第10話一本レース編⑨

なせだ?

あの新人くんが?クビ?

俺ですら謹慎処分だったのに?

一体何をしたのだ?俺より将来有望視されていたじゃないか?

新人くんがクビになった理由を先輩アルバイトに聞いてみた。


「オーナーに挨拶せんかってん。」

「はあ?」


理由を聞くと、非常にしょうもなかった。

新人くんが事務所でタイムカードを押そうとしたら、一人の知らないおじさんが入ってきた。

それがこの店のオーナーであった。

もちろんアルバイトの新人くんはオーナーの顔など知らない。挨拶をしなかった。

それにオーナーは激怒した。

「なんで、君、挨拶せんのや?」

その言葉でだいたいその人が挨拶しないといけない人間だと、ほとんどの人間はわかるはず。

しかし、そこで新人くんは、ふてくされてしまったのだ。

なんで、知らん人に挨拶を強要されないとあかんねん。と。


速攻で新人くんはクビになってしまっていたのだ。

そんな事を聞いてからその日のホール業務が終わり、みんなでお店の外に出ると、


「みんな!待ってたで!」


クビになった新人くんが、店の外で僕らを待っていた。

「飲みに行きましょうや!」

先輩アルバイトや社員さんたちと、そして新人くんと僕は飲みに行った。

ほとんどオーナーの話ばかり。


「新人くん、災難やったな、オーナーの話」

「ほんまやな。クビはいくらなんでも、酷いと思うわ。」

先輩アルバイト達は新人くんをフォローする。

新人くんはまだ辞めて間もないのだが、

「いや、あんなオーナーのおる店、辞めてせいせいしてますわ!」

と言っていた。

しかし、何となく僕は感じていた。


そんな店なら、そんな店のみんなが仕事終わるまで、どうして店の外で待っていたのだ?

そしてみんなで飲みに行って、愚痴を聞いてもらいたかったんじゃないのか?


本当は、もっとこの店で働きたかったんじゃないのか?

未練があるんじゃないのか?


「ほんま、新人くん可哀想やな。オーナー腹立つなあ。」

バイトの先輩達は、そう言うが。

誰一人として、オーナーに直訴した人間もいない。

誰一人、抗議した人間もいない。

誰一人、新人くんの後を追って辞めた人間もいない。

ただ、新人くんの愚痴を聞いているだけ。

その雰囲気に新人くんが酔っているだけ。

そんな飲み会だった。


いたたまれなくなる。

謹慎処分をくらった僕だけど、クビにはならなかった。

だけど

彼は、礼を軽んじたあまり、一瞬でクビになった。


なんだかとても、可哀想になった。

そして、話を合わせているだけの先輩たちに吐き気がした。


あんたらが、挨拶とか、初歩的な基本的な事を重んじて指導して、教えてやらなかったからだ。

もちろん僕にも責任がある。

スピードばかり追い求め、一本コースを見るノウハウは教えたが。


礼を、

礼を重んじる事を教えてやらなかった・・・・


僕らがみんな悪いのだ・・・

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