第2話 「夢見るお客様」
「そうだ話し変わるけど、今度の連休。温泉でも行かない。まだまだ大変だけど
私のバイト料で1泊くらいならどうにかなりそうよ。
そう昔一緒に富士山登ったから富士山の近くの温泉がいいなあ」
千恵子が普通の話に戻ったのでちょっと安心した健一。
「そうだね。温泉行こう。店を開業してまもなく一年。あれから旅行をしていなかったもんね。
気分転換したいなあ。神様も許してくださるだろう。
まだまだ千恵子に頼りっぱなしだけどもう少しの辛抱だと思う。我慢してくれ」
千恵子は健一の体に擦り寄りながら「もちろんよ。私はあなたが成功するまでがんばる。
だから夢はあきらめないでね。絶対よ!といいながらお互い抱き合いながら、
静かに目を閉じてお互いの口を合わせるのだった。
夜遅くなって、ますます雨脚が強まる中。
3人一緒に家に戻っていた健一はなかなか寝付けないでいた。
「昨夜は千恵子が、変なことを言い出すから眠れなくなってしまった。
先に死んだらとか言い出すから。
確かに彼女との出会いは運命のようなものを感じたけど、『魂が同じ』とか
正直よくわからないよ。
彼女にもしものことがあったら・・・俺は生きていけるのだろうか?
でも泰男がいるから生きていかなくてはならないんだ!
でも、俺は死んだら・・・・彼女はどうするんだろう・・嫌だ嫌だ考えるのはよそう」といいながら、健一は横を見ると、今宵ゆっくりと2人で楽しむことができたからか千恵子がいつも以上に緩やかな表情で、少女のような寝顔を見せているのだった。
それを見ながら健一は、思わず千恵子の背中にかぶさるようにして抱きしめて眠った。
千恵子の体の体温を肌で感じながら健一は知らぬ間に眠っていた。
この日健一は夢を見た。健一は成長した泰男とどこかの外国に来ている。
「これは間違いない、俺がこの世界に嵌ったきっかけのタイのバンコクだ」
成長した泰男と二人少し大きな川を見ている。健一がタイに渡航したときにいつも見ているチャオプラヤー川の流れである。それを静かに眺めていると途中で健一はあることに気づいた。
「あれ?千恵子がいない!どこにいるんだ?」あわてながら探すが、千恵子の姿はどこにもない。
『まさか千恵子か!そんな!!』思わず声を上げようとする健一」その瞬間目が覚める。
起きたら、午前11時を回っていた。すでに千恵子は昼間のスーパーのバイトに出かけていてメモがおいてあった。その横で泰男は、何事もなかったようにに眠っていた。
お昼になり、千恵子が用意したご飯を泰男と一緒に取った後、昨日から降り続いている雨の中を歩いて泰男を近所に住んでいて健一とは古くから付き合いのある
おばさんに預かってもらってから店に入る。雨模様とはいえ、
自宅もお店も含めすべて徒歩圏内というのが助かっていた。
対して千恵子は自転車で移動しなければならないところにあるから大変であった。
お店のほうは午後4時に開店する。
とはいえ、大抵お客さんが来るのは午後6時以降なので、最初の2時間は仕込みの時間であったが、この日はいつもより1時間早い5時前に一人の若い男性が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ」との掛け声とともに、注文された料理を作って行き提供する。
ここまではいつもと同じであったが、この日は青のトレーナーを着た天然パーマ姿の
男性のほうから声をかけてきた。
「店主さん。あなたは日本人ですか?」「はい、そうです」
「すごいですね。日本人なのにこんなタイ料理とか作れて」という具合に男性が
健一に好意的な目線で語りかけてくるので、健一も仕込みを中断して男性と会話を楽しむ。
この間、特にお客様がこられるわけでもなかったので1時間以上会話を楽しむ。
話を聞けば、男はまだ20歳と健一よりも10歳近く若いのであったが、男性の親が商社に勤めている関係で、海外に在住していた経験があるそうで、マレーシアのクアラルンプールに8年ほど住んでいたという。そのためタイにも数回家族旅行で遊びに行ったそうで、そのときの味を思い出したと言ってくれたのだった。
隣国なのでタイとは料理が少し違うものの、日本の料理とは明らかに違う味付け。
日本人がこれらの国の料理を普通に作っていることに驚いた男性が、健一に積極的に質問を浴びせかけてきたのだった。
対して健一も、学生時代は歴史の研究をしていたことがあったり、家庭教師のように人に教えるようなアルバイトを経験していただけに、ついつい質問には丁寧に答えていき、最後は2人でこの業界の夢のような話まで盛り上がる、気がつけば、時計は午後6時30分になろうとする時間まで話しこんでいるのだった。
「大変すばらしい方とお会いしました。大変ですがいつか大成功される気がします」黒山昭一と名乗るこの男性はそういい残して、立ち去っていくのだった。
「いやあ、久しぶりに夢を見させていただいた熱く語れる人がいたなあ黒山さんかあ。ああいう人が増えれば、この店ももっと店が安定するんだろうけれど」とご機嫌そのものであった。
しかし、ふと後ろに視線を感じた健一は後ろを見ると、あきれた表情の千恵子が泰男を抱いて立っているのだった。
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