第48話 咄嗟の発言と決断

「天使の千恵子に夢の理由を直接問いただせるかもしれない」とはじめた

健一の体外離脱実践は、うまくいかず不眠症で日々眠そうな表情をしていた。

「先輩あまり眠れていないようですけど」妹分の山本が心配そうにしている。

「ああ、山本ちゃん大丈夫。最近泰男がやんちゃになってねえ」と適当な

ことを言ってごまかすのだった。



しかし、健一にとってついに新たなる人生を歩むきっかけとなる日がついに訪れた。


この日の午前中、いつものように健一は、タイ食材を扱うお店“トンブリーマーケット ”に食材を卸に行った。

「いつもお世話になります青木貿易です」「あーいつもありがとう」店の人の声がした。

声の主は、ここの主人で、奥さんはタイ人であった。

元々このお店はタイ古式マッサージの店だったのが、健一の営業の成果で、昨年から食材店を開業。

健一がこのエリアの担当で、健一の営業努力も実り、在住のタイ人のお客様からは大変好評であった。

また食材店の横の狭いスペースを使って、簡単なタイ料理を食べることも出来るようになっており、健一もプライベートで何度かこの店で食事をすることもあった。


トンブリーマーケットの主人も健一のタイ料理・食材の知識には一目を置いており、

いつもいろいろと相談していた。


そしてこの日も健一に相談するのだった。

「実はね、斜め前の店が辞めたので、その物件と契約したんですよ。

そこで6月頃にタイ料理店を始めようと思ったけど、

あなたのところでタイ料理のシェフとが知り合いは、いませんか?」


この時、一瞬健一の心に何か得体の知れないざわめきを強く感じたかと思うと、

突然「もしよろしければ僕はいかがですか?」と前後の見境もなく口走ってしまった。

突然の健一の発言に、トンブリーマーケットの主人は驚いた。

「えっあんたが?いや昔お店をやっていたことがあると聞いたけど・・・。

でも・・・それだと今の仕事どうするの?」と不思議そうな顔をする。


健一は「はっ」と我に戻ると「あ~いえ、今変な事を言いました。

とりあえずいい人がいるか探してみます」と言ってその場を立ち去った。

健一は帰り際「なぜそんな事を言ってしまったんだろう?」自問自答を繰り返した。

「千恵子の死でタイ料理を封印した筈だったのに。最近立て続けに見た夢のせいなのか??

そうは言っても最近もう一度鍋を振ってみたい気持ちになっているのは確か。

しかしそうすると青木社長や大串に迷惑がかかってしまう。

こんなときに千恵子がいれば・・・。どうしよう」


2、3日の間聖書を読みながら、神に祈り続ける

健一、しかし気ばかりあせってしまい余計に頭が混乱してきた。

「だめだ、雑念のようなものがよぎるなあ。と思って棚を見ると、

千恵子のプレゼントだったあのピンクの熊が目に入った。

「そうだ、この熊には千恵子の魂が宿っているとかそんな話しがあった。と言いながら熊に

向かって静かに相談する。でも何も浮かばない。「だめだ!」と健一はその場で熊を投げ捨ててしまった。


すると、目の前が真っ暗になったかと思うと突然例の夢が頭の奥底から

湧き出たようにイメージされるのを感じる。「千恵子・・・・・」

「そうだ、これは神様が千恵子を使って俺をもう一度タイ料理店に働くように

働きかけていたんだ!きっとそうに違いない!!」という結論が頭に浮かんだ。


その瞬間気がつくと、目が覚めた知らぬ間に眠っていたらしい。

目の前には聖書が置いてあり、先ほど投げつけたピンクの熊は夢の中で投げつけただけで、

見つける前の状態のまま置いてある。

「ん?いつの間に寝ていたんだ。ああ夢かあ」と思ったが、その夢の中のことは

結論と思った健一。「よし、青木貿易をやめてトンブリーで働こう」と

その場で決断したのであった。


青木貿易をやめてトンブリーに働くと決めた大畑健一。

そうなるといつも通り行動が早い。ペンと便箋を用意し、5通の手紙をしたためた。

1通目はトンブリーマーケット宛に、「今まで自分がタイに関わったことと、料理への熱い想い。

店の経営は1度失敗したけど、今回もう一度チャンスを頂いたいと思った」ことを書き記した。

2通目は青木晃社長に「ここまでお世話になったのにもかかわらず、退職を希望したく、もう失敗は出来ないとわかっているので、人生をかけてみたい。お怒りは重々承知の上お許しください」と。

3通目は大串洋次に、「もう一度勝負するよ、お前1人に仕事の負担を与えてしまって済まない。許してくれ」と。4通目は山本明子に「ごめんなさい。僕はもう一度夢を追いかけてみることにした。君はもう十分一人前でがんばれる。だから山本ちゃんに後は任せるよ」と、そして最後は福井真理に、「恥ずかしいけどもう一回自分にかけてみたい。泰男のことはご迷惑でしょうが、よろしくお願いします」と。

それぞれ切手を貼って郵便を送った。

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