第36話砂漠の水編⑩
僕らの残業が一週間を超えた。
それでも終わる気配がない。
店長はよく店を空けるし、もはやホールは班長の独壇場と化していたからだ。
女の子は来る日も来る日もトイレ掃除、僕は休憩のない地獄のホールを走り回っていた。
それでも過去の経験からか、僕は内緒でコースの端に水を隠したりして、班長の目を盗んで給水して苦難を凌いでいた。
どんな苦難でも、相違工夫で完全に乗り切れはしないが、緩和する事ができる。
トイレに行きたいと言って、個室の便器に腰掛けて内緒で休憩したりして体力を回復していた。
しかし、女の子はそうはいかなかった。
本当に常時トイレ掃除をさせられていたし、どんなに綺麗にしてもすぐやり直しをさせられていた。
僕も彼女を気にかけていたが、自分に課せられたペナルティーで必死になっていて、会話する事もできなかった。
ある日の深夜。
僕の携帯に女の子からメールが届く。
「私、もう辞めます。お世話になりました。」
「!!!」
あわてて電話をかける。
「辞めるって本当か?いつや?」
「・・・・今すぐです。」
「はああああ???」
もはや彼女は限界を通り越していた。
二人の班長に手を出され、優しくされた僕との関係を疑われ、残業を課せられ、踏んだり蹴ったりの毎日。
これで辞めない方がどうかしている。
「田舎の両親がもう帰って来いって言ってるんです。もう、あんな店、二度と入りたくもない!」
「待て、今から寮を出るのか?」
「はい、もう荷物はまとめました。」
「班長に見つかるとまずい。俺が行くからちょっと待ってろ!」
そして、彼女のマンションへと向かう。
二階は男子寮、三階は女子寮。
荷物を持った彼女がもし、班長に出くわそうものなら、これほど悲惨なものはない。
あれほど疑われた、二人の関係。
女子寮に一度も、本当に一度も入った事なかったのに。僕は彼女がほっておけなかった。
初めてマンションの女子寮に足を踏み入れる。
夜遅く、みんな寝静まっている中、マンションの女子寮の廊下に彼女はボストンバッグを持って立っていた。
身体はガクガクと震えていた。
もう何も話す事はない。
彼女をここから解放してやるしかない。
彼女の腕を掴む。
「行こう!」
薄暗いマンションの女子寮の階段を下り、二階の男子寮の廊下を、二人で音を立てないように歩く。
ガチャ。
とある部屋のドアが開く。
そこから顔を出した男。
ああ、神様。
なんて事なのだ。
ちょうどその時顔を出したその男こそ。
うちの店の班長だった。
なぜだ?なんでこんな絶妙のタイミングで顔を出す?
何万分の一の確率なのだ?
そして僕ら二人はなんでいつも見つかるのだ?
ボストンバッグを持った女の子、その手をひく僕。
そんな二人を見た班長が、言う言葉は一つだった。
「なにしとんのや!!お前らーー!!!」
運命はいつも僕ら二人に味方しない・・・
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