第8話 不愉快な道楽部員


 入部させられたその日からオレはいつどうやって部活から逃れるかをこの休日を費やして考えた。しかし注意すべき万条がいる限りオレの計画は強硬手段によって妨害されるであろう。ならば、もうこちらも強硬手段を決行するしかないのであろうか。

 翌週の昼休みのことである。オレは朝、学校へ登校し教室に入った。すると早速オレは万条からこう言われていた。


「昼休みに集合ね!絶対だからね!」


 しかし、守る義理があるだろうか?

 ……ないに決まっている。

 ということでこのような論拠もない怠惰的結論に遵守し、昼休みは部室に行かなかった。絶対にと言うのでそれに対抗する気持ちもあった。絶対などというものはたいてい絶対ではないからだ。そうしていつものベンチで昼寝をしようとしていた。その時、携帯電話がなる。メッセージがきていた。万条からであった。内容は、


部室に来い!


 であった。もちろん、オレはこれを見なかったことにした。何故ならば、オレの携帯は電池が切れていた。という設定であるからである。と思っているとまたメッセージが来た。と思ったらまたメッセージが……。しつこいな。だから交換したくなかったんだ。

 オレは携帯電話の電源を切って、再びベンチの上で仰向けに寝転んで昼寝をはじめた。空は今日も晴れ渡っている。幾つかの雲の切れ間から、太陽が顔を出していた。オレは以前と同様に雲を見た。雲を見ても、オレは何も思わない。子供の頃のような、幻想的な想像はできず、雲はそれ以外の何の形にも見えなかった。オレは、小さい時のことを思い出した。


 同じ学校の子供たちと遊んでいた時のことだった。その日は雪が降っていて、辺りは一面に雪が積もっていた。白い絨毯でも敷いたかのように、真っ白だった。オレは雪が降ったことがたまらなく嬉しかった。休み時間になったら外に出ては雪だるまを作ろうと思い、はしゃいでいた。待望の休み時間がやってきて、オレは誰よりも早く外へ飛び出し、雪をかき集めて、手に持てるくらいの大きさの雪だるまを作った。その雪だるまは、それはそれは立派に完成した。オレは余計に楽しくなり、雪が積もった校庭で遊んでいるクラスのみんなにも見せようと思い、10人くらいが集まってかまくらを作っているところまで駆け寄り、こう言った。


「みてみて!こんなに立派な雪だるまできた」


「わあ!すごい!八橋君すごい!」


 クラスのみんなは褒めてくれた。オレはその時すごく嬉しかった。つい気分が良くなり、もっとみんなに自慢したくなった。雪合戦をしているクラスのみんなにも見せようとオレはそこへ行き、こう言った。


「ねぇねぇ!みて!雪だるま!すごいでしょ!」


「ほんとだ!すげぇ!」


 みんなは褒めてくれた。オレの周りには人が集まり、その雪だるまを見てくれた。

 しかし、みんなが集まってきたとき、その中の一人がこう言った。


「そんなもの、すごくねぇよ!貸せよ!」


 そういってそのクラスメイトはオレの自慢の雪だるまの首を持ち去り、それを遠くに投げてしまった。


「ほら、どうだ!おれはあんなに遠くへ飛ばせるんだぜ!」


 オレは首のなくなった雪だるまを見た。下の体しかなく、それはただの雪の塊にしか見えなかった。その雪の塊をじっと見た時、急にオレは悲しくなった。もうあの雪だるまは戻ってこない。渾身の、立派な雪だるまは戻ってこないのだと思った。オレは雪だるまの首を投げた奴が許せなくなった。オレは怒りが芽生え、そいつに飛びかかろうとした。その時、雪合戦をしていた1人が雪だるまの首を投げ飛ばしてしまったクラスメイトに飛びかかり、こう言った。


「お前!八橋君がいっしょうけんめいつくったものをとばしちゃダメだろ!」


 それは今の唯一の友人である谷元だった。昔から喧嘩早く、正義感があり、お節介だった。


「いいよ谷元君。またつくればいいから」


「いや、ダメだ!」


 谷元は雪だるまの首を投げてしまったクラスメイトに謝るように言った。その後、その子も謝ってくれた。今思うと、小学生なんだから雪を投げたい気持ちもわからなくはない。投げてしまった子もきっと褒められたかったのだろう。

 あれは確か小学生の時だったか……?

それにしても何故、今こんなことを思い出したのだろうか……。



 気が付くとオレは眠りについていたらしい。目を開けると、空は変わっていなかった。オレは腕時計で時刻を確認して、「そろそろか」と思い、教室へと向かった。教室へ向かう途中で、今朝、万条に言われたことをふと思い出した。

 そういえば、今日部室へ来いだとか言われたっけ?いや、気のせいだな。うん。

 オレは、教室の前まで来て、急に緊張してきた。もしかしたら、今日、昼に部室へ行かなかったことを万条に問いただされるのではないだろうか。オレは恐る恐る教室のドアを開けて、中へ入った。辺りをきょろきょろしながらオレは空き巣の如く、教室を忍び足で歩いて自分の席まで向かった。


「よっ」


「うわっ!」


 その時、オレは後ろから誰かに話しかけられた。オレは嫌な予感がしながら、後ろへ振り向いた。しかし、オレはその顔を見て、安堵した。


「って、なんだお前か。おう、谷元」


「おう。どうかしたか?そんなに驚いて」


「まぁな、オレは疲れているんだ」


「なんかあった?」


「変な奴がうるさくて困っている」


「そっか。上手くやってるみたいだな」


「おい、聞いてたか?」


「またお前は」


「ていうか谷元。もう授業始まるぞ。席戻れって」


「あ、教科書出すの忘れてた!」


 ……全く。オレの周りはうるさい奴しかいないな。特に万条とか万条とか万条。あ、あと万条もいたな。え?あと万条もいるんじゃない?あ、うん、わかってるからもういいよ。


「はぁ……」


 溜息をついた後、携帯が鳴った。メッセージが万条から来ていた。内容は、


 昼休み何で来ないの?放課後は絶対ね!


 であった。うるさいと思っていた途端にこれだからたまったものじゃない。


    


 放課後になった。入部したことによって万条に毎時間勧誘されることもなくなったので放課後までは快適に過ごせるようになった。そして付き纏われないせいかあっという間に時間はすぎるように感じた。その日、オレは掃除当番であったので 万条はそれを知って、


「ハッチー!!先に部室行くよ!」


 と、言って、万条は教室を出た。


 おっ!これはしめた!この後、部室に行かなくても追いかけられることもない。


「あ、これは今日帰れそうだ」


 オレはつい喜びのあまりそう小さく呟いた。


「なんだって?」


 すると、後ろから何やら声が聞こえた。オレは後ろを振り返りながら嬉しそうに言った。


「だから今日は帰れそ……」


「なんだって?」


「え?」


 オレの笑顔とは対照的にそこには怒りを含んだ顔の咲村先生がいた。


 またこのパターンかよ……。


「えっと……今日はなんとか帰れそうだ。なんて言ってないですよ!」


「なるほど。解説ありがとう。それはそうとお前。昼休み行かなかったみたいだな?」


 何故、それを知っている……。万条か。あいつ……。


「まぁ、そういう説もあるらしいですね」


「そういう説しか聞いてないぞ。とりあえず、部室行ってこい」


「いや~でも今日は……」


 咲村先生は右手で握り拳を作っているのが見えた。


「痛たいです」


「私まだなんにもしてないぞ。それとも本当に痛くなりたいか?」


 咲村先生は指を鳴らしながら言った。


「すいませんでした」



 咲村先生の無言の暴力を垣間見た後、部室へ仕方なく向かいドアを開けたら立花と万条と知らない誰かが椅子に座っていた。誰だ?

 立花が待ちくたびれたように言った。


「やっと来たな。遅いぞ」


「不可避だった」


 オレは知らない奴の方を見る。女だ。黒髪。束ねられていない腰くらいまで伸びた長い髪。顔立ちは大人びており、色白で透明感があるが、目はどこか威圧的である。それに腕を組んで座っている。やけに気が強そうな奴だな。もしかしてこの前、万条や咲村ハラスメント先生が言ってた大花ってやつか?

 オレは万条に聞いてみた。


「この方はどちら様?」


「そっか。ハッチーは昼休みに来てなかったからまだ紹介してなかったね。この前のチラシを見て来たんだって!」


 あのチラシに宣伝効果があったのか。


すると、そのチラシを見てやってきたらしい奴は自己紹介を始めた。


「ワタシは冨永(とみなが)ヒイラギだ」


 冨永?大花ってやつじゃないのか。また部員が集まってきたのかよ。とりあえず名乗っておくか。


「オレは八橋」


 その冨永という奴は、オレをゆっくりと下から上へへと見た。そして、一言放った。


「まあ、よろしく」


 まあって……なんだよ。なんかやけに高圧的じゃないか?



「で、万条。ここは楽しいことをするといっていたが、具体的には何をするのだ?」


「特に決まってないよ!ていうかユイでいいよ!」


「そ、そうか。では、ユ、ユイ。これからの予定は何か決まっているのか?」


「いや~それがまだなのであります……」


 オレはその会話を黙ってきいていた。


「なるほど、では決めようではないか」


「うん!」


 万条の返事のあとに、冨永という奴はいきなり部屋にあったホワイトボードを動かし始めた。


「では、道楽部の活動内容を決めよう。案があるものは意見を言ってくれ」


 いきなり仕切ってるな。昼休みに何があった……。


 立花は、それに答えた。


「はい!オレはみんなで一緒にどこかいきたいな」


 冨永は近くにあったホワイトボードに書き始めた。


「なるほど。ではユイはあるか?」


「ワタシはなんか思い出の残ることかな!」


「二人とも、曖昧だな。おい、そこのさっきから黙っている部屋の隅の埃の様なお前は何かないのか?」


 オレに当たりきつくないか?


「いや、オレは別に――」


 と、言いかけた途中で冨永は、顔をしかめて言った。


「いいから言ってみろ」


 こ、恐い。女子だよね?恐いよ……。


「………よ、予定が決まらないなら、予定がないという予定を入れればいいんじゃないかなぁ?」


「それでは今の会議が意味ないじゃないか、お前バカなのか?」


「むぅ」


 この冨永とかいうやつ万条とは違った意味で恐すぎる。


「えっと。じゃあ冨永はなんかあるのか?」


「ああ。ある!」


「それは?」


「ファミレスに行きたい!」


「は?ファミレス!?」


 なにを言うかと思えば、ファミレス?予想外すぎる。


「ああ」


「いいかもね!最近ワタシ行ってないし」


「確かに。悪くないかも」


 どうやら、万条と立花は賛成のようだ。


「別にそんな大袈裟な」


「では、まずお互いを知るということも含め、ファミレスでおしゃべりというものをしないか?」


「えー、行くのか?ここでも良くないか?それに無駄な金は使いたくないな」


「あ!?」


 冨永はこちらを向いて、ガンを付けるように凄い剣幕で言った。

 ……えー、女子だよね?やっぱ恐すぎ………。


「はい。行きます。すいません」


冨永は時計を見て、決まりのいい顔をして言った。


「では、今から行こう」


「うん!」


「ところで、その前にみなはファミレスに行ったことはあるのか?」


「もちろん、あるよ!よく中学生の時の帰りとか行ってたよ~」


「オレもそんな感じかな。高校になってからはあんまり行ってないなあ」


「お前はどうなんだ?」


「オレ?」


「そうだ、バカ面をしたお前だ」


「え?どこどこ?」


「お前だ」


 冨永はオレを指差して言った。


「え?オレ?立花じゃないのか……。ていうかお前、すげぇ失礼だな」


「おい八橋。お前の方が失礼だぞ」


 立花はオレに怒ったように言った。オレはそれを無視して富永との会話を続けた。


「ていうか行ったことあるよ、冨永はないのか?」


 冨永は図星を突かれたようにすこし恥ずかしがった。


「あ、あるわけないだろう!どうせ友達いなそうなお前は一人で行ったのだろう!」


「とっ、友達いなそうだと?何を言っている。大正解だ。でも確かに友達全然いないけど1人いる。その時もそいつと行った」


 ご察しの通り、谷元である。


「ハッチー、友達いたの?」


 と、何故か万条が驚いた。続けて立花が、


「それは意外だな」


 と、笑いながら言う。


「ひどい言いようだな……」


 むしろひどい人間性だ。


「ていうか、ヒイちゃんはファミレスに行ったことないの?」


「その、ひ、ヒイちゃんとやつはやめてくれないか?ない。誰かと行ってみたかったのだ」


 冨永は少し恥かしそうに言った。おそらくあだ名というものに慣れていないのだろう。こいつ、友達少なそうだな。ってオレが言えないか。


「なんでー?ヒイちゃんはヒイちゃんじゃん」


「そ、そうか。ならいい」


 いいのかよヒイちゃん……。


「てか冨永こそ友達いるのかよ?」


「いないぞ。何が悪い」


 即答かよ。潔いな。


「いや、悪いなんて一言も言ってないぞ」


「そうか。まあいい。では行こうか」



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