第4話一本レース編③
その日僕は半分のコースを見ていた。
別のアルバイトが一本見させられていた。
隣のコースだったのだが、トップランプがバンバンに光っている。お客さんが呼び出しランプを押しまくっているのだ。
そこの従業員の仕事が追いついていない状況だ。
そりゃそうだ。一人で80人のお客さんを対応できるものか。
僕は半分のコースで助かったと思いながら悠々と仕事していた。
その直後異変が起こった。
社員の人が、そのコースからアルバイトの従業員を抱えて引きずり出してきた。
そいつは口から泡を吹いていた。
「うぐ・・・うぐぐ」
すぐさま無線が飛んでくる。
「原田、隣のコース入ってくれ!一本見てくれ!」
えーっ?
そう、そのスタッフがダウンしてしまったのだ。それほどまでに一本のコースは悲惨だ。
僕が代わりにコースに入ったが、ドル箱はぐちゃぐちゃ、玉は落ちまくり、お客さんは呼び出しランプを押して待ちきれずに自分で箱を下ろしていた。
そんな悲惨なコースを引き受け、忙しいながらも少しずつ修復していった。
社員の人からまた、ポンっと肩を叩かれる。
「やっぱり原田でないとあかんわ!お前がいてくれて助かったわ!」
そしてある日、アルバイトのトップであるリーダーから声をかけられる。
「原田、俺と一本、勝負しないか?」
「えっ?」
その人は僕よりその店での経験が長く、僕より一本コースを見させられた回数が多い。
そんなリーダーが僕に勝負を挑んできたのだ。
「一本勝負するって、なんなんですか?」
「お前が一本のコースを見る。その隣のコースを一本見る。お客さんが呼び出しランプを押して、トップランプを光らせた回数を社員さんにチェックしてもらう。その回数が少ない方がそこのコースを見れてるって事だ。」
「はあ。」
「つまりどっちが、お客さん待たせずに、ランプも光らせずにコースが見れてるか勝負するんや!一本レースや!」
「・・・・」
「勝った方が社員さんから1000円もらえる。どうや?やるか一本レース!」
「はい。」
僕も一本ずっと見させられてきた。コツもわかっている。要領もわかっている。
そして、若かったので、リーダーに挑まれているという事で目をかけられてると思った。
パチンコ店員としてのプライドに火がついた。
「やりましょう!一本レース!」
そして無謀な一本レースが始まった。
勝負でお金がかかっているとなれば、本当に真剣になる。
僕は超高速の小走りでホールを回った。
両手を常に駆使し続け、お客さんの呼び出しランプを瞬時に消し、また高速でドル箱を下ろす。
札を刺し、それと同時に灰皿の吸い殻も紙コップで回収。間髪入れずに片手でドル箱を下ろす。
まさに、高速で動くパチンコ店員ロボットである。
精密に計算されつくし、無駄な動きを全て排除した高速マシーンと化した。
休憩時間に社員さんにレースの途中結果を確認する。
「お前ら!ええ勝負や。わずかの差で、原田が勝ってる!」
それを聞いて、さらに動きにスピードが増す。小走りは全力ダッシュになり、両手両足を駆使し、ホールを回る。
ドル箱も片手でお手玉のように扱う。
お客さんとお客さんのほんの僅かな隙間をスパイダーマンのようにすり抜ける!
そして閉店。
「終了!原田凄いな!お前、リーダーに勝ったぞ!!」
社員の人が僕を祝福した!
めちゃめちゃ嬉しいかった。飛び跳ねて喜んだ。
「やったーー!!」
そしてまた社員の人に肩を叩かれる。
「お前もそろそろ、リーダーになってええ頃やな。次のミーティングで候補に上げてみるわ!」
有頂天。
僕は一本レースに勝ち、それが評価に繋がる。
俺はこの店で誰よりも一本コースを見れる!
そう自負していた。
俺より経験の長いリーダーをも破り、一本レースに勝ったのだ。
そして、まわりからチヤホヤされる事が、たまらなく嬉しいかった。
一本見れずに、泡を吹いて倒れる従業員もいれば、俺のような優秀な従業員もいる。
まさに天狗、大天狗であった。
しかし、その天狗の鼻は、簡単に折られるのだ・・・・
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