第24話 意外な姿
ある日の放課後。授業が終わり、万条はオレに「部室に来い」ということもなしに、真っ先に部室へ向かった。オレはいつものように道楽部の部室へ行こうと、教室を出る準備をしていた。準備が終わり、前のドアから教室を出ようとした時、教室で黒板消しで黒板を消している咲村先生は手を止めて、オレを横目で見ながら話しかけられた。
「八橋。最近どうだ部活は?」
「急に何ですか先生。仕方なく毎日出ていますけど、相変わらず万条はうるさくて、冨永はオレに辛辣ですし、立花はバカ過ぎて困っていますよ。大花もいつも本を読んでて……あの部活って本当に変ですよね。疲れますよ」
オレがそうめんどくさそうな顔して話しているのを見て、咲村先生は微笑みながら、一言だけ言った。
「そうか」
「え?それだけですか?」
「そうだが。なんだ?何か文句でもあるか?相手してやるぞ?」
「い、いえ。結構です。じゃあオレは……行きますんで」
咲村先生は何も言わずにまた黒板を綺麗にし始めた。
オレは部室へ向かっていた。今日もまた家ではなく部室に向かっていた。最近のオレはもう、オレが帰ろうとしたら万条や咲村先生が強引にオレを部活へ連れていくから部活に出ることは仕方ないことだ、としていた。
体育館前を過ぎ、文化部の部室が並ぶ第3校舎まで辿り着いて2階まで上がり、部室のドアを開けた。既に部員は集まっており、楽しそうに座っておしゃべりをしていた。
「よっ!ハッチー!少し遅かったね!っていつもか」
「おう万条」
「なんだ。お前か」
「おう冨永」
「おお!八橋~遅かったな!聞いてくれよ!今、オレが夏休みにまたみんなでホラー映画見たいって言ったら何故か冨永さんがすごい剣幕で、『却下だ』って言うんだよ……冨永さんホラー映画好きなんだし何でこう言われたのか分からない」
「立花お前知らないのか?実は冨永は――」
すると急に冨永は立ち上がり、夏休みの予定を紙に書きだしていたのか、右手に持っていたシャープペンシルをオレの首元で止めた。
「死にたいのか?それとも死にたいのか?」
オレは息を飲み、両腕を挙げた。
「か、勘弁してください……」
「どれか選べ。1、今すぐワタシに殺される。2、後でワタシに殺される。3、今も後でもワタシに殺される。さぁ!選べ!」
冨永は左手の指の人差し指、中指、薬指を立て、殺気を込めて言った。オレは再び息を飲んだ。
「……4の、以後気をつけますのでお許しください……」
冨永はオレを睨んだあと、言い捨てた。
「まぁいいだろう」
「ヒ、ヒイちゃんすごい……」
「で、冨永さんは何でさっきオレに――」
オレは立花の言うことを遮って言った。
「で!お前ら何やってたんだ?また夏休みの話か?」
「そうだよ!ハッチー!てか座りなよ」
「そうだな」
オレは座りながら、机に置いてある、夏休みの予定を書いてある紙を見て、そぞろに言葉をこぼした。
「それにしても、そんな話してよく飽きないな」
「そりゃ飽きねぇよ。楽しみだもんな」
「そうだ。夏休みというものはみんなで遊ぶんだぞ八橋」
「冨永それは違うな。夏休みは確かに、みんなでワイワイ遊ぶ奴もいる。しかし全員がそうじゃないんだ。遊ぶだけが休みじゃない。いや、むしろ休みなのに遊ぶ意味が分からない。休日って言葉を辞書で引いたことはあるか?お前らには是非、一度引くことをおすすめするな」
「はいはい。ていうかさハッチー。去年の夏休み何やってたの?」
「おお。是非とも聞いてくれた万条。聞かせてやろう。まずは夏休みの基本である夜更かしについて教えてやろう。夏休みにおいて夜更かしは欠かせない要素だ。何といっても、次の日が休みであるからだ。考えてみろ?次の日に学校がある日なんて夜更かししたら遅刻確定だ。でも夏休みはそれがないんだ。まぁ夜更かしと言っても人によってやることは異なるだろうが、オレの場合は、本を読んだり、漫画を見たり、パソコンをいじったり。こんな最高なことがこの世にあるか?それに夜中のカップラーメンよりも美味いものはない。これは夜更かしをしていないとできないことだ。つまりは選ばれ者のみに許された権利!夜更かし初心者のお前らに夜更かしの先輩であるオレが言えることと言えば、オレのレベルになると、夜更かしするとやって来るのは朝ではなく、昼ということだ。どうだ?もっと聞きたいだろ?」
自信満々に語ると、部員達は呆れた顔をして、オレの方を見ていた。
「ハッチー。聞かなきゃ良かったかも」
「なっ!万条なんてことを!」
「さすがは八橋。期待を上回るクズっぷりだな」
「冨永……」
「オレはお前が何言ってるかさっぱりだったぜ」
「立花お前は仕方ない」
「え!?」
「ハッチー。他!ないの?どこかに行ったとかさ!谷元君と遊んだりしてないの?」
「まぁ何度かは遊んだが、特にどこも行ってないな。ていうか夏休みって意外とどこも行かないで過ごしてるうちにすぐ終わっちゃうものじゃないか?夏休みをあと2年は延ばすべきだな。そういう万条はどっか行ったのか?ああ、そうか。行ったのか。へぇ。もういいよ」
「ちょっと!まだワタシ何にも言ってないっ!ワタシはねぇー一番楽しかったのは海かなぁ!海で泳いで、昼ご飯は海の家で食べたり、スイカ割りしたりしてから、花火して……楽しかったなぁ」
「ふーん」
「興味なさそうだね。でも心配しないで!ワタシが今年一緒に行くから!絶対!」
「いや、オレは行きたいとは言ってないけどな」
「楽しみだなー」
「最近、お前らそればっかりだよな」
しばらく部室でいつものようにたわいもない会話をして6時になっていることに気付き、部員一同は帰宅することにした。帰る支度をして、部室を出て鍵を閉めた。すると、万条が急に何かを思いついた顔をして、こう言った。
「今日、ジャンケンで負けた人が職員室に鍵を持っていこ!」
「え?万条でいいじゃん」
「えー、なんかジャンケンして決めた方が楽しくない?」
「楽しくない」
「じゃあ、負けた人が鍵ね!一回勝負!」
「無視かよ……」
「八橋。負けなければいいんだよ」
「立花そう言うのは簡単だが、負ける可能性がある時点で、リスクがあるんだ。ここは第三校舎。職員室は第一校舎だ。校内で一番遠い距離だ」
「リスクって……大げさじゃない?」
「ユイ。いいぞ。やろうではないか」
「オーちゃん!いい?」
「いいわよ。ワタシ負けないもの」
「じゃあ、みんないくよー!」
ほう……。皆さんやる気のようだ。
しかしどうしたものか。オレは無駄な体力は使わない省エネ派なのだ。使う体力は必要最小限にとどめたい。ここは勝たなくては。絶対に負けられない。
「待て。ちなみにだが、オレはグーしか出さないからな」
「うわっ!出た!ハッチー」
「じゃあワタシはパーしか出さないぞ」
「富永さんまで……みんな!オレそういう心理戦苦手だからやめようぜ!」
「生き物さん。じゃあワタシは、グーかチョキかパーを出すわ」
「おい大花。それは当たり前なことを言ってるだけだぞ……」
それにしても、ジャンケンを5人でやるということは普通にやればオレが勝つ確率は10/27。一回勝負のジャンケンでこの確率を信じて勝負するのは愚の骨頂だ。
ならば、心理戦に落ち込めばいい。あえてオレがグーしか出さないということでオレにはグーしかないと思わせる。しかしそんなことはない。オレの持ち札はグー、チョキ、パーの3つある。そう。確率は本質的には変わっていなかったが、オレの発言によりこの10/27という確率は変動する。
おそらく、みんなはオレがグーを本当に出さないとするであろう。まぁ実際、オレもグーを出すつもりなんて発言した時はこれっぽっちも思っていない。つまりはみんなはオレがグー以外の、チョキかパーを出してくると踏んでいるはずだ。この場合、みんなが出して必ず負けないのは、チョキだ。なるほど、パーしか出さないと言っていた冨永もおそらくはパーではなく、チョキとみた。
ならば、オレはグーを出せばいい。そうだ。これならば、オレは勝てる!!
「もういいか?オレはもう大丈夫だ。念を押すが、オレはグーしか出さな……」
……ん? 待てよ。
これでは上手くいきすぎではないか?オレがみんながチョキを出すと予想し、グーを出すことをみんなが読んで来たらどうする?その場合、皆はオレに勝つためにはパーを出してくることになる。
そ、そうか!冨永はこれを見越して、パーしか出さないと言ったのだな!なるほど。もう分かったぞ。絶対に負けない方法、つまりオレが出すべきなのはチョキだ!!
「ハッチー。いい?みんないくよー!」
「ああ!いいぞ」
「ジャンケン……」
手に汗を握った。この勝負オレに敗北という文字はない。
「ポン!!」
オレはみんなが出した手の形を見た。勝敗はついた。しかしその結果に唖然とした。
万条と立花と大花はグーを出していたのだ。冨永はチョキを出していた。
「なっ!?」
「やったーワタシ勝ったよー!ていうかハッチーはグー出さなかったじゃん!」
「よっしゃ!なんか嬉しいなこれ!」
「生き物さんは裏の裏をかいてチョキを出すと思ったわ」
「な、なんということか……」
オレは共にチョキを出して負けた冨永を見た。冨永は納得いかなかったような顔をしていた。
「なぜだ……ワタシが……」
「まぁ、チョキはないぜ冨永……っていや、もしかして裏の裏の裏までかいたのか?」
「うるさいっ!」
「お前、ジャンケンごときでよくやるな……」
「ハッチー、それはハッチーが言えないよ」
くっ。オレも冨永も嘘までついて負けたってことか……。
「じゃあ、負けた2人は鍵をよろしく頼むわ。早く戻してきた方がいいわ」
「そうだな……行くか冨永」
「ああ……」
○
冨永と鍵を職員室へ持って行くことになった。職員室まで歩き、ドアを開けた。
「失礼します」
職員室に入って鍵置き場に行っていると、教頭の前で咲村先生が頭を下げているのが目に入った。
あの人も人に頭を下げることもあるんだな……。
冨永もそれに気付いたのか、オレに話しかけてきた。
「何だろうかあれは。咲村先生が頭を下げているではないか。しかしあの人も人に頭を下げることがあるのだな」
「あ……ああ……そうだな」
鍵をもとの位置に戻し終わり、職員室のドアに歩いていると、教頭の怒り声が聞こえてきた。
「ダメです!今回は見逃すことはできません。近年、規則は重要視されています。今回のようなことを放っておく訳にはいけません。何度言えば分かるのですか。咲村先生」
「ですが、この間は今回は注意で終わらせるとおっしゃっておりましたし、今回このような処分はやりすぎではないかと……」
咲村先生は頭を下げながら横目でオレたちが職員室に来ていることに気が付いた。そして気付いた瞬間に、教頭にもう一度頭を下げてからこちらにやって来た。
「おう。お前たち。どうかしたのか?ん?職員室に八橋がいるなんて珍しいな!はっはっ!」
「ワタシ達は鍵を戻しに来たのです」
「先生。笑ってますけど、その、今の何ですか?」
「それはな……まぁお前達は気にすることはない。そろそろ帰りなさい」
「はぁ。わかりました。では失礼します」
オレたちは職員室を出た。オレは出る直前にもう一度咲村先生の方を見た。咲村先生は再び、教頭に頭を下げていた。
冨永とオレは、校門で待っている万条たちと合流するために、そこに向かっていた。下駄箱で靴を履き替える時、冨永は言った。
「咲村先生。何かあったのだろうか」
「さぁな……」
オレたちはその日、無事に帰宅した。咲村先生は一体何のため頭を下げていたのだろうか。あのパワハラで奔放な咲村先生でも人に頭を下げることがあり、オレはその日の光景を見たくなかったと思いつつも、そういうものであるのだと受け入れた。
オレはここまま何となく日々は終わるものだと思っていた。そしてすぐに夏休みがやって来て、道楽部で集まることになり、また時はすぐに経ていくものだと思っていた。
しかし夏休みはそう簡単には来なかったのだ。
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