第26話真実の口編⑭

その数ヶ月後、班長が事務所に飛び込んでくる。

「主任!研磨機が止まりました!」

「またかいや!?」

僕は頭を抱える。

しかしそのまま班長に指示を出す。

「とりあえずブレーカー落として、脚立準備しといて!」

そしてシャツの袖をまくる。

立ち上がって事務所のホワイトボードを裏返す。

そこには、ここ数ヶ月間、班長と僕とで書き上げた、手作りの研磨機の断面図が書いてあった。

あの事件があって、何度も業者に問い合わせ、時間がある時に自分達で研磨機を覗いて作りあげたのだ。


ホールに出るとすでに脚立が用意してある。

「班長!とりあえずお客さん達に片っ端から声かけていって。」

と、言うと僕は躊躇する事なく脚立に登る。

速攻で研磨機に手を突っ込む。

「あかん。これ上じゃないわ!下や!」

すぐ脚立を降りて

次は研磨機の下から手を突っ込む。


実はあれから何度か研磨機トラブルを経験していたのだ。

悲惨な対応しか出来なかったあの事件から、僕も班長もあんな事は二度と経験したくなかった。

そのためにしていたのは、いざという時の準備である。


定期的に閉店後研磨機のチェックもしたし、それにより研磨機の事をたくさん知るようになった。

研磨機は上からでなく、下から物が詰まる事もある。


「また、ネジが詰まっとったわ!」


僕は研磨機から異物を取り除くと、バチン!とブレーカーを上げる。

バラバラバラバラ!

玉が流れて正常に戻る。

「班長なおったで!」

そのまま数人のお客さんに声をかけて、また僕は事務所に戻る。


こんなにスムーズに対応できる事なのに。

あの時は何故、あんなに悲惨だったのだろう?

僕も班長も経験不足とはいえ、あまりにも悲惨すぎた。

でもそのおかげで今はきちんと対応ができる。


あの経験がなければ、ここまで研磨機の事を知ろうとしなかったし、またあれから色々調べたから対応できるようになったのだ。


事務所に入り、ホワイトボードの断面図を裏返す。これはもう消せない。

消えないように油性マジックで書いたからだ!


思えば震災もそう。

悲惨な体験をしたら、二度とこんな目にあいたくないと思う。

じゃあその為に何をすべきなのか?

それを回避する為にはどうしたらよいのか?

それを真剣に考えなければならない。

でも、考えようと思うきっかけは、

やはり悲しいかな、一度でも体験して身を持って知らなければ、実際行動には移せないのが人間なのかもしれない。


パチンコ台から玉が出てくる。

それは当たり前の事。

今でもあの悲惨な体験は忘れはしない。

でも経験というのは宝である。

こうして僕も班長も成長できたのだ。

お客さんにボロカスに怒られ、溢れ出る玉にもがきながら、やっとまともに研磨機トラブルに対応できるようになった。


真実の口は、僕の手を食いちぎらないでいてくれた。

そして僕に経験という武器を与えてくれた。


その後、事務所に班長が駆け込んでくる。

「主任!また研磨機が止まりました!」

「またかいや!?もうええって!」

「あ、でも僕がなおしました!」

「ほんまかいや!」

「研磨機の中にこんなものが詰まってました。」

「?????」


班長が差し出してきたのは、ラミネートの小さな破片。

スタッフの付ける名札だった。


「原田」


・・・・僕の名札だった。

あかん。あかん。僕もまだまだだな。



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