第19話真実の口編⑦

それから間もなくして、あっという間に主任は退職した。

家庭の事情ということで急な退社であった。

さて、残された僕は、すぐ班長に昇格した。


短期間に店の班長は転勤、主任は退社して、お店のトラブル対応をほとんど僕がしなくてはならなくなった。

おまけに部下にも色んな業務を教えていかないと、自分がいない時にトラブル対応できる者がいない。

自分だってトラブル対応があやふやで手探りの状態なのに、さらに部下にも教えていかなくてはならなかった。


幸いな事に、主任が退社したあと、研磨機は毎日大人しく動いてくれていた。

その間にだって、パチンコ店には色んな別のトラブルがおこる。


「お兄ちゃん!お金がどっかにいってん!」

というお客さんから、

「トイレの水が流れない!」

といったものから、

「あの従業員の接客が悪い」など、

お店のありとあらゆるトラブルが降りかかってくる。

それを僕を含む全社員で何とか踏ん張って、知恵をしぼって解決する。

そして毎日の営業が繰り返されていく。


そんな毎日の中で、僕は常に頭の片隅に研磨機の事があった。


あの研磨機が、どうにかなったら。

俺、なおし方を知らない。

というより、なおし方を教わってない。

そして、なおした事がない。


もし、研磨機が、止まったらどうしよう?

店長が言っていた、他店で研磨機をなおそうとして、指をなくした主任の話。

常に潜在的な恐怖として頭の中にあった。


店長にある日声をかけられる。

「主任が辞めて毎日大変やろ?」

「はい。そりゃあもう。」

「でも引き継ぎはちゃんとしてるんやろ?」

「・・・・はあ。」

そんな風に言葉を濁したが、退社した主任は十年以上もこの店のトラブル対応してきたのだ。

ほんの数日の引き継ぎで、全てが引き継げるものか!

店長から

「なんでそんな事も知らんねん!」

と、言われるのが怖かった。

「なんで前もって聞いておかへんのや!」

と、怒られるのが怖かった。

だから、ずーっと、ずーっと、

心の中で祈っていた。


研磨機よ、止まるな。

研磨機よ、止まらないでくれ。

もし、止まったら、

・・・・俺にはなおせない。


そして数カ月が過ぎ、晴れて僕はその店の主任に昇格した。

僕の部下は一人、班長に昇格した。

へなちょこ主任と、へなちょこ班長である。

僕が頼りにしていた、あの二人にはとるも足らない経験不足のへなちょこ二人である。


研磨機よ、止まるな!


そんな祈りが通じたのか、本当に数カ月間、研磨機は何の異常もなく動いていた。


ザーザー。ザーザー。


このまま、永久に、何事もなく動いてくれるのでは?

・・・そう思ってしまいそうになっていた。


しかし、悪魔のモンスターは、そんな僕の心の隙を狙っていたのだった・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る