万条のアナザーストーリー編

第31話 アナザーストーリー

 夏休みが近づいていたある日のこと。

 道楽部は、毎度のこと、5人が部室に集まり、他愛もない会話をしたり、各自で好きなことをやって、放課後というものを過ごしていた。所在ないオレは、席を立ち上がり、部室にある本棚の前に立った。何か、面白そうな本はないかと見まわすが、部室の本棚に並ぶ本も、ある程度、読みつくしてしまったので、本棚を見やるのを止めて、やっぱり再び、席に着こうとした。しかし、その時、本棚の隅にあった、背表紙には題名も何も書かれていないが、装丁は一丁前の、まだ読んでいない本があったことに気が付いたので、それを手に取って、開いてみた。


「なにこれ」


オレが、ボソっとそう言うと、万条はオレが開いていた本を見て、言った。


「あっ!それアルバムだよ!」


「道理で、文字がないわけだ……」


「八橋。それは当たり前だろ」


 万条の「アルバム」という言葉に、立花と冨永は反応した。オレはアルバムを机の上に置いて、全員に見えるように、開いた。そこにある写真には、万条と大花と、先輩らしき人が二人が映っていた。大花はそれをちらっと見てから、言った。


「あら、懐かしいわね」


「うん!懐かしいねオーちゃん!」


 オレと立花と冨永は、それを見ていた。その後に、冨永は何か、思いついたような表情をした。オレは嫌な予感がした。しかし冨永は気にせずに言った。

「ワタシ達もアルバムを作るのはどうだろうか⁉」


 ……はぁ。やっぱり……。何を言いだすかと思えば。


「いいね!ヒイちゃん!」


「最高だよそれ冨永さん!」


 そして道楽部の部員はオレ以外の全員がその提案に賛成する……。

 全く。仕方がない。オレがアルバムづくりなんて面倒なことのデメリットを道楽部員に教えてやろうではないか。


「あのな。お前らよく聞けよ。そもそも論だが、写真っていうのは――」


「いいね!じゃあ、作ろう!」


 オレが、写真についてのデメリットを言おうとすると、万条はそれをワザと遮って言った。


「おま、オレが話している途中だろうが……」


「うん!知ってるよ!」


「え、お前、よくそんな態度ができるな……。それはさておき、さっきの話の続きだ。いいか?だから写真っていうのはだな――」


「あ、ていうかこの二人って、先輩達?」


 立花は、オレの言うことを遮って、名前を知らない二人のことを聞き始めた。その後に、立花と冨永は再び、そのアルバムをゆっくりと、見始めた。


「立花……。お前もか……」


「うん!バナ君。小池さんとホーリーさんって言うんだよ!」


「いやいや。なに普通にオレの話すことは遮ることは当たり前かのような態度をとるなって……。ていうかホーリーさんって……。すごい眩しそうだな、あはは。それはさておき、てオレの話をき――」


「アルバム作るの楽しみだね!みんな!」


「そうだな!」


「うむ」


「ええ」


「……」


 ……あれ?おかしいな。オレ全然しゃべれてないぞ……。


 オレは再び、喋ろうとした。しかも、早口で。


「そんなことよりもしゃしんっていうのは――」


「それにしても先輩たちはなんというか、賑やかなでいい人たちだったわ」


 今度は大花が、オレの言うことを遮った。


「まてまて。全員でオレの話をさえぎ――」


「そうだよねっ!ほんと、いい先輩だったなぁ」


「……」


 ……まぁ、生きていれば、こんなこともあるだろう。オレもバカじゃない。今の会話の流れを帰納的観測により次の、出来事が予想できている。つまり、次、オレが何かを言おうとしたら、まだオレの台詞を遮っていない冨永が遮って来ることだろう。流石のオレだって、そんなセオリーくらいは心得ているつもりだ。それに冨永だってバカじゃない。おそらく次は自分が、オレの会話を遮りたくてうずうずしているに違いない。

 ……まぁ、仕方ない。この道楽部のくだらないお遊戯に付き合ってやろうじゃないか。

 オレは再び、冨永に遮られるの待ちで、写真について話した。


「へぇ。とにかくだ。写真っていうのはだな……シャッターを切った瞬間、つまりは、その時、一瞬を切り取っているんだ……それは……自らの過去を思い出すための媒体に過ぎなくて……。だから写真は……」


 オレはいつまでも遮ろうとしない冨永の顔をチラチラと見た。するとそのオレの戸惑った様子に冨永は気が付いた。


「どうしたお前。何をチラチラとこちらを見ている。こちらを見るな」


「それはそれで酷い話だな……ていうかまだですか?」


「なに言ってるんだ?八橋。ていうかお前、続きを言え。だから、写真は何だというのだ。話を途中できるなんて失礼だぞ」


 へ、へぇー……そ、そういうことするんだ……。


「……だから写真はだな……その……」


「ああ」


「……とってもいいんじゃないでしょうか?」


「なんだ?それだけか?まぁでは、何かボソボソとうるさい声が聞こえたが、そろそろ今日は帰るか!」


「むぅ……」


「そうだね、ヒイちゃん!」


「帰ろうぜ!」


「そうね、そろそろ帰りましょう」


 オレたちは、帰り支度をした。オレは部室を出ようとした時、万条はまだそのアルバムを見ていた。どこか懐かし気に、しかし、嬉しそうに、少し微笑みながら見つめていた。オレは帰りを急かすことなく、また懐古の念に浸っている万条に何か声をかけることもせずに、先に部室を出た。


 万条は、そんなオレの素晴らしい気遣いに気付くこともなく、アルバムを見つめて、ボソッと独り言を言った。



「ほんとになつかしい」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――高校1年生 5月某日。


 元気で、人当たりのよく、周りの人々から好かれる人気者だった彼女は、今日も、学校へ向かって走っていた。寝坊をしたのだろうか、彼女は、髪がまだ寝癖が付いたまま、その跳ねた髪が風に揺らぎながら、走っていた。――彼女は、今朝目が覚めると、8時ごろだった。昨日うっかり寝てしまったことに気が付いて、急いで学校の準備をして、家を出たのであった――

 大急ぎで学校へ向かって、走っていたが、もう朝のホームルームの時間ギリギリで、時計を見ると、遅刻まであと5分。赤信号で足止めされているのにもかかわらず、足は勝手に足踏みをして、信号が青になるのを待っていた。

「あ~、遅刻しちゃうよ~」

そう呟きながらその場で足踏みをして、信号が青になった瞬間に彼女は走って、学校へ向かった。遅刻まであと3分。それでも彼女は、諦めずに走っていた。見慣れた建物を横切り、颯爽と走り、やっと校門が見えてきた。

 時計を見ると、遅刻まであと1分……。

 校門の前では、教頭が校門を閉めかけている。先生は彼女が走ってきていることに気が付き、校門を完全に閉めることを止め、時計を見始めた。

遅刻まであと10秒。9秒……5秒……3……2……1……、



「間に合ったっーー!」



 そういって校門を通った彼女を教頭は、呆れながらも、称賛した。


「万条さん。なんというか、その諦めの悪さは、驚くべきというか、流石というべきか……」


「先生、遅刻じゃありませんよね?」


 彼女は、笑ってそう言い捨てると、そのまま下駄箱に向かって走った。そのまま教室まで向かい、教室の前まで来て、咲村先生が話している声が聞こえて来なかったので、間に合ったと思い、安心して、教室に入り、自分の席に着いた。すると、クラスの中でも、仲の良い友達である、ミキが話しかけてきた。


「ユイ遅かったねー?」


「えっと、うん。寝坊しちゃった!」


「そっかぁ。お母さん起こしてくれなかったの?てかうちのママさ、7時半に起こしてって言ってるのに、わざわざ7時に起こしてくるんだよねー。7時半って言ってるのにさーなんで指定した時間に起こしてくれないんだろうねぇ~」


「そうなんだ……」


 この現象はよくあることである。家族に、特に母親に「明日、○時に起こして」と頼んでから、いざ指定した時間よりも30分くらい早めに起こしてもらうと、本当に起きたい時間ではなく、また本来ならばなかった30分ぶんの眠気があるからか、イライラしてキレてしまう例のアレである。


「ていうか、ユイ。まだ少し髪跳ねてるよ」


「えっ、嘘?どこ?」


「そこらへん」


 万条は、手を櫛にして、襟足の髪をといてみるが、意志を持ったように髪の毛はピンっと跳ねている。万条は、諦めて、バックを机の上に置いて、その中から教科書を取り出し、机の中へ入れていた。ミキは万条の、ひとつ抜けたような姿を見て言った。


「てかさユイ。ユイは可愛いんだから、もっとちゃんとした方がいいよ」


「え、ちゃんとって?」


「う~ん、なんていうかさ。あの……例えば、そうだなぁ……大花さんみたいな感じだよ!勉強もできるし、きれいじゃん」


 そう言って、ミキはクラスにいる大花を見て、言った。万条は、大花を見た。彼女は、小柄な体で、結ばれていない髪は肩までかかるくらい伸びて、さらさらしていた。大花は、そのとき、頬杖を付いて無表情に窓の外を見ていた。それは大花がいつもしていることだった。

 万条は初めてしっかりと大花を見た。まさに、才色兼備というものだった。


「うん……たしかに……」


「まぁ、でもユイは勉強しないだろうし、大花さんみたいに、おしとやかでもないかぁ」


「ぐっ……」


「それに、ユイはおしゃべりだし、全然似てないねー」


「ぐっあっ!!」


「それに勉強しないし、おしとやかじゃないからなぁ」


「ぐ……それ二回目だよ……」


「あはは!まぁさ。もしユイが、大花さんみたいになってもねぇ……」


「え?どういうこと?」


「いやー、なんでもないよ!ていうかさ。今日、あの新しくできた駅前の店でパフェ食べない?ワタシ一回行ってみたくてさー。ユイは?」


「あ!!あそこの?ワタシも行きたい!パフェ食べたい!」


 万条は、以前からそこに行きたかったこともあって、すぐにそう言った。


「あ、でも、ミキ。今日練習あるんじゃないの?吹奏楽の」


「大丈夫!今日はないのよ。ていうかテスト前だし。本当は勉強しなきゃいけないんだろうけどさ~。そんなことよりもパフェでしょ!だから今日の放課後にいこー」


「うん!いこ!」


「は~い。お前ら、席に着けー。ホームルームを一応、やるぞー。やらないと怒られるからなー。じゃあ、出席をとるぞ」


 会話していた時、担任の咲村先生が教室に入って来た。咲村先生が出席を取り始めた。苗字が、「あ」行の人から名前が呼ばれていった。万条は、自分の名前は、後の方に呼ばれるのを知っていたので、窓の外の校庭を見て、ぼんやりしていた。 しかし、


「大花」


「はい」


 その名前が聞こえた瞬間とともに、万条は大花の方を見た。さっきミキと話したこともあってか、万条は、大花を気にかけた。


 ――才色兼備。

 それがクラスからの大花の評価だった。万条もそれには納得していたし、才色兼備と言う言葉では物足りない完璧さが大花にはあった。しかし、万条は同時に、大花にある共感を抱いていた。とはいってもその共感は、特に自分で筆舌できるようなものではなかった。


「どこか、ワタシと似てる気がする……」


 万条はそう小さく呟いた。すると、


「おい、万条!」


「ん?」


「万条!いないのか?私の目に映っているはずなんだがな」


 咲村先生の出席をとる大きな声が聞こえ、万条は我に帰った。万条は自分の名前が呼ばれるのは後の方だと思っておきながら、それに気付かないでいた。


「あ、はい!います!」


「……全く。朝から大丈夫かぁ?お前?」


 咲村先生が万条をからかったように言うと、クラスのみんなは笑った。


「えへへ、ごめんなさい先生」


「しっかりしろよ~」


「はーい」


 万条は、ふと再び大花を見た。大花は笑っていなかった。



 5月某日。それは高校生になってから初めての中間テストが始まる頃だった。そのせいか休み時間でも、テストの勉強をしていた生徒たちもいた。しかし万条は、テストよりも、部活のことを考えていた。高校生になってから、万条は、部活をやっていなかったのだった。

 入学後の部活勧誘のとき、万条は大体の部活には仮入部したし、たくさんの部活を見て回っていた。しかし今となっては殆ど、どれがどのような部活か覚えていなかった。

 この高校は、強制的にではないのだが、ほとんどの生徒が部活動をやっていた。だが、万条は何かをやりたいと思いつつも、何をやりたいのか、自分では全然分かっていなかったため、何かしらの部活に入るのか、それとも帰宅部にするのかを決めかねていたのだった。


 ――もう帰宅部でいいかなぁ。


 しかし万条は、最近、そう思うようになっていた。



 朝のホームルームが終わった後、一限の授業は数学だった。万条はその日、その授業の教科書を忘れてしまったことに気が付いた。


「はぁ~。また忘れちゃったのかワタシ」


 万条は隣のクラスの生徒に教科書を借りようと、教室を急いで出ようとした時、咲村先生に呼びかけられた。


「万条」


「え?はい?なんですか?」


 万条はその場で足踏みしながら、そう答えた。


「お前、何をそんな急いでるんだ?」


「あ、えーっと……きょうか」


  ――じゃなくて! 教科書借りることは言わないようにしよ……。


「きょうか?」


「えっと……」


  ――ど、どうしよ……。何て言おう……。


「……きょ、強化訓練です!朝の準備体操ですよ!」


「はっは!そうか。お前は変わった奴だな」


 咲村先生は思ったよりも興味がなさそうにそう言って、続けた。


「で、誰から教科書借りるんだ?」


「かっ、か、かりなひでふよ!」


 万条は、咲村先生が急に核心をついてきたので、動揺して、噛みながら答えた。

「お前、わかりやす過ぎだな……。まぁ今回は見逃してやるから、さっさと借りて、教室に戻りなさい」


「ふぅ……」


「『ふぅ……』ってお前なぁ……」


 咲村先生は呆れ果てて、廊下を歩き始めた。しかし、何かを思い出したのか、振り向いて言った。


「あ、そうだ、万条」


「はいっ!?」


「お前、最近どうだ?」


「え?どうって。最近ですか?」


「そうだ」


「……絶好調ですよ!いつも通り」


「そうか。お前は相変わらず元気でなによりだな。しかしまぁ、私が聞いているのはそういうことではなく、お前の生活のことだ。で、結局、万条は部活はやらないのか?」


 以前から、咲村先生と部活について話していたのだが、結局、万条ははっきりと答えを出せずにいた。万条は咲村先生の質問に少しだけ、困惑した。先程、自分でも部活のことを考えていた万条は、他人から「部活」という言葉を聞いて、気にしていたことを思い出してしまったのだった。


「……はい。多分、帰宅部にすると思います……」


「そうか。まあそれもいいだろう。しかし、ちなみにどうして帰宅部にするんだ?」


「どうしてって……なんていうか難しいんですけど、やりたいことがなかったというか……そんな感じです」


「そうか。お前なら、陸上部とか良さそうなのにな」


「陸上はやらないですワタシ」


 中学の頃、陸上部だった万条は、きっかけは至って単純で、兄の京太郎がやっていたから、自分もやる、といったものだった。そんな理由で始めた陸上も、やってみると、他人よりも足が早いことに気が付いたのか、一位になることが多く、それが陸上を続けている理由であった。だが、万条は、高校生になってから、きっぱりと陸上をやめた。大会に出ることも適う万条だったが、万条の中でとりわけ陸上を続ける理由もなかったからだ。つまりそこまでやりたいことではなく、なんとなくやっていたものだった。万条は高校生になってから、なんとなく続けるのはやめようと漠然と思い、陸上部には入ってなかった。


「そうか。そうだな、他に例えば……」


 咲村先生はそう言って、万条に何か良い部活はないかと考え始めた。先生はしばらく、万条の顔をじっと見ながら、沈黙して考えていた。しばらく経ってから、言った。


「うん。わからん!」


「え?」


「まぁそういうことだ。では、私は行く」


 咲村先生は無責任にそう言って、足を動かし始めた。


「先生…………って、ああぁ!」


 万条は重要なことを思い出した。次の授業の教科書をまだ借りていなかった。数学の教師は田村という先生だった。この先生は、数学バカで、教科書を忘れると、減点するだけではなく、その生徒に対して数学の問題を執拗に出してくるのだ。これは、生徒たちから、ほんとうに嫌がられていた。自分がその餌食になってしまう想像をして、万条は顔が真っ青になり、急いで、隣のクラスへ向かった。

 万条がちょうど、隣のクラスの教室に入ったあたりで、咲村先生は、その頃になってやっと万条に良い部活があったことを思い出した。


「あ、万条!お前に合いそうな部活、あるぞ。それはな。私が顧問をやっているのだが、〈道楽部〉という部活なのだが……って……」


 と、振り向きながら言った咲村先生は、そう万条に言っていたつもりだったが、気が付くと万条はすでに居らず、どこかへ行ってしまっていた。


「忙しいやつだな……」

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