第3話一本レース編②

社員の人に肩を叩かれて、僕は一本のコースに立ち尽くす。

お客さんが満席で80人のコース。これを一人で見る。正気の沙汰ではない。

まず、大当たりしたお客さんのドル箱の上げ下ろし。80人もいれば同時に2台3台箱を下ろさなくてはならない。多い時で8人9人同時。

タコのように腕が8本ないと対応できない。

素早く大当たりした台のナンバーランプの光った順番を把握し、瞬時に優先順位を決め、ドル箱を下ろしていく。

せっかちなお客さんは待ち切れず、即座に呼び出しランプを押す。

まず、パチンコ店員の基本、呼び出しランプを押されてお客様のもとに駆け付けたら、その呼び出しランプを消してから、お客様の対応をする。

その呼び出しランプはコースの端のトップランプと連動しており、いつまでも従業員が駆け付けずにお客様の対応をしないでいると、そのトップランプも連動して光り続け、端っこにいる社員の人がフォローですっ飛んで来たり、あるいは事務所の防犯カメラを見ている役職者から無線で激が飛んでくる。


「○コースランプ!はよいけ!いつまでお客さん待たせとんねん!なにしとんねん!」


そのトップランプとの連動を消すため、従業員は駆け付けたら、いち早くお客さんの呼び出しランプを押して消してから対応に入るのである。

長時間トップランプが光っていると、そのコースの従業員が対応できていない証拠なのだ。

無駄に社員の人がフォローに来なくてはならないし、事務所の無線から指示も飛んでくる。そのために駆け付けたら呼び出しランプを消すのが基本である。


つまりトップランプがついていない状態が、お客さんが誰も呼んでいない正常な状態なのである。

トップランプが光り続けていると、お客さんが呼んでいるのに、従業員が対応できていない異常事態なのだ。

そしてすなわちトップランプが付かないほど、そこのコースの従業員がお客さんをお待たせせずに的確に潤滑にコースを見れていることになるのだ。

どんくさい従業員になると呼び出しランプに気づかず、トップランプがいつまでも光り続けて社員の人をやきもきさせ、お客さんも待たせているのだ。

僕ら従業員の指標として、トップランプは重要な要である。

きちんとコースを見るには、的確に優先順位を把握して対応し、なるべくお客さんに呼び出しランプを押させないこと。押される前に行動すること。

トップランプを光らせない従業員こそが、そのコースをきちんと見れていることの表れであり、トップランプを光らせることが、そのコースの従業員の恥とみなされる現状であった。


しかしさすがに僕でも一本80人のコースを全く呼び出しランプを押されずに見ることは不可能であった。両手両足を駆使しても、同時に大当たりされては追いつかない。それでも必死になって汗だくになって素早く動けば、必要最低限の呼び出しランプの量で済む。

そう。スピードがすべてなのである。


そのため、一本のコースを一人で見るために、ありとあらゆる行為を駆使した。

当時はラッキーナンバー制で、お客さんが「3」「7」で大当たりしたら「ラッキー」の札を刺してそのまま持ち玉での遊技が可能。それ以外の数字で大当たりしたら「スタート」の札を刺して、大当たり終了後持ち玉を交換して現金で遊技してもらわなければならない。

「ラッキー」の札はズボンの後ろの右のポケットに入れ、「スタート」の札は左のポケットに入れる。お客さんが大当たりしたら、当たった絵柄を確認するのだが、大半は大当たりしたお客さんのリアクションでもわかる。残念そうにしていたら「スタート」の札をすでに手に持って準備し、駆け付けて刺す。「スタート」の札は左のポケットだから、左手でコンマ0・1秒くらいですぐ取り出せる。

ドル箱も大当たりしてからコースの端まで取りに行っては遅いので、常に2箱手に持ちながら行動する。

そのドル箱を持つ方の手は常に札を刺す反対の手に持っていなければ、札を刺すときいちいち持ち替えなければならない。圧倒的に「スタート」の札を刺す比率が高いので、ドル箱は右手で持つようになる。

台を開ける台鍵を従業員は持っているのだが、ポケットに入れていると、屈伸などかがんだ動きをしたときに、台鍵のとがった先端部分が股間やリンパ節に刺さる。

そのため、ベルトの台鍵をひっかけるフックを取り付け、台鍵を使用する際はフックからワンタッチで台鍵を引っこ抜けるようにしておく。

そして遊技台の灰皿清掃は、コースの端まで灰皿の吸い殻を集めるスコップがあるのだが、そんなものいちいち取りに行っている時間はない。

紙コップを二重にしてカチカチに固めたものをズボンのポケットに入れておく。

これで、気が付いた瞬間に紙コップに吸い殻を取りながらコースを見ることができる。その紙コップはほんの時間が空いた時に処分すればいいのだが、その処分すらできない状況になるときがある。


「原田!原田!ズボンから、火!火!燃えてる」

社員の人が僕に教えてくれる。

「あちっ!熱!熱い!!熱い!!」

ズボンが燃えてカチカチ山状態だった。

そんな風にアリとあらゆる創意工夫を凝らして、時間を秒単位で切り詰めていって、なんとか一本のコースを一人で見れるのである。

まるで、タイヤやパーツを駆使して秒単位で速さを追い求めるF1カーのようである。


そう。速さ、スピード。

それこそがすべてであった。

・・・・・・・・それこそがすべての間違いの始まりでもあった。

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