第7話一本レース編⑥

ついに、その日がきた。

僕と新人くんによる、一本レース。

社員さんたちも、先輩アルバイトたちも、僕が勝つか?新人くんが勝つか?で盛り上がっていた。

大半の人間は普段一緒に遊んでいて目をかけている新人くんが勝つと予想していた。

それほどまでに新人くんは、僕を差し置いて頭角を表していたのだ。


いざ、二人でおのおののコースに入る準備をする。台鍵を腰にぶら下げ、全ての動作を切り詰めた時間短縮のノウハウは、お互いに熟知している。

強いて言うなら、新人くんにそのノウハウを教えたのは僕だが。彼に牙を剥かれるとは思っても見なかった。


社員さんの合図とともに、僕ら二人はおのおの担当の一本コースに飛び込んだ。


僕のコースは何故かいつもより忙しく、ランプ対応しても、しても、またお客さんが次の呼び出しランプを押す。なぜよりによって、こんな時に、いつもより忙しいのだ。

もう何度もコースの端のトップランプが点滅してしまっている。

もちろん隣のコースの新人くんも、条件は一緒のはず。

ところが?新人くんのコースのトップランプがほとんど付かない。

なぜだ?

忙しくないのか?

隣のコースのトップランプの平穏ぶりに、疑問を感じた。


なぜだ?

なぜ?呼び出しランプが付かない?


あんまりにも不思議だったので、忙しい最中

、隣の新人くんの一本のコースをふと覗いてみた。


な、なんだこれは?


僕の目の前をドル箱が宙を待っていた。

コースの真ん中から、新人くんがポンポン、ドル箱を放り投げていたのだ!

大当たりして次にドル箱を下ろすお客さんのもとに駆けつけてドル箱を下ろす時間を短縮するために、

お客さんの足下にポンポンドル箱を放り投げている!

ムチャクチャだ!

さらに呼び出しランプが付かない理由もわかった!

呼び出しランプを押そうとしているお客さんの腕を掴んで、押させないようにしているのだ!

それでも間に合わない時は、呼び出しランプの押すところにドル箱を被せて、どう頑張っても呼び出しランプを押せないようにしている!

反則だ!

完全な反則技だ!

さらにそれでも間に合わず、呼び出しランプを付けてしまったお客さんに、何か耳打ちしている。

何を言ってるのか、だいたい予想がつく。


「すぐに来るから、呼び出しランプ付けないで下さいね。」


そんなこったろうと思った!

反則に反則技を重ねて、この一本レースを勝とうとしている。

お客さんへの対応など、速さどころではなく、してはいけない境界線をもすっとばしているのだ!

こんなことしていいのか?


自分のコースに戻った僕に、焦りが見える。

勝てる訳がない。あんなに呼び出しランプを付かないように反則技まで繰り出して、ドル箱を放り投げてている奴に。

普通に動いていたら、呼び出しランプが多少なり付けられる。

このままでは、負ける。


そんな焦りからか、僕の動きも乱雑になってきた。

全力疾走してお客さんを押しのける寸前。

それでも隣のコースより、呼び出しランプが付く!

焦る。

焦る!

焦る!!


そんな最中、ふと、お客さんで怖そうなおじさんが座っている事に気が付いた。

全身上から下まで真っ白なスーツを着ている。

明らかに怒らせたら面倒くさそうな男性だった。

その男性のパチンコ打ってる手元に、缶コーヒーが転がっていた。

転がっているのだから、飲み干した後だ。

それを見つけた僕は、手を伸ばし、ヒョイと缶を持ち上げた。

すぐさま視点は左右を見回し、次の呼び出しランプに行こうとしていた。


次の瞬間、

「おいっ!!!」

僕のお腹に、おじさんがパンチを入れてきた!

「いたっ!」

痛みでうずくまる。

しかしおじさんがパンチしてきた理由がわかった。


僕の持ち上げた缶コーヒーの缶の飲み口から、おじさんの白いスーツへと、点々と、

コーヒーの雫がこぼれていたのだ!

おそらくその缶コーヒーは中身が少し残っていて、その缶が倒れていたのだが、飲み口が下になっておらず、こぼれなかった。

僕が持ち上げたその振動により、ほんの少し残ったコーヒーが、おじさんの白いスーツへと、こぼれてしまったのだ!!


「おいっ!おいっ!!」


おじさんはブチ切れて立ち上がった!

僕は、すぐさま状況に気が付いて

「すいません!」

あわててて謝ったが、謝ってスーツのシミが消える訳がない!


「どないすんのじゃ!われ!コラ!」


すぐさま社員さんを呼ぶ。

もちろん社員さんにも、スーツのシミをどうする事もできない。


僕とおじさんはそのままホール事務所へ。

あとは店の最高責任者、店長に対応してもらうしかない。


「すいませんでした。」

僕と店長は二人で頭を下げたが、おじさんのスーツのシミはやはり消えない。

「いや、このスーツにコーヒーこぼれてんねん!どないすんのじゃ!」

そりゃそうだ。本当にシミが消えなければ、スーツを弁償しなければならない。


「とにかく、今すぐクリーニングに出して下さい!時間が経つと、余計にシミがとれなくなります。」

店長が話を切り出す。

「シミが消えんかったら、どないすんのじゃ!」

「今なら落ちるはずです!今すぐにクリーニングに出して下さい!」

お客さんも納得しない。

「着替えに帰らないとあかんやんけ!ワシの家○○やねんぞ!」

店長が返す。

「じゃあ着替えに帰るタクシー代と、クリーニング代はうちで負担します!だから一秒でも早く、スーツをクリーニングに出して下さい!」

面倒くさいお金の話。

そんなやりとりが続き、半ば納得しておじさんはタクシーに乗って去って行った。


もちろんスーツのクリーニング代とタクシー代は、お店が負担しなければならない。

スーツのシミがもし、クリーニングでも落ちなければ・・・・


店長が僕に向かってこう言った

「完全なお前の不注意や!だからこんな事になるねん!」

「・・・・はい。」

「とりあえず、お前は帰れ!しばらく謹慎や。しばらく店に来んでいい!」

「・・・・はい。」


謹慎処分。このままクビになるかもしれない。

なぜだ?なぜこんな事になる?

俺は新人くんより、お客さんの事を考えて動いていたはず。

ドル箱を放り投げてはいない。

呼び出しランプを押す手を掴んではいない。

焦っていた。確かに、焦っていた。


しかし、お客さんへの最低限してはいけない事はしてないはずだ。

なぜ、こんな目に合う?

倒れていた缶コーヒーを持ち上げたら、こぼれてしまったのだ。

あれを、どう気をつけろというのだ?


あんなに乱暴にコースを見ている新人くんこそ、こんなミスをするべきなのに。

なぜ?この僕が?

こんな目にあうのだ??


ロッカーで自分の荷物をまとめながら、悔いても悔いても、納得できない自分がいた・・・

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