第46話 水着ってさ……

「起きて!着いたよ!」


 その声とともにオレは目が覚めた。目を開けると、起きているオレを揺すって万条がオレを叩き起こそうとしていた。


「ちょっと待て。もう起きてるから。てか、もう着いたのか……。じゃあ、そろそろ帰る?」


「何言ってるの?帰らないよ!」


 車を降りて見るとそこには海があった。海は人ごみに溢れ、既に帰りたかった。私はゴミになりたくないのに。


「待て。オレの話をよく聞いておけ。海ってのはだな……」


 オレが話し始めると、既に冨永の母含め、万条たちは車から降りて、海へ向かっていた。オレはまだ車に乗っている姉さんとバックミラー越しで目が合った。


「何見てんだよ、姉さん」


「それはこっちの台詞よ。ほらアンタも降りなさいな」


「嫌だ。このままオレはここにいようかなぁ……あ、そうだ!姉さん、みんなのことを車まで連れてきてくれてもいいよ?」


「アンタ……はぁ」


 姉さんは溜息をついて、車を降りて、後部座席のドアを開けた。


「アンタ、ほら早く降りなさいよ」


「オレは海の藻屑になりたくない……」


「え?何言ってるの?もうしょうがないわね」


「ん?」


 オレを無理やり引きづり出して、万条たちの元へ連れて行った。

 そしてオレたちは浜辺へ行き、荷物を置いた。みんなは着替えてくるらしく荷物当番はオレがすることになった。ていうか、自らなった。何故ならば海の藻屑になりたくないからだ。


 それにしても、海というのは本当に人が多い。あたりを見まわしてそんな事を思った。再び見渡していると、何やら同じとこばかり見てしまうことに気が付いた。オレは自然と女性のビキニ姿ばかりをみてしまっていたのだ。そう、本能的である。オレのせいではない。

 楽しそうにはしゃいでいる。なぜあんなにも恥ずかしい格好をしているのに、楽しめるのだ?ほぼ裸ないのか?しかし、そこには決定的な違いがあるらしい。布きれ一枚だけでこれだけ違いが生まれるのだ。しかし、もういっそのこと、裸でいいのではないか?ねぇ?そう思うよね?海サイコー!


「お待たせ!」


 オレが下心全開だった時に、声が聞こえた。オレはその方向を見ると、そう言ったのは万条であった。万条を見ると水着姿だった。


「じゃーん!」


 万条はオレに水着姿を自慢するように、両手を空に上げて言った。オレは座ったまま、万条を見上げて見た。


「あ、ああ……」


 いけませんね。これは。


「どうしたの?ハッチー、なんか顔赤いよ?」


「あ、えーっと、今日暑くない?」


「うん。ていうかさ、似合う!?この水着!」


「え……うん。似合ってるぞ」


「え……」


「どうした」


「いや……なんかハッチーがそんな肯定してくれるとは思ってなかったから……その……」


「あ……まぁさ!なんていうか、皆はどこなんだ?」


「みんなももう来ると思うよ」


「そっか」


 万条はそう言いながら、自然とオレの右隣に座って来た。オレは急に横に来られたので、左に少しずれた。


「ハッチーも入ろうよ」

 

 横の万条を見ると、体育座りした膝の上に顔を乗せてオレの方を見ていた。万条と目が合い、オレは少し動揺してしまった。オレは海の方向を向いて、万条から目をそらした。


「オ、オレはその……海はさ」


「泳げないの?バナ君に教えてもらえばいいじゃん!」


「少しは泳げるよ。でも」


「でも?」


「その……海のゴミに混ざりたくない」


「……」


 何も返答がないので、万条の方向を見ると、万条は目を細め、こちらを呆れたようすで見ていた。オレはその顔を見て、また恥ずかしくなった。何も言わずにまた目線をそらした。


「……」


「お〜い!万条さん!八橋〜!」


 声が聞こえ、振り返ると、立花と冨永と大花が着替え終えたようで、こちらへ向かっていた。オレたちの荷物置き場のところまで皆はやって来た。

 立花を見ると、体つきは水泳部の体つきといった、筋肉質で健康的だった。大花を見ると、何も言わず、水着を着たままサングラスと帽子を被って海を見ていた。最後に冨永を見ると、何か恥ずかしがっているようすだった。


「冨永、どうしたんだ?」


「ひゃ!な、なんだお前、こっちを見るな!」


 冨永は自分のからだを少し隠すように辺りを気にしていた。冨永はどうらや、水着を着ているのに恥ずかしがっているようだった。何故、水着を着た……。

 だが、冨永の水着姿は似合っていた。逆に恥ずかしがっているのが不思議な程に。


「お前……。別に似合ってるから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うぞ……」


「え?そ、そうか……?」


「うん!ヒイちゃんすごく似合ってるよ!」


「そうだよ!冨永さん!」


 皆の褒め言葉を聞いてから、急に冨永は自信が出て来たようで、隠すのをやめてから言った。


「よし、皆、海へ入るぞ!」


 こいつちょろいな……。


「その前に」


 大花は海へ行こうとしている皆に話しかけた。


「準備運動よ。怪我したら危ないから」


「そうだね!オーちゃん」


「お前は入らないのか?」


 座って水着も着ていないオレに冨永は言った。


「ああ、荷物番もいないといけないし」


「準備運動、ハッチーもやるよー!」


「え?オレはやらないから。海入らないから。だから準備運動なんかしなくても—」


「普段運動してないでしょ!」


 万条はオレの腕を掴み、オレを立たせた。そして、皆で準備運動を始める。


「何故オレが準備運動なんて無駄なこと……」


「まぁまぁ、そう言わないの」


「でも、なんの準備だって話でさ——」


 オレは話しかけてきていた人の顔を見た。それは姉さんだった。


「って、なぜ姉さんまで。てか水着あったんだな」


「こんな時もあるかと思って、夏はいつでも常備してるのよ!」


 姉さんは誘ってくれる友達がいないのか。水着を常備するなんて、イかれてやがる。 


「お、おう……」


「何よその『姉さんは誘ってくれる友達がいないのか。水着を常備するなんて、イかれてやがる』みたいな反応して」


 ……一字一句合っている辺り、姉弟なんだな……。



 準備運動が終わると、皆は海へ入って行った。オレは動かず仰向けに寝ていた。そうしてなんやかんやで、昼はやってきた。

 昼になり昼食を取ることになったので、万条と冨永が焼そばを買いに行くことになった。オレはもちろん荷物番である。立花と大花はそれぞれ、海に浮かんでぼーっとしたり、パラソルの下で読書をしたりしていた。

 しばらくしてから、立花は海から上がって来て、オレの方へやって来た。


「あれ、まだ二人帰って来てないの?」


「ああ、確かに。その辺で道草してるんじゃないのか?」


「おかしいな。すぐ戻って来るって言ってたんだけど。オレちょっと探してくるね」


「いってらっしゃ〜い」


「ちょっと!八橋も行こうよ!女の子二人なんだよ!?」


「だが二人とも、女の子という枠を超えて恐ろしいから大丈夫だよ」


 大花は本にしおりを挟み、オレの方を見て来た。サングラスをかけたままなので、オレは大花がどこを見ているのか分からなかった。


「ど、どうした?」


「荷物……ワタシが見ておくわ、安心して生き物さんは二人を探して来て」


「別にオレは二人を探しになんて—」


「ありがとう。それじゃ、よろしくね」


 こいつ……。


「どういたしまして。仕方ないから行くか立花」


「おう!きっと売店の方だ。そっちの方へ行こう」


「へいへい」








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