第8話一本レース編⑦

お客さんの白いスーツにコーヒーをこぼしてしまった僕は、そのまま無期限の謹慎処分を言い渡された。

もちろん、新人くんとの一本レースは中断。僕は、強制退場となったのだ。


更衣室でロッカーの整理をして帰ろうとしていると、新人くんが入ってきた。

「なんや?なんや?お客さんに、コーヒーこぼしたらしいやんけ?クッ、クッ、クッ」


新人くんが勝ち誇ったように笑う。あんなに乱雑にランプ対応していた張本人が、人の不注意を笑い飛ばすのだ。

全ては結果。結果が全て。

僕は、じっと我慢して、更衣室を飛び出そうとした。

その僕の後ろから、新人くんがまた言った。


「まあ、家でゆっくり休んどきや!あんたのおらん間、一本は、この俺が見といたるからな!安心せい!」

「・・・・・・」

「クッ、クッ・・・」


笑いを堪える新人くんを背にして、僕は店を飛び出した・・・


次の日、布団の上で目覚める僕。

謹慎処分中なので、バイトに行かなくても良い。

それどころか、行くところがない。

仕方ないので、もう一度寝てみる。

数時間後に目が覚める。

もう眠たくない。

でも、


行くところがない。


起き上がって、外に出る。

あてもなく歩く。

やはり、行くところがない。


今すぐに、勤めてるパチンコ屋で走り回りたい。こんなに身体は元気なのに。

だけど、働けない。

僕は、謹慎処分中。


近所のパチンコ屋に打ちに行った。

ストレートに五万円負けた。

全財産をたった1日で使い果たした。

これだけ稼ごうと思ったら、どんなにホールを走り回り、ランプ対応に追われなければならないのだ。

その金額を、ストレス解消どころか、たった1日で負けてしまった。


くそう!

近所のコンビニで飲めないビールを買う。

酔ってしまいたい。酒も飲めないのに、ビールを一気に飲んだ。


「うげえ!まずい。」

吐いた。すぐに吐いた。

そして僕の1日は終わった。


たった1日仕事を奪われただけで、僕は、する事のない、行くところのない、さまようだけの人間になってしまった。

長い長い、いつ明けるかもしれない謹慎処分中。

たった1日で根を上げてしまいそうだった。


あの時の缶コーヒー、中身が入っていなければ、こんな事にはならなかったのに・・・・

全てその瞬間を悔やむ。あの瞬間なぜ?あの時、なぜ?

全ては事故。そう言ってしまっても、スーツのシミが消えないのだ・・・・


「働きたいよ・・・」


コンビニにうずくまる。

仕事を奪われたホールマンの、愚かな1日だった。

そして次の日も、その次の日も、自堕落で過去を悔やむだけの毎日が過ぎていった。


そして一週間が過ぎ、働いている店から電話があった。

「明日店に来てくれ。例のお客さんに一緒に謝ろう!」

店長からだった。

あの、スーツにシミを作ってしまったお客さんに、もう一度会わなければならないのか?

嫌だなー。


でも、僕の謹慎が終わろとしている。

「行きます。」

僕は、もう一度、あの店に戻りたかった。

そして超えなければならない試練に立ち向かって行った・・・・

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