第29話砂漠の水編③

その日の閉店後、うちの店の男性スタッフ総勢20名が新人女性スタッフの歓迎会に集まった。

近所のカラオケボックスであった。


あれ?あれれ?人数が増えてる?

これ、全員で男ばっかり30人はいるぞ!?


班長に聞いてみると、隣のチェーン店の班長とそこのスタッフまでやってきたらしい。

全員揃いも揃って男ばかりである。

見たこともない、隣の店の班長が僕を素通りして、新人女性スタッフに声をかける。


「君、今日から働くんやて?俺、隣の店で班長してる○○!これからよろしくな!」


と、女の子に握手を求める。

隣の店の人間じゃないか!なにをよろしくするんだ?

一緒に仕事する事ないじゃないか!

その班長はうちの店の班長を指差して言う。

「こいつには気をつけろよ!女ったらしやからな!」

「そんなことないわ!」

アホな班長二人の言い合いである。

とにかく、他にも男性スタッフいるのに、この班長二人はこの女の子と誰も喋らせやしない。

二人で一人の女の子との会話を占領する。


カラオケボックスの部屋に入っても、女の子の左右に、自店の班長と隣の店の班長が座る。

真ん中で明らかに女の子が萎縮している。

まるで時代劇で、悪代官と悪徳商人に挟まれた町娘である。


そして、女の子1対男29の狂乱の宴が始まった。

女の子の左右の班長は、かわりばんこにお互いの18番の曲をカラオケで歌い、女の子に聞かせようとする。

その他の男性スタッフは、もう女の子と喋るのは諦めて、自分らで勝手に喋っている。


僕は隣の店の班長の隣に座っていた。

3ヶ月前に入社したばかりの僕。

隣の店の班長とも初対面なのに、全く何も話しかけられない。

隣の店の班長は女の子に話しかけるばかり。

「田舎はどこなん?」

「好きな食べ物はなんなん?」

その合間、合間に、

「この仕事でわからん事あったら何でも聞いてこいよ!新人には俺、優しいからな!」

はあ?

隣の店の班長が何を言う!

いつ女の子に仕事を教えるタイミングがあるというのだ。

そして、俺だって新人だ!

俺にだって、優しく話しかけろ!


「♯※♯※♯※!」

「えっ?」


油断していたら、隣の店の班長が僕の方を向いて、僕に話しかけてきたのだ。

「♯※♯※♯※!」

「なんですか?」

カラオケの音がうるさくて、よく聞き取れない。けど、隣の店の班長が始めて俺に話かけている。

さすがに新人の女性スタッフにばかり話していて、そのすぐ隣の新人にも声をかけないのはいけないと、気付いて何か話しかけてきたのか?

「君も最近入ったんやな?」

みたいな事を言っていると思った。

でもよく聞き取れない。


「すいません、なんですか?」

「♯※♯※♯※!」

「もう一度お願いします。」


そして、四回目にしてその言葉が聞き取れた。


「レモンチューハイ!!」


「?????」

なんの事かわからなかった。

僕が振り返ると、僕のすぐ、後ろにフロントに注文するインターホンがあった。


「レモンチューハイ!」


「はあ?」

俺に?注文しろというのか?

注文しろと言っていたのか?

こいつ!!

こっちだって、入社して3ヶ月の新人だっていうのに!今日入っていた一人の女の子に会いに、わざわざ隣の店の班長のくせにきやがって!

こっちに話しかけないのは、百歩譲ってゆるせるが。

興味ない、眼中にないのも許せるが。


始めて話しかけた言葉が、

「レモンチューハイ!」だあ??

どこが新人に優しいねん!?

わからない事は何でも聞いてこいだあ?

たった一人の女に、よってたかって群がってるクソじゃないか!


「レモンチューハイ!」

とだけ俺に話し掛けて、また女の子との喋りに専念しだす。

僕は頭にきて、席を立つ。


もう、気分が悪いから帰る!

でも、帰る前にインターホンで注文だけはしてやらんとな!


「カルピスチューハイ!!」


それだけインターホンで叫んで、僕はカラオケボックスを後にした・・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る