第32話 神の選択

 昼休み。数学の教科書を借りて、授業をどうにかやり過ごした万条は、ミキとその他の女子生徒二人と食堂へ来ていた。万条、お待ちかねの昼食であった。

 というのも、万条は、既に、昼休み前の授業の終わる30分前から、昼食が楽しみでしょうがなく、テスト前であるのに、授業も碌に聞かず、「今日は、あんぱんと何にしようかなぁ~」とか、危機管理能力が備わっていないような考えを巡らせていたからだった。

 万条以外の3人は、それぞれ当を持参していた。万条は、売店で既に、あんぱんとコッペパンとデニッシュ、3つのパンを購入していた。4人は仲良く席に着いて、おしゃべりを始めながら、昼食を食べていた。


「いただきまーす!」


 4人で、いただきますをした後に、万条はパンの袋を開けながら、呑気に言った


「ワタシお腹空いたよー、今日の4限の後半、ずっとお昼のことしか考えてなかったよ~あはは」


「あははってユイ、テスト大丈夫なの?って大丈夫な訳ないか。ていうかさー。ユイほんとにパン好きだよねー」


 ミキが、少し辛辣にテストのことについて指摘した。万条は、3つのパンを一気に口いっぱいにくわえたまま、話そうとした。


「む#$%&*+‘“!%&$!」


「え?何て言ってるか全くわからないよ……」


「『好きだよ!』ってユイは言ってるよ」


「よくわかるねミキ………って、ユイもうパンなくなってるし……食べるのはや……ていうかひとつずつは食べられないのかな……」


「ていうかさ~わたし。テスト勉強全然してないよ~。みんなはもう始めた?」


 女子生徒の2人は万条の、食欲に圧倒されながら、もうすぐ始まるテストについて心配していた。


「ワタシはぼちぼち始めようかなぁ~って感じ。とりあえず、今日は息抜きでユイとパフェでも食べにいこーって話してたんだー」


 ミキがそう答えると、女子生徒の2人は羨ましそうな顔をしていた。


「えー、いいなー。ワタシはまだ今日は部活だよー」


「ワタシもだよー。あ、ていうか、ユイって結局、部活やってないんだっけー?」


万条はその問いかけに、嬉しそうにしていた。


「……。ワタシ実は、部活はやってるんだよ?」


「え?ユイやってるの?何部何部?」


「んふふふ……」


 そう万条が、二人が話しにくいついてきたことをいいことに、もったいつけて先を言わないでいると、


「ハイハイ。帰宅部でしょ?」


 と、ミキが呆れた顔して、先に言ってしまった。


「あーー!ミキよくわかったね!」


 2人はそれを聞いて、万条は部活をやっていないことを不思議がった。


「えー、ユイ。部活なんでやらないの?陸上部とか似合いそうー」


「あ、ほんと!陸上部いいねー」


 万条は、陸上を似合うと言われて喜んでいた。照れ笑いをしながら、


「えへへ。でもワタシ部活はいいかなぁー」


「えー。ユイのポテンシャルもったいないよねー、何部に入っても活躍できそうなのに。あ、でも文化系の部活はダメそう……」


 と、後半は笑いながらミキが言った。


「ダメそうって……」


「あはは!可愛いなユイは!」


 気が付くと、4人は昼食を食べ終わっていた。



 食堂を出てから、4人は教室に向かって歩いていた。万条は飲み物を買おうと思い、他の3人には先に教室へ戻っているように伝えた。万条は、自販機の前で、何を買おうか迷っていた。万条の候補は、イチゴミルク、コーヒー牛乳、ミルクティーだった。万条は考えても考えても、3つのどれかを決めることができずにいた。


「き、決められないよ……。こんな難しい問題を、高校生に突きつけるなんて……でも……ワタシには秘策がある!」


 万条は、自販機の前で両手を前に出した。そして考えあぐねていた3つの選択肢、つまりは、イチゴミルク、コーヒー牛乳、ミルクティーのボタンを3つ一気に押したのである。これにより、自分が本当に飲みたいものが、神の選択によって、答えが導かれるのだ。そう。〈神の選択(ゴットセレクション)〉である。

 万条は、自販機の取り出し口を覗いて、何が選ばれたのかを見た。


「あー。コーヒー牛乳かぁ……。なんか、いざ出てくると全然飲みたくないかも……」


 万条は、神に対して失礼なことを言って、自販機で、神に選ばれしコーヒー牛乳を取り出そうとしていた時、誰かに話しかけられるのが分かった。


「……ゴ、〈神の選択(ゴットセレクション)〉の使い!?」


 万条が〈神の選択〉をしていた姿を見て、そう声をあげた者がいた。


「え?ゴ、ゴッド?」


 万条は、訳の分からない顔をして振り向いた。その背後にいたのは、髪がロングで、大人っぽい女子生徒だった。その人の口調はサバサバしていた。その後に、その人は話し始めた。


「じ、自覚なしにあの神業を……って、アタシ、今、かなり頭悪そうじゃない?堀口どう思う?」


 その人はに横にいた、「堀口」と呼ばれていた男子生徒に話しかけていた。彼は高身長で、短髪でメガネをかけている、いかにもインテリのような雰囲気の人だった。


「小池。知らないのか?〈神の選択〉は、西洋ヨーロッパを起源に持つ伝統的な業(カルマ)。初めは、勤勉で信仰心の強い農民が編み出したと言われるもので――」


「あっ!」


 小池という人は、相手の堀口という人が意味の分からないことを言っているのを遮って、万条の顔を見た。万条の顔を見ると、何か言いたげに、首を一度かしげてから、それを元に戻し、左手の手のひらに拳をつくった右手をのせて「なるほど」といったように、何かに気が付いた。


「カワイイはつくれない!」


「へ?」


「カワイさは生まれながらのものなのね……」


 万条はこの状況が理解できていなかった。話したことがない人たちに何故話しかけられているのか。万条はどこかで会ったことのあるひとなのか思い出そうとした。しかし二人の姿を見ても、何も分からなかった。なぜならば、正真正銘、会ったのは今日が初めてだったからだ。万条は、きょとんとした。


「へ?」


「へ?……返し!」


「……あのすいませんワタシ………」


 と、万条が謝ろうとすると、小池さんは言った。


「その顔……さては、アタシたちの部活に興味あるんだな~?じゃあ是非うちの部活に入部だね~ていうか来て!カワイイから来て!ハスハスしたい!」


「小池。あんまりしつこく言うと、この子がかわいそうだろ。その辺にしとけ。それはさておき、君、うちの部活に興味があるというのは本当か?」


「えっと……」


 万条がまだ何かを言うでもないのに、小池さんは万条の言うことを聞かないで言った。


「ああ!なるほどね!まぁいいのいいの!とりあえず、うちの部活に来てみな!放課後に第三校舎の二階の一番奥の部屋に、道楽部とかっていう変な部活あるから!」


「道楽部……ですか?」


「小池。あんまりしつこく言うと、この子がかわいそうだろ。その辺にしとけ。それはさておき、是非待っているよ」


「あ、はい……」


「カワイイコちゃん。名は……なんという?」


「万条ユイです!」


「よろしくねユイちゃん!人の名前はみんな覚えることにしているの。アタシ出会いは大切にしたいのよ……」


「小池。この間、お前がクラスの友達の名前を間違えているところを見かけたということは黙っておいたほうがいいか?」


「っ!?堀口。それは言わなくてもいいのに。あんたはアレね。まったく。そうアレよ。アレ。分かる?アレ」


「小池。すまん。分からないぞ」


「道楽部……」


「どうしたユイちゃん!顔が可愛いぞ!」


「万条ちゃんは可愛い。これは真である。小池が可愛いは偽である。ここから導ける答えは世の中は、不平等であるということ――」


「堀口あんた、それはどういう意味よ?」


「小池。言葉通りの意味だが――」


小池さんは、堀口の首を腕で絞め初めて、怒りを込めて言った。


「謝るなら今だよ?」


「こ、こ……いけ……」


 苦しそうな堀口さんから小池さんは腕を外した。万条は、2人のやりとりを見て、変な人達と思う一方で、不思議と笑いが込み上げてきた。


「ふふっ!!」


 万条が笑うと、2人は万条の方を向いた。


「どうしたのユイちゃん?」


「お2人、仲が良いんですね!」


 万条がそう言うと、急に小池さんは動揺して、顔を赤くして堀口さんの方を見なくなった。


「な、な、仲良くなんてねぇ……よな?堀口?」


「そうだな。別に仲は良くはない。万条ちゃんほどカワイくないしな」


「ムカっ」


 堀口さんの受け答えに、小池さんは不満だったらしく、再び、腕で堀口さんを締め上げた。


「こ、こい、け……しにそう……すま……ない」


「え!?今、電車が通って聞こえなかったなぁ」


「……電車なんてとおってないぞ……しかし、こいけ……す、すまん……たのむ」


「仕方ないな」


 小池さんが、腕を振りほどいたあと、堀口さんはその場に死んだように倒れ込んでしまった。

 すると、予鈴のチャイムが鳴った。

 小池さんは、片腕を腰に当て、もう一方の腕で堀口の首元の制服を掴みながら言った。


「まぁこんな感じのゆるい部活だからさ。暇なときでもきてよ~歓迎するからさ~」


と、ぐったりとした堀口さんを横に、にこやかに言った。


「はい……!」


「じゃあ万条ちゃん。ほら!行くよ、堀口」


「こ、こいけ……」


 二人の先輩は、そう言って忙しそうに、どこかへ去って行ってしまった。万条は、教室へ向かいながら、コーヒー牛乳にストローをさして、それを飲んだ。万条は思ったよりも二人と話し、喉が渇いていた。万条は、神に選ばれしコーヒー牛乳を飲んだ。

 さっきまでは全然飲みたくなかったそのコーヒー牛乳は、とても甘く感じた。



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