第11話一本レース編⑩

さらに後日、僕らは閉店まで働いて更衣室で着替えていた。

先輩アルバイト達が話をしている。

「おい、新人くん、また外で俺らが出てくるの待ってるみたいやで。そんな毎日毎日飲みに行かれへんて、こっちも。」

「あいつ、あれからどこのパチンコ屋に面接行っても、落とされてるらしいで。うちのオーナー顔広いからな。挨拶せんでクビになったのが、よその店でも知られてるらしい。」

「俺、今日裏口から帰るわ。あいつもう、関わりたくないわ。」

そう言うと、先輩アルバイト達はそそくさと裏口から帰って行った。


僕は、外で待っている新人くんが気になって、いつもの通用口から外に出た。


新人くんが自販機の隣にしゃがみこんで、みんなを待っていた。

手には缶ビールを持っていた。


「原田さん・・・みんなは?・・・みんなは?」


季節は真冬だった。新人くんはみんなを待っていたのだ。

クビになった辛さ。面接を受けても落とされる悔しさ。あれだけ自分を評価してくれた、みんなに会いたかったのだ。

真冬の夜、自販機の隣にしゃがみこんで、ガタガタ震えながら、みんなを待っていたのだ。

僕は何て声をかけていいのかもわからなかった。

僕は、新人くんの隣に座る。

そして全部正直に伝えた。


「もう、みんな裏口から帰ったよ。毎日飲みに行くお金ないねんて。」

「・・・・うう、原田さん。」

「なんやねん?」


新人くんはガタガタ震えながら、そして酔ってはいたが、はっきり僕に言った。


「僕、この店の誰よりも!一本見れるんですよ!・・・・原田さんより!誰よりも一本見れるんですよ!」

「・・・・」

「よその店の誰にだって負けへん!俺、誰より、一本!見れるんですよ!今だって!!」


ガタガタ震えながら、必死に僕に絡んでくる新人くん。僕は、彼の言葉を聞きながら、じっと目を閉じ、

それから彼を見てハッキリこう言った。


「一本見れたって、どーしようもないねん!!それ、大したことじゃないねん!」


その言葉に全てが込められていた。

広い広い社会の中の、一つの小さなパチンコ屋。その中のほんの小さな一本のコースなんだ。

それをアホな俺らは、一本見れる!誰よりも見れる!そんな事競い合ってる、俺らは所詮、カゴの中のハムスターみたいなもん!

一生懸命走っても走っても、自己満足ばかりで、なーんも前に進んでない。


お客さんにそそうをしたら怒られ、

オーナーに挨拶せんかったら、クビ!


一本見れる事が、偉いだの!自分が上だの!

なーんも、なーんも!なんの意味のない事やねん!

そんな事を競い合った俺ら二人は、おのおの大切なものを失ってしまった。


新人くんは職を失い、

僕は6000円を失った。

誰も助けちゃくれない。あんなけ、お前が頼りだの、期待してるだの持ち上げておいて。

結局誰も助けちゃくれないんだ!


「う、う、うわぁ~・・・・」


新人くんが僕の肩に顔を付けて泣いた。

彼が本当に自分の弱さを認めた瞬間だった。

僕だって、泣きたい。

だけど、辛うじて職を失わなかったのが幸いだ。


可哀想な新人くんは、いつまでも僕の肩で泣いていた。

その次の日から、もう新人くんは店に姿をみせなくなった。

そして、誰も何も言わなくなった。

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