第9話一本レース編⑧

謹慎処分あけて、店に顔を出した僕を店長が待っていた。

「実はあのお客さんのスーツ、クリーニング屋からうちの店が直接預かってるのや。」

要は、本人にクリーニングに出させると、実はシミが取れているのに、取れてない!と言われたり、後々トラブルになるからだ。

こうして直接店長がクリーニング屋にスーツを引き取りに行ってくれたのだ。


・・・・あの、シミがない!

コーヒーがこぼれてすぐクリーニングに出した事が幸いして、白いスーツには一滴のコーヒーのシミも付いていなかった。

・・・・・良かった。

胸をなで下ろした。


事務所にあのお客さんがやってきた。

店長と二人で、クリーニングから帰ってきたスーツにシミがない事を確認してもらった。

そして、スーツのクリーニング代と、あの日着替えに帰らせたタクシー代を渡した。

このお金は、お店と、店長の自腹と、僕が三等分して、僕自身6000円を負担した。


店長と二人で必死に頭を下げた。

お客さんはもう、怒ってはいなかったが、


「お兄ちゃん!ほんまに、焦ったらあかんで。焦ったらこんな大きな事になるんやで!色んな人に迷惑かかるんやで!」

「・・・・・はい。」


身にしみて、本当に身にしみてよくわかった。

あの時の一瞬の不注意で、色んな人に迷惑をかけてしまった。

本当に申し訳ない事をした。

そして、本当に、・・・・スーツのシミが消えてよかった。


お客さんが事務所から出たあと、店長からお話がある。

「一本レースみたいな事、してたらしいやんけ!」

「はい。すいません。」

「それはうちの社員にも責任があるわ。忙しい中でも、お客さんあっての商売なんや。」

店長が防犯カメラを指差す。


「80人いようと、100人いようと、その人ら一人一人には、君はたった一人のホールスタッフやねん。」

「・・・はい。」

「ドル箱下ろしたお客さんも、すれ違うお客さんも、その時は君と1対1やねん。それを疎かにしてたら、そのうち一人のお客さんもおらんようになるんや。」

「・・・」

「もう、一人で一本見させるような事はしないようにするから。うちの社員にも全員言っとく。どんなけお客さんの呼び出しランプがついても、一人のお客さんを疎かにしたらあかん!!」

店長の言うこと、根本的なこと。

僕は、全て疎かにしてきたのだ。

スピードばかりを追い求め、お客さんとの一期一会、踏みにじっていたのだ。

このスーツの事件がなければ、僕は、どれだけのお客さんをこれからも疎かにしていただろうか?


店長とのお話が終わり、久しいぶりにホールを覗いてみる。

みんな一人で一本のコースを見ることはなく、一人半分のコースを見ていた。そのコースには社員さんも入っていた。

僕の事件があって、少しお店のやり方も変わったようだ。


あれ?

あ、あれれ?

新人くんは?

僕がいない間、活躍して店を走り回っていると思っていた。

あの新人くんは?


新人くんが

どこにもいない!?


先輩アルバイトを捕まえて聞いてみた。

「あのう、新人くんは??」


「あいつ?クビになったよ。」


えっ!?えーーーーっつつ!!!

なにがあったんだ??

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