第9話 思い出に浸った後の悲劇

「源さん、元気かなあ!あれから、3ヵ月後にタイ料理を食べに2週間滞在。

そして、その後3度目のときは・・・。

そんな事より、いつもチャオプラヤー川にいた本松親子は凄かったなあ。

友和さんは、息子を小さいうちから鍛えて、ムエタイ選手にするとか

言ってたけど、この前の時、突然のスコール(豪雨)で

慌てて非難した時ですら、『こんなものに負けるな!和武、今が試練だ!』

と叫びながら修行を続けていたんだからなあ。

まあ今でも、多分元気に修行をしているんだろうなあ」

昔の事を、思い出しながら自分の世界に浸る健一であったが、

ふと時計を見ると、午後10時を、遠に過ぎているのだった。


「うん?雨脚が強くなってきたなあ。泰男、そろそろお母さんが

帰ってくるぞ!さあ、今夜は何を作ろうかなあ。そうだなあ。

久しぶりにタイの米麺で作る焼きそば『パッタイ』でも作ろうかなあ」

健一は、そうつぶやきながら泰男を客席に座らせると、厨房に入り、

“クイッティオ”という米で出来た平麺を取り出した。

「今こそ、こういうものが手に入るようになったけど、千恵子と初めて

デートをしたときに作って持っていった、

あのパッタイは、ひどいものだったなあ。

何しろ米麺の代わりにきしめんを使い、味付けはナンプラー(タイの魚醤)

の代わりに薄口醤油と少量のイカの塩辛を混ぜ、唐辛子は「一味」を使用して

作った“パッタイもどき”だったもんなあ。

材料が無かったから苦労したけど、

今は本格的なものが作ることができるのが、うれしいなあ」と

一人でつぶやきながらせっせとフライパンを振り続け、やがて完成。

「さて、あと5分くらいで千恵子が帰って来る筈だ。

さて、先に閉店の準備をするか」

と言いながら、完成したパッタイをフライパンの上に置いたまま、

看板を取り込もうとしたときに、1本の電話が鳴った。

「へえ~珍しいなあ。今からお客さんかなあ?」


「はい曼谷食堂です」「大畑千恵子さんのご家族の方でしょうか?」

「ええ、私は夫ですが」

「警察ですが、実は千恵子さん、トラックにはねられて病院に

搬送されました」健一は一瞬、耳を疑った。

「どういうことですか?」健一が大声をあげるものの、

相手はそれとは対照的に、相手は冷静な声で状況と病院名を伝えるだけで

あった。

突然の事に、しばらく立ち尽くしてしまったが、

ふと我に返ると、福井真理という女性に連絡を取った。

健一の父親は中学生の頃に他界し、

母親と2つ年下の弟の3人暮らしを続けていたが、

母親の京子は、女手一つで育て上げた2人の息子が無事に

所帯を持つ事を見届けると、「後は第二の人生を生きるわ」と言って、

2年前に、健一から見たら大叔父にあたる人が経営している

居酒屋を手伝うために、大阪に引越しするのだった。

結果、空いた家には、健一一家3人が住むようになっていた。

ちょうど2年ほど前、京子が出発する朝に健一と弟の健二を呼び、

2人に言った。「私は後の人生自由に生きるので、

お前たちも自由に生きなさい。それから健一、

近くに住んでいる福井のおばさんとは仲良くしなさいね。

私の幼馴染である真理(福井)は、ずっと独身で

子供がいなかったこともあって、あなたが小さいときから

ずいぶんかわいがってもらったんだよ」

これに対して健一は頷きながら「うん、わかっているよ、

千恵子たちとこっちに引っ越してきたんだから、

福井のおばさんのところには、頻繁に遊びに行くようにするよ」


こうして、京子が大阪に向かった後、福井が後見人のような立場で

若い健一ファミリーを見守ってくれる事となり、

健一たちもいろいろな相談を福井にするのだった。

実は福井もクリスチャンであり、健一が教会に通うきっかけとしての、

福井の存在が大きかった。

子供のときには福井の所属する教会の教会学校に通ったこともあったし、

結果的にその教会で洗礼を受けたので、

そういう意味でも、健一にとっては親の次に信頼おける

相談相手でもあるのだった。

このタイ料理店も、元をただせば、

この福井が数店経営している喫茶店の一つだったものを、

就職先で上手くいかずに将来を悩んでいた健一のために、

閉店する事になっていたこの物件を貸し出したものであった。

おかげで、非常に低コストで開業することもできた。


健一が震えながら福井に連絡すると、

「ええっ!わかったわ。私もすぐに病院に向かうわ」と驚いた声が響く。

健一も泰男連れて直ぐに病院に向かった。

この時には、タイのスコールを思わせるような豪雨となっていた。

タクシーの中で健一は泰男の手を握り締めながら、

「だから『無理をするな』と言っていたのに。

俺がちゃんと行くのをとめることができなかった。クソッ!」

と悔しさの余り、涙を隠す余裕も無かった。

ふと目の前を見ると、


涙でぼやけながらも赤い十字架とわかるネオンサインが健一の目に入った。

「こんなところにも教会が・・・・ん?もしや天国??」

健一は瞬時に最悪の事態が頭に浮かび、急に気分が悪くなってしまった。

しかし、病院についた健一にとって、

車の中で感じた通りの不幸が待ち受けていた。

そこには既に息が途絶え、変わり果てた姿の千恵子が横たわっていた

のだった。

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