第2話一本レース編①
僕も41歳になり、何度も免許証の更新の講習を受けに行った事がある。
その度に見させられる、事故のビデオ。
車をガンガンにスピード出して走る運転手。
「自分は運転が上手い。スピードを出しても大丈夫。そんな慢心と油断が、人の命を奪うのです。」
そんな意味深なナレーションの後に、必ず車は大破する。
ドンガラガッシャーン。目を覆いたくなるような惨状。事故現場のVTR。泣き叫ぶ被害者。
そんなビデオをみる度に僕は違う事を思い出す。
あの、一本レース・・・・・
当時僕はまだ20歳前だったと思う。
アルバイトをしていたパチンコ店はそこそこ大きくて、駅前にデーンと構えていた繁忙店だった。アルバイトも早番で10人、遅番で10人体制で見ていたとても忙しい店である。
出勤前に休憩室でぽーっとお菓子を食べていると、そこの社員さんが駆け上がってくる。
「原田、今日、一本みてくれ!!」
「えーっ!!!!」
それは死の宣告に近い。
そこのパチンコ店は半コースが満員で40人のコースである。ひとつの島の半分のコースである。
一本とは、縦にもう半分のコースを足した事である。
そう、一本とは、80人のコースを意味しているのだ。
普通は、ひとりのアルバイトが見れる範囲が40人が限界なので、みんな半コースずつ見ているのだが、そこに予測不能の事態が起こって、誰かが一本みなくてはいけない人間が出てくるのだ。
その予測不能の事態とは、たいがい他のアルバイトの当日欠勤、遅刻早退、人員不足がほとんどだ。
「えーっ!一本ムリです。80人に対して一人でしょ?死にますよ!!」
「お前しか見れる奴おらんねん。頼む!」
社員の人が頭を下げる。
本当にひとりで80人のお客さん相手にコースなどまともに見れる訳がない。
一本は嫌だ!死ぬほど嫌だ!
だけど若い頃の僕には、そこにほんの少しの仕事の誇りというものがあった。
他のアルバイトには頼めない。
お前しか一本見れる奴がおらん。
お前しかいない。
お前しか・・・・・
そう、評価されているから、一本のコースを僕が任されているのである。
僕しかできる人間がいないのである。
「仕方ないですね。今日だけですよ。」
「さすが!原田!頼りになるわ!!」
そう言って社員の人が、ポンっと肩を叩いてくれた。
この頃の僕は本当に若くて、純粋だったな。
評価される事、頼りにされる事、嬉しいかった。
そんなプライド、そんな気持ちが、ズルズルと僕を一本レースへと引きずり込んでいくのだった・・・
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