第51話囚われた芸人編⑫

オッサンからシールを受けとると、次は本だ。


「預けてる本は?」


オッサンから紙袋に入った本も10冊受けとる。

あのとき預けた本が、まさか人質、いや本質になるとは。


「おさむちゃん!早まったらあかん!わしは、あんたから金を取りたいわけじゃないねん。今からでも商店街のお店を回ろう!なんぼかシールの足しになるから!」


「いらん!」


「あんた一人になったらあかん!一人でどうやってたくさんの本売るつもりや?あんた本人が、本を買って下さい。本を読んで下さいと、頭を下げれば下げるほど、その本の値打ちが下がるんやで!」


「・・・」


「協力してくれる第三者が必要なんや!わしが一緒にまわって、その本は良い本ですと、買って下さいと、言わないと、その本の値打ちが下がるんやで!」


僕は自分の手元にある、紙袋に入った綺麗な新品同然の本10冊を見てこう言った。


「本の値打ち?ほな、なんでこの本、自分で売ってくれなかったんですか?ここに一冊残らずあるんですか?」


「え?」


「あなたの紹介する人にだけ、僕が自腹で交通費も出してサインも握手もして、定価で本売って、なんであんた、自分の手元に預かってる本、ビター冊足りとも売ってくれなかったんですか?」


「・・・おさむちゃん!」


「おさむちゃんと呼ぶな!!」


「えっ?」


オッサンの顔から笑顔が消える。


「その、おさむちゃんという言葉、魔法の言葉やな。カラオケバーの店長は、僕を一晩呼ぶのにギャラ一万円出してくれるのに、あんたは、おさむちゃん!と呼ぶ事でなぜか、俺の友達の特別扱い。俺をどこにも無料で呼びつける事ができる。まるで俺に金を出す人をあざ笑うかのように、その魔法の言葉を使うよね?ちなみに俺の親しい友達は、だーれも、おさむちゃん、なんて呼ばんよ。」


「・・・」


「俺を売り出すためにプロダクション作るって?じゃあ、今の事務所から、ギャラなんぼで引き抜いてくれるつもり?毎月どれだけのギャラ生活できる金額を俺に支払うつもり?タレント一人抱えるってことは、そういうことやで!」


オッサンが急に強い口調で反論してくる。

「なんや!金かい!金!金!あんたっていう芸人は、そんなに偉いの!!」


その口調に負けないように僕も叫ぶ。


「金じゃ!!」


オッサンはすぐ黙った。


「あんたこそ!俺の値打ちを何とも思ってないくせに!あんたこそ!俺の本の価値を下げてるくせに!」


僕は震える手で本10冊入った紙袋を抱き上げ、シールをポケットにねじ込み、部屋を出ようとする。


「原田さん!」


僕の後ろではじめてオッサンが、僕を名字で呼んだ。だけどもう全て遅い。

僕は一目散に、部屋のドアを閉めて外に飛び出した。

オッサンに渡した現金二万円を後悔しないうちに。


走る、走る、

本を抱えて、僕は泣きそうな顔で商店街を駆け抜ける。

商店街の人たちが、「この人だれ?」とも思わず、僕の横を通りすぎていく。


これでいい。

誰にもなんにも思われなくていい。

俺の事なんか、誰も知らなくていい。


ただ俺は乞食のオッサンに、二万円恵んであげたのだ。


この痛み、この悔しさ。

絶対に、忘れるな。


この二万円の重み、痛み、

取り戻したこの10冊の重み、大切さ。


絶対に、絶対に忘れるな!

忘れるものか!!

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