第6話一本レース編⑤

ある日、バイトの先輩たち、社員さんたち、そして新人くんとの飲み会に、僕は珍しく顔を出した。

お酒は飲めないが、少しは交流しなければと思ったからだ。

お酒が入って少しほろ酔いの新人くんに僕は絡まれた。


「なあ?お笑いの芸人なんやろ?なんか面白いこと、やってーや。」

「・・・・・」

僕は相手にせず、そのままジュースを飲んでいた。

すると新人くんが突然僕のジュースのコップをはたき落とし、

「そのジュースの飲み方、おもんないねん!」

何もかも、面白くないで絡んでくる。

僕は内心かなり腹が立っていたが、じっと耐えていた。


「なあ?もうちょっと、コースまともに見られへんのん?」

「はあ?」

まさに、はあ?である。

新人くんにパチンコ屋の仕事を1から教えたのは、僕だ。

こいつ何を言ってるんだ?と思った。


「あんたのコース、箱は汚いし、その上お客さんランプ付けても対応遅いし。見てられへんわ。」

僕はたまりかねて言った。

「いや、お前に仕事を最初から教えたん、俺やないか!何を調子に乗ってるねん!」

しかし、新人くんは薄ら笑いでこう返す。


「あんたな。社員さん達から何て言われてるか知ってるか?伸び悩んでるって言われてるねん。」

「はあ?」

「ある程度コースは見れるけれども、それ以上進歩ない。そう言われてるねんやで!」

「嘘や!」


僕は先輩アルバイトや、社員さん達の顔を見た。みんな、うんうんと頷いていた。


「あんたな。もう、俺の方がまともにコース一本見れてるって、みんなから言われてるんやで!」

「嘘や!嘘や!」


その言葉に対しても、周りの先輩たちはうんうんと頷いていた。


「残念ながら、俺の方がコース見れるんや。仕事できるんや。あんたは、後から入ってきた俺に、もう抜かれたんや!!」


たまりかねて、僕は立ち上がった。

「いい加減にしろや!俺の方が長い事働いてきて、お前が入ってくるまで、さんざん一本のコース一人で見てきたんやぞ!」

「はいはい。だからもう抜かれてるねんて。」

「そんな事誰が決めてん?誰の評価やねん!」

「みんなや!みんな!ここにいるみんな!」

「ふざけんな!!」


こいつ、そしてこいつら。

俺が飲み会に来ない事をいいことに、さんざん自分らで俺の事を蔑みやがって!

仲の良い酒のみ連中だけで、勝手に評価しやがって!

こいつにコースの見方を1から教えたのは俺じゃないか!

新人は俺をなめくさり、

社員さんは俺の味方をせず、

先輩たちも新人に流されて、

こんなの、絶対に許されない!

信じられない。


「あんたは、もう、俺より下やねん。仕事においても、教えた人間に抜かれてるねんやで。」

「あほか!俺の方がコース見れるわ!お前なんかよりも!そしてここにいる社員さん全員にだって負けへんわ!」


新人くんは待ってましたとばかりに、笑みを浮かべながら僕にこう言った。


「ほな、一本レースしましょうや。」

「・・・・・・」

「あんたと、俺とで、一本レース。」

「・・・・・・」

「社員さんに審査してもらうんやからな、あんたも文句ないはずや。」

「・・・わかった。」

「負けたら大人しく、俺より下やって認めるんやで。後から入ってきた俺より仕事でけへんって、認めるんやで!」

「・・・よし!」


ついに調子に乗ってる新人にそそのかされて、僕は一本レースを受けてしまった。

お互いのプライドをかけた一本レース。


当時の僕はまだ若くてやんちゃだった。

挑発されれば、その土俵に上がってしまう。

自分の仕事ぶりを認めてほしかった一心で。


そして、愚かな愚かな、僕と新人くんの一本レースが始まったのだ・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る