙しいな」


「ワタシ達もそれらをやってみるのはどうだ?」


「論外だな、金と時間と体力を消費した後の見返りがないに等しい。まあ、疲労くらいか?得られるのは。特に金を消費するのが痛い」


 と、呟いた。


「ハッチーってケチだよねー」


「吝嗇家と呼べ。こっちの方がカッコいい」


「八橋。お前そんなにケチだとは。ケチそうな顔してるけど」


 どんな顔だよ。後でネットで検索してみるか。


「だから昼ご飯食べてないのか!」


 万条はどうやら今更になって納得したようだ。


「そうだ」


「ちょっとまて。話が逸れている。お前話の腰を折るな。黙っていろ」


「………」


「じゃあ、とりあえずボーリングあたりやってみよっか?」


「ワタシは賛成だな」


「オレも」


 立花がニコニコしながらこちらを見て言う。


「多数決ではすでに賛成3人だけど、八橋はどう?」


 それ、もうすでに過半数以上じゃないか。これが多数派の専制か。少数派の居場所はいつもない。


「………」


「聞いてる?」


「………」


 だって、黙れって言ったよね?


「はぁ。こいつはバカで子供だな。しかもこいつが賛成するはずがない」


「あはは!確かにね!そういうことだからよろしくね!とりあえず、また明日話そうか」


「そうだな!」


「じゃあ、帰ろっかそろそろ」


「そうだな」


 オレたちはその後、ドリンクバーで3、4時間程滞在し、思っていたよりもドリンクバーを堪能したのだった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る