第35話砂漠の水編⑨
次の日から僕はその店で一番忙しいコースに叩き込まれた。
いつも、忙しすぎて二人で見ているコースをたった一人で見ろというのだ。
こんなバカばかしいペナルティーでも従うしかなかった。反抗したところで、何も信じては貰えない。
一時間経過し、二時間経過し、僕はいつもと違う事にすぐに気が付いた。
休憩が回ってこない!!
いつも班長がコースの人間を食事休憩に上げるために、かわりにコースに入ってくれるのだが、全くその気配がない!
隣のコースを覗くと、他のスタッフ達は順番で休憩に上がっている。
そして、きちんと班長も休憩に上がっている。
その時、班長と僕は目が合った。
ふんっ!
班長が僕からすぐ目を逸らし、自分の休憩に行く。
休憩を飛ばされている!
これは、もうこのコースで俺を潰そうとしているのだ。
数時間その店で最も忙しいコースに一人きり。誰も助けに来ない。
お客さんは常に呼び出しランプを押しまくり、僕はお客さんのドル箱を下ろしまくり。
喉の渇きを辛抱していたら、次は口の中までカラカラになってきた。
身体の貴重な水分が、仕事の汗により身体の外に出てしまう。
さらに数時間、汗も出ないほどの脱水症状に陥った。そして声も出ないほどの喉の渇きが、僕を襲う。
たまらず通りがかった班長に助けを求めた。
「すいません、休憩行ってないんですが?」
「休憩、あげてないんやから、当たり前やろ!」
容赦のない冷たい答えで僕を付けはなす。
「まあ、いい、水くらい飲んでこい。」
ここは?軍隊なのか?
軍隊の演習なのか?
「わかりました。水飲んだらすぐに戻ってきます。」
そう言って、水を飲みに休憩室へ向かう僕の背中で、班長がポツリと言った。
「そんな事で潰れてたらもたんぞ。お前、今日残業なんやからな。」
それを聞いて崩れ落ちそうになる。
それでもヨロヨロと休憩室に入る。
すると、僕と同じくペナルティーを課せられている、あの女の子がいた。
「原田さん!大丈夫ですか?」
「君は?君は大丈夫か?」
「私もずっと、朝からトイレ掃除ばかりで。ずーっと、ずーっと、トイレ掃除です。しかも今日、残業や!って。」
「そうか。お互い悲惨やな・・・」
僕らはまるで禁断の果実に手を出したアダムとイブ。楽園を追われ、みんなから仕打ちを受けている。
でも、僕らが何をしたというのだ?
何故こんな目に合わないといけないのだ?
そして、何故こんな事が許されるのだ?
僕は水のペットボトルを一気に飲み干す。
「もう俺、行かないとあかん。休憩ないからな。」
「原田さん!」
女の子の叫び声を背中に休憩室から飛び出す。
砂漠の中の水。
まさしく彼女はそう。
女性スタッフがいなくて、男性スタッフばかりのカラカラの職場に落とされた、一滴の水なのだ。
それを寄ってたかって吸い尽くされた。
思わず僕も、その水の雫に触れてしまいそうになっていた・・・・
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